派遣英雄 〜日給8000円で元SSランク冒険者がくるなんて聞いてません!〜
nema
プロローグ「ウェルカムちょこダン!」
「ズズズ……」
男は天井を見上げながら、死んだ目でカップ麺の汁を啜っていた。
空になった容器を縦に振ると、奥底に張り付いた肉が勢いよく、口の中へと飛び込んでくる。
「……」
この空っぽの容器が、まさに今の自分の心境を写しているようだった。
この部屋には、なんでもある。
ゲーム機は最新モデル。テレビは大型で映画のサブスクも入りまくり。
座っているソファもふっかふか。
カップ麺に飽きたら、配達を呼べばいい。
でも、肝心なものがない――。
食べ終わったカップ麺を投げると、ベッドにダイブし、思いきり天井に向かって叫んだ。
「……全く刺激がない!!!!!!!!」
だが、昼間の完全防音のマンションでは誰にも響かなかった。
「毎日、暇すぎんだろ……」
男の名は
元・ダンジョンシーカー。
わけあって、いまは休職中。
働いてる時の金がそれなりにあるから、パチンコにソシャゲ、動画漁り…。
思いつく限りの娯楽に手を出した。
最初はそれなりに楽しかった。
でも、半年が限界。
何をやっても、虚しいばかり。
「思いきり、身体を動かしてええええええ!!」
手足をジタバタさせると、バンッと手が棚に当たって、押し入れの戸から一本の剣が転がり出てくる。
使い古された柄の部分には、かつて所属していたパーティーの紋章が記されていた。
もう使われることはない古びたそれを、天野は見つめる。
S級パーティー【緋翼の騎士団】
パーティーが解散した今となっては、ただ昔の肩書きでしかなかった。
◇
「ガタッ…」
ゴミの散らかった部屋を片付けようとしていると、玄関付近で怪しげな足音が聞こえた。
そして、何かがスッと落ちる音がする。
「ん?俺、なんか頼んでたっけ」
天野は立ち上がると、玄関のドアを見に行った。
そこに落ちていたのは、一枚の広告。
安っぽいコピー用紙に、どこかで見たようなキラキラしたフォント……。
「ったく、うちはセールスお断りだっての〜」
天野は雑に紙をつまみ上げると、デカデカと書いてある文字を読み上げた。
「ダンジョン派遣で、働きませんか?」
「なんだよそれ」
下の方にある詳細に目をやる。
【ちょこっとダンジョン】
・即日パーティー加入OK!
・スキルがある方、大歓迎!
・ダンジョンでの出会い、新しい刺激、冒険を求めるあなたへ!!
「うげっ……。いかにも詐欺っぽい」
思わず声が漏れる。
ちょっとした悪ふざけにしては、よくできている。
「このQRを読み取れば、アプリがダウンロードできます――?」
実際にQRコードを読み取ると、実在するアプリがストアに表示された。
ダウンロード数もそこそこある。
「マジであるんかい……」
しかも、レビューを見てみると、かなり高評価っぽい。
どうやら、最近流行りの"隙間バイト"というらしい。
「ニュースを見てなさすぎんだろ俺……」
何か情けなくなった気がした天野は、ものは試しと、アプリをインストールしてみる。
起動すると、真ん中に入力画面が表示された。
「おお、何かかわいいクマもいるじゃん」
〔インストール、ありがとうだクマ!〕
名前は【ちょクマ】らしい。
ピンクの毛で覆われた身体に似つかぬ、天野と同じような死んだ目をしていた。
(なんか、親近感あるな…)
〔情報を入力するクマ!〕
【名前を入力してください】
とりあえず、言われた通りにやってみる。
アマノ・カケルっと
入力した瞬間、次の画面には割り当てられた“剣士”アイコンが表示されていた。
「……ん?俺、職業とか入れたっけ」
さらに詳細を開いてみると、装備や過去のスキルまで登録されていた。
使用武器:長剣/両手剣/杖/ナイフ…
使用スキル:斬撃強化Lv99/体術Lv99/属性耐性……
「いやいや…この情報……どこから……」
「何かこっわ!!」
思わず、スマホを投げそうになる。
っていうか、俺の存在はギルドでも限られた人にしか…。
微かに目を細めながら、画面をじっと睨む。
うーん。
「ま、いっか」
最近のアプリはよくできてるなあ。
スマホをタップして、先へと進める。
【ダンジョン経験:たくさん】
【自己紹介:よろしこ】
「完了っと」
「まぁどうせ、適当だし誰も来ねぇだろ」
登録完了ボタンを押す。
画面が切り替わったあと、アカウント作成完了の文字が浮かび上がる。
〔依頼がくるまで、待つクマ!〕
そこには、ファイティングポーズをとったクマがいた。
(何かやっぱり、ちょっとうざいな)
◇
その夜。天野はベッドに横になりながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
こうしていると、かつて一緒に戦った仲間のことを思い出す。
すげぇ賢い魔術師。
ライバル心がメラメラな盗賊。
寡黙なリーダーである盾使いに、腹黒い聖女。
「ハハッ…ろくなやつがいねぇ」
「……二度とダンジョンには戻らねえって言ったのに」
でも、思ってしまう。
「やっぱ俺には、これしかないのか」
押し入れの剣を見つめながら、小さく息を吐いた。
──翌朝。
〔…………クマ!〕
〔…………クマ!!〕
「……う、うるせぇ!!!!」
けたたましい携帯音と共に目を覚ます。
スマホの画面には、ちょクマと見慣れないポップアップが表示されていた。
〔派遣先が決定だクマ!!〕
本日10時、ダンジョンゲート前広場。
画面の中を、忙しくちょクマが走り回っている。
「おいおい……マジかよ」
時計を確認するともう九時半。
天野は頭をかきながら、立ち上がった。
押し入れの奥から、愛用の剣を取り出す。
刀身に残った細かい傷たちが、過去の戦いを思い出させてくれる。
「あぁそれと、ライセンスカード……あったあった」
登録証を財布の奥から引っ張り出す。
食いかけのカップ麺。つけっぱなしのテレビ。散らかったゲームリモコン。
読みかけの漫画と雑誌――。
引退後の悠々自適な生活も楽しかった。
「でも……まあ、ちょこっと行ってくっか!」
そう呟いて、元・英雄アマノは再び剣を背に家を飛び出した。
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