第5章2

 準備は万全、紙皿や割りばしの準備も問題ない。

 俺は鉄板を前に一つ大きく深呼吸をした。

 いよいよ、始まる。


『これより、文化祭を開始します。飲食の提供を行うお店はこれより火気を使用できます。繰り返します―――――』


 放送が流れ周囲の店ががやがやとにぎやかになってくる。

 周りの店が動き出し、本格的に文化祭の空気が動き始める。

 出遅れないように、俺はレンタルしたガスコンロに火を入れた。


「よし、鉄板を温めていくぞ」

「シャッキン先輩! 先を見越して少し焼き始めますか?」

「いや、油を温めるだけにしておこう。ちょっと様子見だ」

「わかりました」


 徐々に周囲がにぎやかになっていく。

 去年はあまり気にしていなかったが、思った以上に多くの来場客がいるようだ。

 この学校の文化祭はポスターの掲載など、地域を巻き込んでのイベントであり、年々参観者の数が増えていると聞いたことがある。そのあたりが要因なのだろう。

 そろそろ誰かが来店する頃か、そろそろ、いや、もう来ても……。


「いや、おかしい。うちの店だけお客がこない……というか、なんだこの状況!?」

「いやー、囲まれてますね。シャッキン先輩」


 俺たち幻想現代料理研究部は校庭の一角を借り、屋台を開いているのだが、その周囲にはやきそば、いかやき、やきとり、お好み焼きと縁日の定番屋台が軒を連ねている。

 その影響はすさまじく、重厚なソース、小麦の焼ける香ばしい香りが周囲に漂い、お客をガンガン奪われてしまっていた。

 餃子はその構造上、食べてから口の中で匂いが広がり、味わいに貢献するのだが、そのため強い匂いは引き起こすことができない。


 完全にやられていた。

 見た目だけでは覆せない宣伝効果だ。視界に入れる前に、嗅覚で相手を刺激し、買うか買わないかの選択肢を発生させる悪魔の手法。

 完全に俺たちの餃子屋台が霞むよう仕向けたやつらがいる。


「かっかっか、愉悦愉悦。身の程を知ってもらうぞ転移者」

「お前たちは……!」


 鉄板の前で、頭を抱えている俺に周囲の屋台から男子生徒が集まってくる。

 エルフ、リザードマン、ヒューマン、ドワーフのよりどりファンタジー野郎たちだ。


「我らは粉物、海鮮、焼鳥、粉物、四天王!」

「被ってる被ってる」


 思わずツッコんでしまった。

 面白いやつらだ。こいつら。


「転移者よ。ハーレムはズルいぞ」

「レタ殿の、は、裸を見たのだろう! 婚姻はさせん!」

「モカ殿をクラスに取り返すべく、我らが智謀を巡らせ、焚きつけたレイキ殿まで取り込むとは恐ろしい男よ」

「ゆるすまじ、ゆるすまじ、おいどんは身長の高いお姉さんが大好きなんだ」


 もはや誰が何を言っているのか分からないが、言いたいことは分かった。

 これは私怨だ。そして目の前にいる彼らはそのウラミツラミをエネルギーに変え、魂を賭した決闘を挑みに来たのだ。

 そうかそうかと笑みがこぼれる。

 気持ちが昂り、クックックと声が漏れる。


 おそらくこの匂いを使う作戦は、こちらが餃子を出すことを知って全力で組み立てた策略。

 ああ、楽しい。マジ楽しい。

 彼らはこちらの土俵に乗り込んできたのだ。そのうえで俺を倒して、勝とうとしている。


「クックック、良いな……良いぜ! 良いじゃないか!!」


 俺の反応に目を光らさせる四天王たち。

 

「ほほう、我らが知略を巡らし、追い詰められているこの状況で笑うか」

「ちょっと、おぬしラスボスしてない?」

「我らは全力で貴様を追い詰める。手加減はしないぞ」

「この匂い八陣カルテーッット! 破れるものなら破ってみるがいい―――はっ、殺気!?」


 最後の男の言葉に、彼らは自分たちの屋台に顔を向ける。

 俺も合わせて周囲を見渡すと、各々屋台を回している生徒たちが「サボってないで、手伝え」と四天王に視線を送っていた。


「早く帰ったらどうだ?」

「クックックー」

「クーックック」

「クックック」

「クックックック」


 微妙にそろわない笑みをカルテットを合唱しながら、彼らは素早く自分たちの屋台へと戻ってきた。

 しかし、どうしたものか。この匂いの包囲網は並大抵のことで何とかできるものではない。


「お困りの様ですねシャッキン先輩!」


 ふふんと、モカが胸を張ってやってきた。

 ずいぶんと段取りがいい。見事に狙いすましたタイミングだ。


「ここは私とレタちゃんとレイキさんで何とかしますよ! こんなこともあろうかと準備は万端です!」

「……一応聞いておくけど、あいつら、お前のクラスメイトだよな」

「…………なんのことです?」

「お前の仕込みじゃないの?」

「ソンナ コト ナイ ジャナイ デス カー」


 そんなことあるのか。把握把握。

 彼女なりのサプライズかなにかなのか。

 でも、やりたいことがあるのなら、やってみてもらうのもいいかもしれない。


「そういうならやってみてくれ」

「はい! さすがシャッキン先輩話が分かる! 30分ください!」


 ニコニコと無敵の笑顔のモカは、レタとレイキを引き連れ一度校舎へと引き返していった。

 きっちり30分後、なぜかチャイナドレスを着たモカは、頭頂部をむき出しにしている中年男性を引き連れてきた。


 ……その男性に俺は見覚えがあった。

 いや、この学校に居る生徒なら一度は見たことがあるはずだ。


「校長先生じゃないかーい!!」


 俺はツッコんだ。

 何をしているんだお前は。本当に!

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