再生するほどに忘れられなくて

@nank1

第1話 再生ボタン

「ゆのにもらったマフラーとピアス、この映像にずっと残るから、俺ら一生別れられへんってことな、笑」


夏の暑い日、クーラーの効いた部屋で聞いた、大好きだった彼の笑った声が、今も耳の奥にこびりついている。


ああ、まただ。もう見ないって決めたのに。


再生するほどに、私は彼を忘れられなくなっていく。


リビングの床に座り込んで、スマホをぼーっとみる。


心の中が、すーっと冷えていくのを感じる。


画面の中の彼は、私の知らない顔をして、知らない女の子と笑っていた。


聞いたこともないラブソングに合わせて、優しく頷いたり、少しふざけてみせたり。


5年半、隣にいたはずなのに。


そこに映る彼は全くの他人みたいだ。


3日前に公開されたばかりの、名前も知らない歌手のミュージックビデオ。


別れてからいけないと思いつつも日課になってしまっていた彼のインスタをパトロール。


タグ付けされていたミュージックビデオをみつけた瞬間、心臓が跳ねた。


彼の出てる映像は、もう見ないって決めたのに。


本当にもう見ないって、何度も言い聞かせたのに。


結局、再生ボタンに触れてしまう私は、たぶん、まだ彼を好きなんだろう。


画面の中で、彼が鏡の前で歯磨きをしながら彼女役の女の子とふざけ合っている。


じゃれながら、頭を撫でたり、後ろから抱きしめたり、


そのあと、笑いながら彼女をおんぶするシーンをみつけた。


それらすべてのシーンが、かつてのMVと重なっていた。


同じような構図。


同じような、でももっと自然な表情。


——あのときは、ぎこちない演技だったのに。


思い出すのは、彼の部屋。


クーラーが効きすぎて、毛布にくるまりながら彼が見せてくれたミュージックビデオを初めて見た日のこと。


ちょっと不器用で、キスシーンの角度が下手くそで、だけど私ではない女の子に笑いかける彼を見て少し嫉妬した。


そんな気持ちを振り払うかのように、


「なにこの顔!ぎこちなっ!」って笑ったら、


彼は照れくさそうに「うっさいなあ」と笑った。


「浮気やん〜」とふざける私に、慌てて「ちがうやん〜」って困った笑顔を見せた。


あの時間が、私は好きだった。


画面の中じゃなくて、ちゃんと私の隣に彼がいて、


嘘じゃなく、本物の笑顔を見せてくれていた。


でも今、画面の中の彼は、


もう“演技”がうまくなっていた。


私が見たぎこちない笑顔なんかより、ずっと自然に、


私の知らない誰かの恋人を演じていた。


真っ暗になった画面に頬を濡らした自分の顔が映る。


慌ててスマホを伏せて、ゆっくりとソファにもたれかかる。


目を閉じると、知らない彼の自然な笑顔が瞼の裏に浮かんできた。


「私のあげたピアス、はずしてたな…」


つぶやいても、返事はない。


初夏が始まったというのに、肌寒い空気が私の肌をなでるように移動していく。


本当は、もうだいぶ前から終わっていたのだろう。


そんなこと、わかってる。


最後の一年は、LINEの返信も三日に一回くればいい方で、内容も「ねむたい」とか「疲れた」とか。


言葉じゃない何かを繋いでるだけの、空っぽのやりとり。


それでも。


別れてしまった今、記憶を辿るたびに、思い出すのは、一緒に笑った夜ばかりだった。


一緒にクロノスタシスを歌いながらコンビニに行った夜。


彼の家の近くに美味しいうどん屋さんを見つけて、馬鹿の一つ覚えみたいに毎日行ったこと。


就活で悩んでいた私を気分転換に連れ出してくれたあの海。


もう終わってるはずの恋に、また火がつくみたいに胸がざわつく。


過去の彼にばかり恋をしている。


あの頃に戻りたくて、でも戻れなくて、カメラロールを遡っては涙が出てくる。


私は、たぶん、とっくに終わっていた恋にしがみついているだけなんだろう。


……それでも、あの日の言葉だけは、頭から離れない。


「俺はゆののこと好きやし、このままでいたい、ほんまは。だけど、このままじゃなんかあかん気がした」

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