猫又との出会い

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第1話 猫又との出会い

ある夏の日の深夜、烈火は緋炎のもとでの鍛錬を終え、下宿している九十九堂へ帰る途中にある場面に出くわした。場所は人気のなくなった公園、深夜ということで不気味さも漂うがそんなことも気にせず、烈火はまるで導かれるように公園の中に入っていく。


「なんだろう、無性に気になる感じがする。悪い感じはしないけれど・・・」


独り言ちながら、公園のジャングルジムに視線が移ったとき思わず息を呑んだ。ジャングルジムのいたるところに猫、猫、猫、その中でも一番上にいる三毛猫は妙に貫禄があり――僅かに妖気を纏っていた。猫の集会、しかもそのボスはどうやら妖怪化、恐らくは猫又になりかけている節が見受けられる。ボス猫をはじめ、十数匹の猫の視線に射止められ、烈火は思わず固まってしまった。猫の集会はあまり人間に見られるのは避けられるもの。偶然とはいえ集会を目にしてしまいどういう反応をすればいいのか、困ってしまった。コンビニにでもよって手土産になるものでもあればよかったのだが、今日それはない。少し考えて、烈火は自分の正体をさらけ出すことにした。自分の耳に触れると耳が大きくなり、髪と同じ赤毛におおわれ、いわゆる猫耳の状態になる。そして、腰に手を入れるとするりと赤い毛におおわれた二股に分かれた尻尾をだす。人間とはまた違う、人形種族である亜人、その一つの猫人が烈火の正体だった。

それを見ると、猫たちの視線がどこか軟化したものになり、ある1匹が烈火に寄ってきて鳴き声をあげた。


『若いの、今日はめでたい日。よく導かれた』


猫の言葉が分かるのも猫人の特徴の1つだ。そして、同じ言葉を交わせるのも――。


『特別な日?』

『そう、我らのボスが猫又になられる日なんじゃ』

『道理で妖気を漂わせていたわけだ。それにしてもめでたいですね。相当長生きされたのですよね?』


声をかけてきたこちらもそこそこ年を重ねている猫に丁寧に言葉を返していく。


『そうじゃの、24年生きてらっしゃる。人間に直したら100歳は軽く超えとるよ』

『ボスのお名前を伺ってもよろしいですか?』

『椿様じゃ』


そう言って猫は三毛猫を見やる。烈火もそれに倣ってジャングルジムの上を見やる。椿と呼ばれた三毛猫は背を逸らしながら、尾に力を入れているのが見て取れる。すると、尾の先から徐々に二股に分かれ始めた。そして、10数分が経過したころ、尾は完全に二股に分かれていた。猫又となった椿からは明確な妖力が感じ取られ、周囲の猫とは一線を画す存在となったのが分かった。


「そこの亜人の青年、名前はなんだい?」


猫の言葉ではなくはっきりとした人語を話した椿、烈火はその順応性に驚いた。動物から妖に転ずるものは少なくはないが、妖であることを理解し人語を解すなどの能力を即扱えるのは珍しい。多少なりとも違和感を擁するものなのだ。烈火は一人の人と話すように椿と呼ばれた猫又に声をかける。


「柳本 烈火っていいます。椿さん、猫又への転生おめでとうございます」

「おお、ありがとう。なかなか躾がなってるね。烈火、ちょいと聞きたいんだがね、猫又になった後何かしておくことってあるのかい? ここは人と妖が共存する街、それなりに何かルールがあると思うんだがね、いやねまさか猫又になれちまうなんて思ってもみなかったからその辺不勉強でさ。みたところ、あんたはそういうのが分かりそうなくちっぽいんでね。できればあたしに教えてもらえないかい?」


どこか姐御肌な人柄を思わせる口調で椿が烈火に尋ねる。烈火は、この辺にいるもう一匹の猫又に頼んで説明してもらおうかとも考えたが、現在猫の泊まれる宿で1週間の旅行に出ているのを思い出した。


(こりゃ、俺が説明しないといけないぞ。たしか、妖に転生した動物は確か――)

「たしか龍杜市役所の環境政策課に飼い主同伴で、登録に行くことになります。その時、退魔士や密教呪術師のかたなど、霊能力に目覚めている方が立会人になる必要があります。これは、俺がなりますので大丈夫です。問題は飼い主の方の法なんですが・・・」

