第17話ー屈辱の進路

【底辺への扉】


諏訪男による「補修授業」を終えた美香の胸には、まだかすかに希望の灯が残っていた。


「モデル」という名目の補習に違和感を覚えながらも、内申点を少しでも取り戻し、高校進学の道を諦めたくはなかった。


美術だけは――そう信じていた。


他のすべてが崩れかけても、この教科だけは確実に「5」が取れる。そこだけは、自分の手で掴みとれる場所だと、最後の砦のように思っていた。


けれど、学期末の夕暮れ、机の上にひっそり置かれた成績表は、まるで冬の石のように冷たく、彼女を裏切った。


そこに刻まれていたのは、信じがたい数字――「2」。


目を疑った。指先がかすかに震え、血の気が胸元からすうっと引いていく。


これまで美術だけは、つねに「5」だった。評価というかたちで、唯一彼女が自己の輪郭を保てた場所だったのに。


「2」──その一文字は、彼女の願いと未来を、音もなく、粉々に打ち砕いた。


紙面に滲みそうな涙はこぼれなかった。ただ、美香の中で、何かが静かに、取り返しのつかないかたちで崩れていった。


「これで、平均を美術で稼ぐ目論見も終わりだ……」


心の中で呟いたその言葉は、だれにも聞かれることなく、夜の闇へと消えていった。


彼女に進学先として用意されたのは、底辺の女子校だった。


「ここしかない」——諏訪男の声は冷たく、無慈悲だった。


「本来なら、こんなところで十分だ。お前を進学させるなんて、よくよく考えればありがたい話だと思え。」


その言葉は、厚い氷の層を割るように鋭く、美香の胸に冷たく突き刺さった。まるで恩を着せるかのようなその態度が、彼の真意の冷酷さをひときわ際立たせていた。


美香はその言葉に絶望した。しかし、「高校に行けるだけ、まだましだ」と自分に言い聞かせるしかなかった。


両親の顔には、失望の色が濃く刻まれていた。


お嬢様育ちの母の上品な瞳が一瞬だけ曇り、父親の骨太な手が無言で拳を握りしめる。


美香はただ、言葉にならない屈辱を胸に抱きしめるしかなかった。


希望の灯が消えかけ、彼女の世界は静かに、しかし確実に暗転していった。


【孤島の教室】


美香の高校生活が、ついに始まった。


私立の女子校──その白塗りの外壁は、まるで嘘だった。


中に満ちる空気は淀み、腐臭すら感じさせるほどだった。足を踏み入れた瞬間、美香は直感した。ここでは、自分は“異物”だ。


教室にいたのは、奇抜な髪を揺らし、顔を厚化粧で塗り固め、耳に金属をぶら下げた少女たち。


制服は原形を留めず、舞台衣装のように着崩され、彼女たちは一斉に美香を見て、薄く笑った。その笑みは嘲りでもなく、確認でもない。


ただ──「餌を見つけた」という、動物の目だった。牙を研ぎ、いつでも噛みつける準備を整えた捕食者の視線。


教室に教師の目など届いていなかった。ただ生徒たちの嗤い声と、無言の支配だけが支配していた。


静かな者は、目立たない者などではない。


「手を出しやすい者」だった。壊しても誰も咎めない──そういう対象だった。


初日から、美香は標的にされた。


授業中、不良の少女たちが教師の目を盗み、背後から、あるいは真横から小突き、髪を引っ張った。


無抵抗の美香は、涙を溜めながらも、じっと耐えた。俯き、唇を噛み締めながら、何も言い返さなかった。


だが放課後、美香は一番に教員室の扉を叩いた。


声を震わせ、こみ上げる涙を抑えきれず、それでもはっきりと「いじめを受けた」と報告した。


教師はその姿に憐れみの目を向け、「入学早々、可哀想に」と静かに漏らした。


教師たちは女子校特有の陰湿さを知っていた。ましてここは底辺校──対応が遅れれば、生徒が壊れることもわかっていた。


翌日、美香を囲っていた数人の少女たちはすぐに呼び出され、その日のうちに停学処分、そして後日、退学が下された。


学校の動きは迅速だった。


美香はそのことに対して、心から感謝した。

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