第6話 悪役貴族の孫、王都に立つ
翌日の早朝。
俺はグレイブ農園にひっそりと戻って、それとなく朝の挨拶でもしようと思っていると、家の玄関で俺を待ち構えていたのはララだった。
もしかして、昨日の夜に俺が出て行ってからずっとここで門番でもしていたのだろうか。
「えっと、おはようございます」
「それどころではありません」
随分とご機嫌斜めなララは鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。
「あぁ、えっと、ごきげんよう?」
「全然違いますっ」
「なぁ、まだ怒ってるのか、夜の間はちゃんと外に出てたぞ」
「そうじゃありません」
どうやら何もかもが不正解らしく、俺は考えるのをやめた。
「じゃあ何だよ」
「昨日の夜、おばあちゃんが大変だったんです」
「まさかっ、急病とか」
「その逆」
「ん、逆?」
「あなたがいないことに気づいたおばあちゃんが、あなたを探しに行くって言い出したの」
「そ、それは随分とお元気な」
「全然私の言う事聞かなくて、説得するのが大変で夜も眠れませんでした」
自業自得だ・・・・・・なんて口にしようものなら、ララの持つ強そうな槍で体を貫かれそうだと思い、俺は静かに口を閉じた。
「えっと、それで今エイティさんは」
「おばあちゃんは騒ぎ疲れて寝てる、そのうち起きると思うわ」
「そうか・・・・・・ちなみにこの騒動の原因は俺じゃないと思うんだけど」
「わかっています、それからあなた、今日からはちゃんと自分の部屋で寝てください」
「え、いいのか?」
「もちろんです、そうしないとおばあちゃんが大変だし。でも、もしも何かしようものなら私が容赦しないから」
そういうと、ララは昨晩同様にどこからともなく槍を取り出し、その先端を俺に向けた。
まぁ、個人的にはこの周辺で気になる所もあったから今後も夜遊びするつもりだったけど。下宿先に迷惑かけるのはやめておいた方がいいかもしれない。
「わかったよ、ちなみにだけど、その槍はどんな仕組みで取り出してるんだ?」
「ブラックボックスのポケット機能です、魔法大学でも優秀なものにのみ与えられる特権ですよ」
随分と簡単に教えてくれるな。この情報がそれほど重要なものではないのか、はたまた、ララが徹夜の影響で判断が鈍っているのか、そのどちらだろうか?
「特権ねぇ」
「えぇ、そんな事より、私も少し寝ますのでここで失礼します」
そういうとララは家に入って行ってしまった。
そして、俺も後を追うように家へと入ると、リビングのソファーでエイティさんが箒を両手に抱えながら眠りについていた。
どうやら、こんなところで寝させてしまうほどに心配をさせてしまったらしい。
だが、初対面だというのにこんな風に思ってくれる人が協力者がいるというのは、かなりの良縁に恵まれたのかもしれない。
そう思いながらエイティさんを眺めていると、彼女の目がパチリと開いた。そしてその瞳は俺をとらえた。
「ジュジュ君、あなたどこに行っていたの?」
「あ、いや、少し散歩に」
「夜中に散歩?」
「はい」
エイティさんは体を起こして寝起きで凝り固まった体を伸ばし素振りを見せた後、きりっとした表情で俺を見つめてきた。
「わかりましたジュジュ君、そこに正座しなさい」
「え?」
「いいから正座しなさいっ」
「あ、はい」
俺はエイティさんに言われるがまま正座をすると、しばらくの間彼女による説教を受けた。
昨日の夕飯もそうだけど、なんだか小さい頃を思い出すかのような出来事に俺はどこか懐かしさを感じていた。
そして、それは俺の中にある母さんへの渇望が増しているように感じた。王都に着いたらそのあたりの調査も本格的に始めるべきだろう。
エイティさんの説教の後、三人で一緒に朝食を食べ、俺とララは王都へと向かうためにグレイブ農園を後にした。
王都への道はエイティさんの提案でララと向かう事になったのだが、道中は無言、おまけにララは王都にたどり着く目前で俺の元から離れて、先に王都内部へと入って行ってしまった。
もちろん別れの挨拶などなく無言で小走りをしていった。随分と愛想のない人だ。
まぁ、何はともあれ王都に入るには検問を通り抜ける必要があり、俺は家を出る前にエイティさんからもらった身分証明書を検問の衛兵に提示すると、あっさりと王都に入ることが許された。
王都内部はとても賑やかで、早朝からでも多くの人が行きかう場所であり、俺は少しだけこの雰囲気に気分が悪くなっていた。
人ごみに酔ったという奴だろうか?
