第2話 身を寄せ合う男女

見ると、『私がいない』と心配する声はありがたいことに沢山あり、アナウンスもあったようだが、そこは大人数アイドルのこと、ポジションをちょっと動かしただけで、特に進行に問題はなかったようだ。

ホッとしたような、仕事に命掛けててもこの程度の存在かと思うと寂しいような…


「あっ、今SPINELがやってるみたいだな。

 ちょ…まじで? 見てよこれ!

 Satenの百衣繭華が歌ってるって!」

「えっ?! なんで女の子が?!」


「僕の最高音出せる男がいないからな〜」

「ええっ?! 

 あなた、日本の男性歌手で一番高音出るってこと?」

まさに神の聖なる歌?


「いや、同じぐらいのならいるにはいるんだよ、でも紅白には出てないってだけ。

 いくら高音出ても、トータルで上手くなかったり、曲が良くなかったり、そこ乗り越えても売り出しや華がなかったら売れないからなー。

 今年のビルボードジャパン12位の曲を持つ僕って、奇跡のバランスなワケよ」

「…すごい」

「そっちだって似たような売り方のアイドルグループはたくさんある中、今年のシングルCD売上8位の曲があって凄いじゃん。

 上には3組しかいない、しかもそのうち2組は男だろ?」

「く、詳しいね?」

「CDの利益率とか、売れてるアイドルの曲のキャッチーさって、馬鹿にできないからなー」


そうか…

同じ紅白歌手でも、アイドルとアーティストじゃ全然ワケが違うんだ。

売り出しも曲も、こんなのでも衣装も用意してくれる事務所に感謝しないとなあ…

「へへーん、僕のこと見直しちゃった?」

「ボーカリストとして、だけはね」

それだけ歌える上にその顔だったら、そりゃ臆面もなくナンパしたり、来年も紅白行けるだなんて言ったりして調子にも乗りますよね

…ある意味、羨ましい。


「しっかし寒いなあ」

神野聖歌は肩を抱えてガタガタ震え出した。

「そりゃそうですよ、ちゃんと革ジャン着てください!」

「ダーメ!

 こうすればお互いあったかいだろ!」

神野聖歌は、私が抵抗する間もなく


…勢いよくガバッと抱きついてきた!

「ちょ…ちょっと!」

「顔も熱くなるなんて、一石三鳥じゃん。

 それとも、なに?

 そっちも半袖だよね、てか実際ヒェッヒエで鳥肌立ってるじゃん、凍え死にたいの?」

「そっ、それは…」

「大丈夫。


 この状況なら、男と抱き合ったって、アイドルの神様も許してくれる」


露骨に骨が当たる。

この人、ひどく細い…

たしかにTシャツだけでは凍えてしまうかも。

でも、156㎝の私より20㎝ぐらい背が高くて、掌も大きくて

…包み込まれてる感じがする。

呼吸がやたら荒くて、心臓音が大きすぎる気がするのが気になるけど

…暗くて視覚情報が少ないから、聴覚が研ぎ澄まされてるせいかしら?


「ふぁ〜、好きな娘に抱きつくのなんて、もう5年ぶりだなあ、たまらんなあ」

気取った奴だと思ってたけど

…こんなとろけるような甘い声、出すんだ…

「さすが長年ダンスで鍛えた人、メリハリとしなやかさを感じる…

 し、幸せすぎて昇天しそう、もう凍死してもいいかも。

 きみは本当の意味での天使、天国からの使いなんだろうね〜」

「それなら私の方は絶対死ねないわ!

 好きな人と抱き合ったことなんて、まだないんだもん!」

「マジで?!

 こんな身も心も究極のアイドル様をセンターや一番人気にしないなんて、運営もファンも腐ってる!

 あっ、そうだ、なら今から僕のこと好きになればよくね?」

「調子に乗らないでっ!」

「ちぇーっ」

そういえば、今何時だろう。

ふとスマホを見て、驚愕した。


0:03

「やだーっ!

 もう年明けてるーーっ!」

「ハッピーニューイヤー」

「最悪の年越しよーっ!」

「僕のこと好きになれば、最高の年越しになるのにねえ!

 こっちだけもうお年玉もらっちゃったみたいな気分になって申し訳ない!

 よーし、こっちからもお年玉あげちゃおうかなー」

神野聖歌はカバンの中をごそごそやり始めた。

「手、出して」

「イヤっ! 

 初対面の同い年からお金とかいらない!」

これは仕方なく抱き合ってると思いたいのに

…お金なんてもらったら、こいつを悦ばせる為に仕事でやってる気分になるから、却って惨めだ。

「あはは、大丈夫、お金じゃないから」


コロン

「…飴玉?」

「ミルク飴。

 ある意味本当のお年『玉』っぽいでしょ。

 ここに来るまでの道で貰ったポケットティッシュについてた」

「そんな…

 大事な糖分だよ、神野さんが食べなよ」

「じゃあ僕が半分舐めて、あとは口移しで」

「なに考えてんの?! 信じらんないっ!」

「じゃあ食べな」

「…わかった、ありがとう…」


ふわっと広がる甘みが、脳を癒す。

カリカリしてたんだなあと気がつく。

「漂ってくるあまーいミルキーな香り、口の中でコロコロ転がす音、そしてほっぺがちょっとぷくっとなってるのが可愛いよね」

「この変態!!」

「いいじゃん、それが僕にとってのお年玉なんだからさー。

 てか、今まさに自分の魅力で、大変な状況にあるファンを癒して喜ばせてるんだから、アイドルとして誇りに思いなよ。


 そういえばさ。

 僕はブラッシングに凝り過ぎてギリギリまでホテルの部屋に居てこうなったんだけど、きみは何を忘れ物して遅れたの?」

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