序章2
後輩女子こと、桃乃木モカは俺が立ち上げた料理研究部(仮)に顔を出してくる後輩だ。
元気のありそうなクリっとした瞳に、栗毛のショートカット、スレンダーな体型が全体的に小動物感を醸し出している。
見た目の通りの元気な女子生徒で、転移者でもなんでもない現地(?)のヒューマン、いうなれば人族だ。
「で、シャッキン先輩はどうしてこんなものを作ろうとしたんですか?」
「暇だから」
「暇だからって、さすが転移者。いやー、でも、これおいしいですね」
杏仁豆腐を口に運び、サンライトイエローに輝く体操服姿の彼女はとても眩しかった。
まあ、機嫌が良くなっているようなので、先ほどの件は水に流されているようだ。
「いや、ほんと暇なんだよ……」
良くも悪くもファーアースの学力水準は低い。
おおざっぱに言うと、現役高校生の俺が年齢を理由に小学生の授業を受けている状況だ。
これにはこの世界に住む種族たちが関係しており、人族よりも寿命の長いエルフやドワーフに合わせてカリキュラムを組んだ結果だと習った。
初めのうちは「これが学力無双! マジ楽しい」とエンジョイできたのだが、三か月ほどでそのテンションはあっさり消えた。
むしろ今では「俺、このまま日本に帰って大丈夫なのか」と不安でさえある。
この世界に流れ着いて二年余り。今戻っても、大学受験とか、もはや手遅れな気がしてならない。
「ところで、この料理魔法って、どんなことができるんですか?」
「今のところは食べた人の服がはじけ飛んだり、目から光線を出したり、口から火を噴いたり、かな」
「……その偏ったアイディアは何処からくるんですか」
先程のことを思い出してしまったのだろう。じとっとこちらを睨みつけてくるモカに俺はたじろぎ、視線をそらした。
実験の成功で興奮して、そっちの感情が湧かなかったものの、見てしまったものは本当申し訳ない。
「まあ、いいです! シャッキン先輩がそういうえっちな事する人だって弱みは握りました。ええ良いですとも、私の胸にしまっておきます」
板のような発展途上の胸を張るモカに、それは本当に隠せるのかというツッコミはおいておく。こんなところで鎮火しかけてる残りガソリンを注ぐバカはしない。
「弱みって」
「で、私、先輩が帰ってくるまでに考えたんですよ。先輩の料理魔法を使って一儲けできないかって」
「アコギなことを……」
弱みを握られて労働させられるのはさすがに嫌ではある。
しかし痴漢冤罪で社会的な制裁を受けるのはもっと嫌だ。
転移者の俺には、もちろん保護者などいない。
口うるさい親がいなくて良かったとも考えたが、居なければ居ないでいろいろ面倒なのだ。
今は転移先の国の制度で学校に通っているが、それもあと期限が一年と迫っている。
期限が切れた後は何かしら自分で決めて金を稼がなければならない。
そういう試金石的な意味でも、挑戦するということは全然良いはずだ。
「まあまあ、そう言わずに、まずは一つやってみましょうよ」
にこにこと無敵の笑顔でこちらを見てくるモカ。
正直そこまで天真爛漫でいられることがうらやましいし、彼女の強みなのだろうなとぼんやり思う。
「分かった。詳しく話を聞こうじゃないか」
「乗ってくれると思ってました。じゃあ、明日ここで! 最初の依頼にピッタリのお客さんを連れてきますよ」
そう言い放ったモカはものすごいスピードでスマートフォンを取り出し、いくつかのメッセージを送った後、ものすごいスピードで調理実習室を出ていった。
「依頼って何をやらせるつもりなんだ?」
取り残された俺は一人、皿を下げて、流しで洗った。
何かを期待しているのか、その日の足取りは妙に軽かった。
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