だが、目的の場所である魔法大学にたどり着く一心で歩いていると、王都の中心部辺りに大きな階段とその高台にある建造物が見えた。
そして、階段の手前には再び検問が用意されており、そこを通る人達はララと同じ制服を身にまとっていた。
大学の検問の衛兵は王都の検問に比べて身軽な服装をしており、その様子を眺めていると衛兵は不審げに俺を見つめてきた。
「なんの用だ?」
「あ、入学手続きをしてもらいたくて来ました、ここに推薦書があります」
衛兵は険しい顔で推薦書に目を通すと、納得した様子で何度か頷くと推薦書を返してきた。
「この時期に推薦?少し確認を取らせてもらう」
衛兵に推薦書を渡してから随分と時間が立っている間、俺は大学に入っていく人たちの様子を眺めていた。
男女の比率はそれほど変わらない、年齢層はどちらかというと若年層が目立つが、中年やその上も見られた。
ララが着ていた制服が学内に入っていくほとんどの人と比べて違ったという事であり、それが彼女を特別な階級であることの証明であるように思えた。
なんて事を思いながらいつまでも帰ってこない衛兵にさすがにいらいらしていると、ちょうど学内の方からさっきの衛兵ともう一人、黒髪の中年女性が俺の元へとやって来た。
すると、さっき推薦状を渡した衛兵が俺に歩み寄って来た。
「この方は副学長先生でいらっしゃいます、くれぐれもご無礼のないように」
「あの、どうしてそのような人がここに」
「推薦状についてのお話があるそうです、では私は任務に戻ります副学長先生」
「えぇ、よろしくお願いします」
副学長と呼ばれる人は、黒を基調とした随分と気品あふれた格好をしており、その貫禄ある立ち姿に思わず緊張してしまった。
「あなたがこの推薦状を?」
「はい」
「名前は?」
「ジュジュです」
「ジュジュ、それだけ?」
「一応ブレイブ農園の養子です」
「そう、グレイブ農園の・・・・・・」
何やら意味深な間を取った副学長は、俺をじっと見つめると突然柔らかい笑顔を見せてきた。
「私は王立魔法大学で副学長を務めているダリア・ペリドットといいます、以後お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも」
「さぁこちらへ、ついてきてください」
「はい」
そうして、副学長先生の後を追うようにして俺はついに魔法大学へと足を不見れることになった。道中、副学長先生はこの大学についての説明をしてくれた。
「我が王立魔法大学はミトランティス王国を支える根幹です。知力、武力、工学力どれをとっても世界でトップレベルに位置しています。
所属する学生たちはみな熱心に大学で学び、王国のために日々切磋琢磨をしています」
「それにしても広い所ですね、これ全部大学なんですか」
「いえ、他の用途にも使われています」
「他の用途というのは?」
「様々な研究機関が入っているのと、英雄たちの安息所という役割も果たしています」
「安息所?」
「はい、はるか昔より英雄たちの墓は荒らされることが多く、多くの遺産が失われてきました、なので、我々の様に力ある者でしっかりと管理する事で英霊への経緯を示しているのです」
どうやらおじさんが話していたことは事実らしい。
「そうなんですねぇ・・・・・・あの、ところで俺は入学を認めてもらえるんですか?」
そう、俺はさっきから副学長と共に、大学構内を歩いているのだが、それがどこに向かっているのか、この時間が一体何なのかがわからなかった。
「ちなみに、学生にはその能力に応じて階級を与えられ、よりよい階級の学生には多くの権限とそれ相応の地位が与えられることになっています」
「・・・・・・えっと副学長先生?」
副学長先生は明らかに聞こえていないかのような反応を見せた。
だが、その目はしっかりと俺をとらえており、彼女なりに何か思うところがあるような様子だった。
そして、副学長先生はとある部屋の前で足を止めた。厳重な扉が設置されており、近くにあるプレートには第七研究室という表記がされていた。
「さて、今回あなたが提示した推薦書なのですが、随分と古いものでした」
「もしかして、有効期限があったりしましたか?」
「心配せずとも有効ですよ、しかし一つ問題があります」
「問題?」
「この推薦状には特別な権限が付与されています」
「一体どんな権限がついていたんですか?」
「先ほど申した階級制度、その最上位に値するゴールドの称号が与えられる様になっているのです」
「じゃあ俺の階級はゴールドってことですか?」
「はい、私個人としてはこの推薦書を信じていますが、あなたを信じているわけではありません」
「えーっと、それはつまり俺に階級相応の実力を示してほしいという事ですか?」
「はい、話が早くて助かります」
副学長先生は満面の笑みでそういってきたが、下手に俺の持っている力をさらすのはどうにも不安だ。
何せおじさんが言うに、俺の家系は総じて評判の悪い力を宿している事が多く、数々の争いの火種になっているといわれている。
つまり、この現状をできれば避けたい所だが、何とかならないだろう?
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