「そうだね・・・、化物になったあたしを飼い主が受け入れてくれるかなんて分からないもんだしね」


椿は憂鬱そうに溜息をつく。


「家、どこですか? 俺が説明に伺います。それで、駄目でしたら俺がお世話になっている九十九堂預かりになるように店主に交渉します」

「烈火、申し出はありがたいけどね、そこまでしてもらうってのも、あたしとしちゃ申し訳が立たないんだがね・・・」


提案をする烈火に、椿はやんわりと断ろうとする。しかし、烈火は譲らなかった。


「せっかくの第二の生を受けたのにその始まりが寂しいものになるのは嫌です。そういった妖が少なくなるようにするのも俺の仕事です。おとなしくお世話されてください」


言い切った烈火に椿はあきらめたのか、一鳴きすると、


「分かったよ、烈火。世話になるとするよ。あたしの家族は旧市街地の刀守町の雑賀って人だ。小学生の女の子がいてね、やけになつかれちまっててねぇ。だけど、今日1日くらいは帰らなくても大丈夫だと思うから、今日はあんたのとこにお世話になろうかねぇ」

「雑賀さんちなら知ってますし、明日学校から帰った後にでも自宅にはいきましょうか」

「お願いするよ、烈火。あったばかりのアンタに何から何まで悪いねぇ」

「妖としての余生は長いんで、そのうちに返していただければいいですよ」


肩の力を抜いた烈火の言葉に、椿も不安が薄れたのかジャングルジムから降りてきてすり寄ってくる。烈火は椿を抱き上げると、猫たちの祝福するかのような鳴き声の大合唱の中、九十九堂へと足を向けた。





「で、連れてきたというわけか」

「とりあえずは今日の一夜の宿としてお願いいたします」


腕を組み嘆息する龍真に、一も二もなく頭を下げる烈火。その間に挟まれてどうしたものかと困っている椿。


「連れてきたことを悪いとは言わないが、上手くいくこと前提で物事を考えるのは悪い癖だぞ。俺の所で飼えないという選択肢もあるかもしれないんだし」

「蔵のネズミ捕りとかで役立つと考えればイケるとしか考えていなかったもので・・・」


龍真は組んでいた腕を解くと額をかき、


「うん、まぁ、そこは確かに助かるんだがな・・・。とりあえずは、椿の家族と上手くいくことがやはりベストだからな。そこを上手くやるように」


そう言った。確かに椿の家族が、猫又となった椿を受け入れてくれるのが一番ベストだろう。ただ、妖が家族に加わるという感覚は、妖と人間が共存するこの街でもまだまだ慣れないもので、問題も起きている。実際、猫又や妖狐、狸の妖、魔犬の類のシェルターが青龍院主導で運営されていたりもする。その現状を知っている烈火は真剣な表情で言った。


「分かってます、龍真さん。誠心誠意説明して受け入れてもらえるよう努力します」

「努力ではなく確信が持てるといいんだが、まだそこは経験だ、しっかりやってくれ。椿も今夜はうちでゆっくりしていってくれ。クッション他猫グッズもあるから言ってくれればなんでもあるから」

「何からにまで悪いねぇ。じゃあ、早速あの猫クッションを使わせてもらうよ」


そう言って、椿はクッションの上で丸くなる。すぐに寝息を立て始めたところ、妖への転生の負担はそれなりにあったことが見て取れた。





そして翌日――

「ねこー、ねこがいるよ、おかあさん」

「そうね、かわいいわねー、悠真―」


朝の鍛錬を終えた龍真と烈火の耳に、龍真の息子と母親の悠里の楽しげな声が聞こえてくる。それに続いて聞こえてくるのはもう一人の息子の声。こっちは驚きの声だ。


「このねこ、ねこまただぞ。すげー」

「こら、銀牙。乱暴に接してはいけません。すいません、子供がやんちゃで――」

「いやいや、構わないよ。これくらいの頃の子供の相手は慣れたものでね」


母親の白幽の諫めるような声も聞こえてくるが、、椿はそれに気楽に言葉を返している。


「いいお姉さん役ですね」

「どちらかといえば、母親役をやってたのかもしれないな。受け入れてもらえるといいんだが・・・」


一抹の不安を龍真は口にする。


「子供さんとの関係は良好の様ですから、きっと話せばわかってくれる・・・・・・・と思います」


烈火も楽観的な意見の中に多少の不安を口にする。すると、椿がこちらを見て、にゃあと一鳴きする。呼ばれているのだと分かると烈火は椿にかけよった。


「なんです? 椿さん」

「いやね、向こうの家族がそろう時間帯を教えておこうと思ってね。両親はともに市内住まいだから18時前には帰っている。娘の奏の習い事は、今日はない日だから18時めがけていけば大丈夫だね」

