幽霊ちゃんと人間くん

@mollyfantasy_banned

第1話

からん、からん、と、どこかの軒先で風鈴が鳴っていた。


焼けたアスファルトがむわりと湯気を立てて、セミの声は耳鳴りみたいにうるさかった。

中学三年生の人間くんは、制服のシャツの袖をぐいとまくりながら、坂道を下っていた。


「なあ、明日さ、プール行かね?部活ないし」


「え〜、あっついから家から出たくないわ」


「じゃあ俺んち来いよ。冷房ガンガンで、アイスある」


「それ、魅力的……!」


前を歩くのはクラスメイトのたけるとひな。

三人でつるむのが、最近の定番だった。


たいした用もなく、帰り道をだらだらと歩く。ただそれだけで、夏は少し特別に思える。


> 「なあ、……なんかさ、誰かに見られてる感じしない?」


「え、急にどうしたの、こわ……」


人間くんがふと振り向いたとき、誰もいない道の向こうで、

電柱の影が、ほんの少しだけ**揺れた気がした**。


気のせい、のはずだった。

でもその夜から、彼の部屋には、うっすらと甘い匂いが残るようになった。


---


翌朝、目を覚ますと、机の上に知らないメモ用紙があった。


> 「この部屋、居心地いいね! ありがとう♡」


手書きの丸い文字。けれど、人間くんには全く見覚えがない。

家族に聞いても「知らないよ」と言う。


> 「……夢の中で誰かに話しかけられてた気がするんだけどな」


そんな違和感の中、また日常は続いていく。

友達と笑いながら帰ってきて、気だるい夜を迎える。

でも、机の上のぬいぐるみの位置が変わっていたり、

スマホの中に、自分が知らない検索履歴が増えていたりする。


「かわいい ストラップ ゆめかわ」

「レトロ プリン 簡単レシピ」

「透け感 制服 夏」


> 「……おいおい、誰の趣味だよ、これ……」


---


数日後、たけるとひなと駅前のコンビニに立ち寄ったときのことだった。


「おい、これお前が買ったんか?」


たけるがレジ袋をのぞき込んで言った。


「は? なにが」


「この……“レトロ純喫茶風・クリームのせ濃厚プリン”」


人間くんは袋を受け取り、まじまじとプリンのラベルを見つめた。

――確かに、自分が手に取った覚えは……ない。


「買った覚えないんだけどな」


「寝ぼけてたんじゃね? 最近、ちょっと変だぞお前」


「うるせーよ」


口では笑って返すけれど、背中にはじんわりと冷たいものが広がっていた。


> 「あれ……なんで俺、レジで“これもください”って言ったんだっけ?」


思い返そうとしても、そこだけ記憶が**かすれている**。


---


その夜、風鈴の音に混じって、確かに誰かの声が聞こえた気がした。


> 「んー!やっぱコンビニプリンって最高〜!」


寝ぼけたのかと思った。だけど、視線を落とせばゴミ箱には、

空になったプリンのカップと、小さなプラスチックスプーン。


「……食ったの、俺じゃないよな?」


そのとき、机の上のぬいぐるみにピンク色のヘアピンが留められていた。


女の子の、制服の、胸元についてそうな、リボン付きのヘアピン。


> 「誰だよ……」


答えはない。だけど、はっきりしてきた。

**この部屋には、誰かいる。俺じゃない、誰かが――**


---


翌日、たけるがちらっと言った。


「……なあ、最近さ、お前……ちょっとだけ“間”が変じゃね?」


「間?」


「なんか……話してるときに、“お前じゃない誰か”と話してるような顔すんだよな。……気のせいかもしんねーけど」


冗談みたいに言ったけれど、たけるの顔は少しだけ、真剣だった。


人間くんはごまかすように笑った。


「寝不足なだけだよ、たぶん」


たけるは「そっか」と言って、それ以上追及はしなかった。


> けれど、人間くんは思った。

>

> *たぶん、もうすぐだ。*


---


その日、人間くんは妙に疲れていた。

学校で三者面談の予定が出て、母親が「進路!進路!」とプレッシャーをかけてきて、気持ちがぐったりしていた。


> もう今日はゲームして寝るだけ……


そう思ってリビングに行くと、冷蔵庫の中に**またあのプリン**が入っていた。

誰も買った覚えがないのに。


「またかよ……」


ぶつぶつ言いながら冷蔵庫を閉めたその瞬間だった。


> 「えっ、ダメ!? 食べないの!? えっ、じゃあ私が――」


「!?!?!?」


どこからか、**明るい、でも明らかに“女の子”の声**がした。


パニックになって周囲を見回すけど、誰もいない。

なのに、棚の上のぬいぐるみが**ひとりでに落ちた**。


> 「ひゃっ、いてっ!ああもう、また変なとこに入り込んじゃった……」


「だれ!? どこ!? 何してんの!?」


> 「……あ、見えてる? ついに見えてる? きゃー!初コンタクト〜!」


振り返ると、そこにいた。

制服姿の女の子。ピンクのリボン。ちょっと派手めなカーディガン。

そして、見覚えのあるヘアピン。


> 「わたし、幽霊ですっ☆ よろしくね、人間くん!」


---


「……は?」


「いやいや、信じないとかナシで!こんだけ証拠あるし!」


「いやいやいや、幽霊とか――いやお前、“幽霊”って自分で言うなよ!」


「うん、なんかね〜、たぶん成仏できてなくて。でもね、あなた、見えるんでしょ?話せるんでしょ?やった〜!」


ぱんぱんと手を叩いて喜ぶ幽霊ちゃん。


「……っていうか、俺の体、勝手に使うのやめろ!プリンとか買うな!」


「あ〜……ごめんごめん!だって食べたかったんだもん〜。あれ、超おいしいよ?」


「知らん!!」


---


人間くんはソファに崩れ落ちた。

目の前に立つこの子が「幽霊」と言い張る現実を、脳がまだ理解しきれていない。


幽霊ちゃんはそんな人間くんを覗き込んで、にっこり笑った。


> 「ふふ。……これから、よろしくね?」

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