緑の苺と甘い香りのする街で

モンテーロバルデスレオ

第一話:都会の終点、緑のはじまり

第一話:都会の終点、緑のはじまり

蒼井緑(あおい りょく)は、ステンレスの反射がまぶしい厨房の中で、深夜0時を過ぎても手を動かし続けていた。

ミキサーの低い音、オーブンのタイマー音、時折厨房を駆け抜けるパティシエ仲間の靴音――

東京・恵比寿の一流パティスリー「ル・ソレイユ」で働く彼の日常は、まるで休符のない交響曲のようだった。


彼が手掛けるスイーツは、どれも繊細で、芸術品と呼ばれるほどの美しさを持つ。

しかしその裏で、緑の心と身体は、音もなく削れていた。


「蒼井さん、今夜も仕込み、手伝ってくれてありがとうございます」


後輩の声に、小さく笑ってうなずく。

緑はプロとして当然のことをしているつもりだった。


だが――その夜、事件は突然起こった。


焼きあがったばかりのタルトを取り出そうとした瞬間、目の前がぐらりと揺れた。

視界の端が白くにじみ、次の瞬間、彼の身体は床へと倒れ込んでいた。


「先輩、だいじょうぶですか⁉」

後輩の声に答えようにも体の熱が痛みを強くしていく感覚が広がり返事ができない。

そうして、痛みに悶えているうちにサイレンがお店に近づき。

僕は、意識を失った。


心と身体の限界だったのだろう。

診察結果は「過労とストレス性の胃腸障害」。

勤務停止、静養が必要――医師の言葉を受けた時、

緑はほっとしたような、

でもどこか悔しさがこみ上げるような、

不思議な気持ちになった。


その夜、アパートに戻った緑は、ふと一通の手紙を取り出した。

差出人は「蒼井ふさ」――田舎に住む遠縁の親戚。数年に一度

会うことがある、どこか掴みどころのない老女。

通称 魔女ばあの手紙だった。



「たまには、ゆっくり休みにおいで。

ここには時間がたっぷりあるよ。魔女ばあより」


働くのは、嫌いじゃなかった。

でも、最近 ちゃんと笑ったことがあったけぇ・・・

そう思うと無性に昔のことを思い出してしまう。


草むらに生えているの苺を食べすぎて夕食が食べれなくて。

母さんに怒られてたな、、、


緑は、ふっと笑った。そしてその翌週、東京を離れる決意をした。


田舎への道

新幹線とローカル線を乗り継ぎ、目的地の「羽見(はみ)」駅にたどり着いたのは午後3時過ぎ。

駅舎は木造で、観光客も少なく、聞こえるのは鳥の声と風の音だけ。

都会の喧騒に慣れきった緑にとって、それはまるで異世界だった。


すこしのあいだ、街を歩き。

山のすぐ横にある木の香りがする家が見えてくる。


「ずいぶん、遅かったじゃないか」

「わあ!」

「おいおい、乙女の顔を見るなりいきなり。ひどいんじゃないかい?」

「魔女ばあ、、、」

そう僕が、呆れたように言うと。

その顔をくしゃりと笑わせた。


迎えに来てくれたのは、魔女ばあ――蒼井ふさだった。

背筋は曲がっているが、どこか堂々とした雰囲気がある。瞳は年齢を感じさせないほど澄んでいて、不思議な安心感を与えてくれる。


「荷物はそのままでいいよ。こっち、こっち」

「ちょっと、まってないよ!!」



ふさに案内されるまま、緑は小道を抜け、苔むした石段を上がっていった。

その先にあったのは、広い庭と畑を持つ日本家屋。木の香りが鼻をくすぐる、どこか懐かしい空気が漂っていた。


目尻が熱くなるのを感じると僕は、目をこすって誤魔化した。

「都会じゃできないこと、ここではいくらでもできるよ。まあ、焦らんでいい」


ふさの言葉に、緑はわずかにうなずいた。


その日の夕方、緑が荷解きをしていると、突然玄関の戸が開き、複数の足音がドドドッと駆け込んできた。


「魔女ばあ〜!今日のおやつなにー!?」


「だれ!?その人!」


「東京の人?スイーツ作れるってホント!?」


玄関に現れたのは、元気いっぱいな地元の子供たち。小学校低学年くらいから中学生まで、年齢もバラバラ。

彼らは初対面の緑を見て興味津々で取り囲み、質問攻めする子や

静かに僕を見つめる子、色んな子が僕を一気に取り囲んだ。


パッンと手を叩く音がする

「うるさいっての。順番に話しなさい」

そう言いながら現れたのが、美咲だった。

長い髪を後ろに束ね。髪のはじを緑に染め。

昔とは雰囲気が変わっていたが、クリクリとした瞳が子供頃からの変わらない。


「美咲、久しぶり~」

力なく手をふる僕を見て美咲は”ふん!!”と鼻を鳴らす。

「へえ。これが東京のパティシエ様ね。……倒れるくらいなら、最初から田舎でのんびりしてりゃよかったのに」


その言葉に、緑は言い返す気力もなく、ただ「……お世話になります」と頭を下げた。


静かな夜、はじまりの予感

夜、ふさの入れてくれたハーブティーを飲みながら、縁側で星を眺めていた緑は、都会では見たことのない満天の星空に、言葉を失っていた。


虫の声、遠くから聞こえるカエルの鳴き声。すべてが彼の心を、少しずつ溶かしていく。


「……ここで、何ができるだろう」


ふと、そんな言葉が口をついた。

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