「それなら、俺も学校終わってから余裕をもって送り届けれますね」

「面倒ごとを押し付けちまうようで申し訳ないけど、よろしく頼むよ」

「出たとこ勝負ですが、まぁ、とにかく会ってみましょう」


そう言って、朝の一幕は幕を閉じた。





時間は過ぎて17時半過ぎ。烈火は塀の上を歩く椿に歩幅を合わせるように、旧市街地を歩いて行く。雑賀という名字に心当たりはあったが、椿が自分が案内すると言い出したのだ。何か決心が椿の方でもついたのだろう、烈火がついてきてるのを確認しながら、猫が使う道は使わないで優雅に塀の上を歩いて行く。幾度かのかどをまがり、T字路に入ったりしながら進むこと十数分、とある一軒家の前で椿が足を止めた。


「ここが、あたしの飼い主、雑賀家の家だよ」


見た感じ普通の、何処にでもあるような一軒家だ。普通の家庭、そこに妖という異物となってしまった椿が元のように収まることができるのか、烈火の胸に不安がよぎる。一方、どう転んでも覚悟ができているのか、椿は玄関へと歩を進めていく。


「じゃあ、いこうかい、烈火」

「分かりました、椿さん」


そういって、烈火も椿の後を追い、玄関をノックしようとした時だった。玄関が開いて小学生の子が飛び出してきたのだ。手には椿の写真と雑賀家の連絡先をのせた紙を持っている。迷い猫の張り紙を張りに行こうとしていたのだろう。その後を追って、父親であろう、眼鏡をかけたいかにもサラリーマンといった雰囲気のする壮年の男性と、どこかおっとりした雰囲気の女性が出てきた。


「奏、もう暗いから張り紙はお父さんたちに任せて――と、あなたは?」


烈火に気が付き、声をかけてくる父親。それに応じるように、隣にいた椿を抱え上げると、


「探されている猫はこちらの猫でしょう」


ぶら下げられている椿を見て、真っ先に反応したのは娘の奏だった。


「椿だ! お兄ちゃん、椿どこで見つけたの?」

「ん~、なんていうか、昨日猫の集会で会ったんだよ。はい、返すね~」

「ありがとう、お兄ちゃん。椿、行こう~」


奏が声をかけると、椿は烈火の方を見て一鳴きする。説明忘れるなと、釘を刺したのだ。


「分かってるよ、椿さん。雑賀さん、ちょっと椿さんの事で大事な話がありましてできれば時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

「椿さんって、うちの椿の事かい? なんでまた敬語で。いやともかく、椿の事で大事なことって何だい。あぁ、玄関でする話でもないね。どうぞ家の中に」

「失礼します」


そういって、通された客間には、奏に抱きしめられた椿と雑賀夫妻、そして烈火が集まった。話を切り出したのは烈火だった。


「初めまして、俺は柳本烈火と言います。赤龍院のもとで鍛錬を重ねる退魔士です」

「赤龍院・・・、たしか6年前のテロの際に表立って動いた一族でした――よね?」


父親が確認するように烈火に尋ねる。同時に、なんでそんな人物がという疑問符も浮かべていた。だからこそまどろこっしいこと抜きで烈火は話を進めた。


「単刀直入に話を進めます。雑賀さんがかわれている三毛猫の椿さんですが、昨日猫又に転生いたしました。そのことをお伝えに参りました」

「猫又!? あの、尻尾が二股に分かれる猫の妖怪の!?」


驚いて、父親は抱きしめられている椿の尾を見る。二股ではなく1本だ。


「いや、二股じゃないじゃないか。大人をからかうもんじゃないよ」


受け入れられるかどうか今になっておじけづいたのか、文字通り猫を被っている椿に烈火が呆れたように烈火が言った。


「椿さん、観念して猫又に戻ってください。じゃないと話が進みません」


烈火にたしなめられて観念したのか、椿はするりと奏の腕をすり抜けると、背をピンと伸ばし尾に力を入れ始める。すると、烈火が見たときと同じように尾が二股に分かれていき、家族の見ている前で完全に猫又の姿になっていた。


「この姿になってからは初めましてだねぇ、奏ちゃん」


椿が笑みの表情を浮かべながら、奏に話しかけた。話しかけられた奏は一瞬何が起きたか分からないようだったが、椿がしゃべったことを理解すると顔いっぱいの笑みを浮かべて、


