第7話 僕は、選ばれなくていい。でも、選びたい


 地図を描き上げた夜。囲炉裏の明かりが静かにゆれ、紙に落ちる影が、村の輪郭をふたたびなぞっていた。


 リクはそっと筆を置いた。


 背筋を伸ばし、深く息を吐く。


 自分の手で、村のかたちを残す。


 ──この世界で初めて、“何かを築いた”という実感が、確かにそこにあった。


 


 


 翌朝。


 村の掲示板に新しい地図が貼られると、人々が一人また一人と足を止めて見上げた。


 誰かが言った。


「これ……見やすいな」


「ここ、俺が回るところだな」


「子どもでも、これならわかる」


 


 リクは、それを少し離れた場所から見ていた。


 誰かに褒められたいわけじゃなかった。


 でも、確かに“伝わった”。


 それが、胸の奥で小さく灯をともす。


 


 そんなリクに、ふいに小石を投げてきたのは、子どもたちだった。


「リクー! これ見て! オレ、見張りできる棒、作った!」


「ねえねえ、今夜もリクの話、聞かせてよ!」


 その輪に、セグが混じっているのを見て、リクは笑った。


「じゃあ、今夜は“影がやって来るときの合図”について話すよ」


「やった!」


 


 村の空気が、確実に変わっていた。


 恐れだけでなく、“構えること”を知った人々の表情には、確かな緊張と、それを超える団結があった。


 


 


 その日の夕暮れ──


 リクは畑のわきで、一人の少年とすれ違った。


「お、おれ、見張りの時間にちゃんと行くから……」


 小さな声だったけれど、そのまなざしは揺れていなかった。


「うん、ありがとう。きっと、君が誰かを守ってくれる」


 そう言って微笑むと、少年は真っ赤な顔で走っていった。


 


 


 夜。


 見張り小屋の灯が灯る。


 交代制で立つ見張りたちの中には、昨日まで“守られる側”だった者たちもいた。


 フィーネが温かい飲み物を配りにまわっている。


「リク、あなたも少し休んで」


「ありがとう。でも、もうちょっとだけ」


 焚き火のそばで、リクは地面に膝をつき、風の音に耳を澄ませた。


 


 


 ──どこかで、枝が折れる音がした。


 ほんの小さな気配。


 だが、確かに“来ていた”。


 


「ガルドさん、北の斜面に、何かいます」


「わかった。俺と二人で確認に行こう」


 


 リクは槍を手にし、ガルドと並んで森の縁へ向かった。


 


 ──そこにいたのは、一匹の黒い鹿だった。


 だがその足元には、影の染みのような痕が、静かに残っていた。


「……今度は、“足”を持ってる」


 リクの声に、ガルドが唸る。


「進化してやがる、ってことか……」


「はい。侵食の仕方が早くなっています。次に来たときには、もっと深くまで入り込むはずです」


 


 二人は無言のまま頷き合い、見張りの強化を決めた。


 


 ──誰かが言っていた。


 「恐れよりも、準備が勝つ」と。


 


 リクは、それを胸に刻んで、村に戻った。


 夜が明ける頃、彼はふたたび筆を取り、影の足跡を地図に記した。


 


「……これは、“戦い”の地図じゃない。“未来”の地図なんだ」


 誰に聞かせるでもなく、呟いたその言葉が、囲炉裏の火に吸い込まれていった。

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