「しゃべった! お父さん、お母さん、椿がしゃべったよ!!」


大喜びし始めた。一方両親は驚きのあまり、椿と烈火を交互に見ている。烈火はただ冷静に一言、


「現実です」


とだけ言った。


「つ、椿あなた・・・」

「お母さん、見ての通り、昨日あたしは猫又に転生したんだ。これまで通り、とはいかないけどこの家においてくれないかい?」


言葉の最後は緊張しているのか若干震える声で椿が言った。それを引き継いで烈火が言う。


「話の本題は、この椿さんを家族として迎え入れる意思があるのか確認に参りました。もし妖怪が怖い等の理由で迎え入れられないというのであれば、こちらのシェルターで過ごしてもらうことになります」


この話を聞いて不安げな声を上げたのは、娘の奏だ。再び椿を抱きしめて想いを紡ぐ。


「お父さん、お母さん、椿と別れるの? せっかくお話しできるようになったのにダメなの?」

「それは・・・」


父親が言いよどんでいると、烈火がさらに付け加える。


「猫又になったからって変わったことはそれほどないですよ。人語を話せるようになったことと護身用の鬼火を出せるようになったこと、あと寿命が恐らくですが人間と同じくらいになっていることくらいです」

「寿命が? あと何年くらい生きるんだい?」

「昨日、24年猫として生きたと伺ってるんで、単純に人間の寿命から差っ引いて、50~60年といったところでしょうか」

「そんなに・・・」


寿命の話を聞いて戸惑う両親。無理もない自分たちが死んだ後も生き続けるというのだ、イメージがわかないというのも無理はない。だから、烈火は言った。


「奏ちゃんに、二十歳過ぎのお姉ちゃんができたと思ってあげてください。椿さんは賢い、そしてほかの猫たちにも尊敬されるほどの度量も持っている。奏ちゃんとのこれまでの絆も考えると、いいお姉ちゃんになると思いますよ」

「椿、奏のお姉ちゃんになるの?」

「このお兄ちゃんの言うとおりなら、そうだねぇ」


烈火の言葉を聞いて、奏が椿に聞き返す。椿も烈火の言葉に驚いて、つい生返事をしてしまう。するとその返事を聞いた奏が嬉しそうな声を上げた


「ね、ね、椿お姉ちゃんって呼んでいい?」

「えぇ、お姉ちゃんって、あたしは妖怪だよ、そんな――」

「妖怪でも義姉妹の契りを結んでる人とかいますよ。それにこれはそんなに難しい話じゃないですよ。あくまで家族内としてってだけの話です。ご両親はどう思われます?」


奏の両親はしばらく思案していたが、答えが出たのだろう父親が口を開いた。


「奏に姉ができるのは嬉しいことだ。それに奏がこんなに喜んでいるのに今更別れるということはできない。元々家族のように暮らしていたんだ。妖怪になったからって何が変わる、言葉がかわせてより仲が深まるじゃないか」

「ということは!」

「椿は変わらずうちの子――いや、うちの娘です」

「ありがとうございます!」


椿も奏の腕の中からすり抜けて、父親の前に座ると深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます、お父さん。正直、猫として命を終えてしまってもいいと思っていました。でも、奏ちゃんの人生を見ていきたいと思ったら猫又への転生を選んでいたあたしがいました。あたしのこれからの生は奏ちゃんと共にあります。塾の看板猫から勉強も習っているので、勉強を教えるのも任せてください。どうか、これからも末永くよろしくお願いします」


父親は椿の顎を撫でながら、


「こちらこそよろしく、お願いするよ」


優しく微笑みかけた。椿が無事、雑賀家に落ち着くことが決まったので烈火には次の仕事が待っていた。妖怪へと転生した動物と同居する場合の諸々の手続きの説明だ。烈火は学校帰りに市役所に寄って貰ってきた資料を広げて説明を始める。煩雑な手続きなのだが、烈火はどこか嬉しげだった。椿が受け入れられたことそれが何よりも嬉しい。そして、今説明を聞きながら真剣に質問や受け答えをしてくる両親にも好感が持てた。そして、奏とそのそばに香箱座りでいろいろ話している椿、種を超えた姉妹が仲良くしているのを見るのが喜ばしかった。


(退魔業や拝み屋稼業ばっかで、荒んでいたけど、こういうのも俺達の仕事なんだよな)


妖とかかわること。それは何も悲劇や暴力に彩られたものではないことを確認して、久しぶりに 胸の温かくなる烈火なのであった。




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