第6話 金の分は働いとくれ
さて、子ども嫌いな祖母相手に、どう誤魔化そうか。
とは言っても、当然、人が近付く気配に気が付いていたのだけどね。だから、自然なタイミングで防音の結界は解いておいた。
あとは、二歳の幼女になりきるだけだ。
「おばーしゃま。新しい剣の先生だって!」
「おいっ!?」
半泣きの兄ニコライから非難の声が飛んでくるが、無視である。
本当は、彼にこのくらいの状況は一人で打破できるようになってもらいたいものだけどね。さすがに時期早々だろうから、私が手本を見せてあげよう。
無邪気な二歳児に、祖母は訝しげに手すりに頬杖をついてくる。
「今までの先生はどうしたんだい?」
「おにーしゃまがあまりに才能があるから、自分の手じゃ負えないっていってたよ。だから、代わりの先生を用意してくれたんだって」
「おまえが答えるのか?」
祖母が視線を向けるのは、当然オロオロしっぱなしの兄ニコライだ。
五歳と二歳。話に信憑性があるのは、当然年長者のほう。
しかし、兄はぜえぜえと訓練あとで息が苦しそうだからね。
「おにーしゃま、おつかれで喋れないみたい」
「ほう……まだまだ剣で母親を守るという夢は遠そうだな」
ニコライの母親好きは、祖母も承知のことらしい。
兄は一瞬悔しそうな顔をしたものの、チラリと私を見ては、視線を落とす。
そんな泣きそうな顔をしなくてもいいのにね。
余計なことを言わないと判断できるだけで、おまえは十分賢い子だよ。
今も必死に、魔女から母親を守っているのと同義なのだから。
祖母も、こんな調子のニコライに会話はできぬと判断したのだろう。
今度はマーナガルムが宿る甲冑のほうへ視線を向けてきた。
「雇われのくせに、アタシと会って兜も外さないとか、ずいぶん度胸のある先生だね。アタシはそんな使用人のような恰好をしているかい?」
祖母は嫌み混じりにピッタリの高価そうなパンツスーツを着ている。ヒダのついたズボンなんて、五十年のあいだにずいぶんと洒落た服ができたものだ。背筋もまっすぐで、前線を引退した老婆には見えない威圧的な女性である。
しかしどんなに脅されても……兜を外せるわけがなかろう。
中には影しかいないのだから。
それでも、マーナガルムも度胸の据わったやつだ。ギリギリまで誤魔化そうと、甲冑の頭をガシャガシャと懸命に何度も頭を下げる。
そんな姿に、祖母は「ふっ」と鼻で笑った。
「まあ、前の腑抜けはアタシも気に入らなかったからね。ニコライがいっぱしの男になるなら、誰でもいいさ。ちゃんと金の分は働いとくれよ」
「大丈夫、きっとおにーしゃまはイイ男になるよ」
だって、この私が下僕にしてやったんだもの。
イイ男になってくれなければ、皆で没落まっしぐらだしね。
「生意気な二歳児だ。おまえらの母さんには上手く言っといてやる」
去り際のいじわるな笑みからして、私が何かやらかして、前任者を怒らせたとでも思われたのだろうか……あながち、間違いではないからいいけどね。
それにしても、この程度で見逃してくれるとは。
あの老婆、イメージが変わったな。意外と話が通じるじゃないか。
果たして、安心していい相手なのか、それとも警戒すべき相手なのか。
これは少し、調べてみる必要があるかもしれないね。
ひとまず、近くの者から聞いてみようか。
「彼女は子どもが嫌いってわけじゃないのかい?」
「……知らね」
あれま、兄よ。ずいぶんと素っ気ない返事だね。
もしかして、拗ねてるのか?
だけどフォローするよりも早く、さっそく母親が飛んできた。
祖母の話しぶりだと、あのやぶ教師を雇ったのは、この母親のようだけどね。
それでも、母エレナは勝手に教師を追い出した私たちを怒るわけでもなく、丁寧に甲冑へと挨拶をする。
「まあっ、あなたが新しい先生なのですか?」
「ウギャッ」
「どうかよろしくお願いします。ニコライの剣の腕前はどうですか?」
「ウギャギャ」
「まあ、褒めすぎですよ~」
まともに話せぬ甲冑と母親が楽しそうに談笑はしばし穏やかに続いていた。
その傍らで、私は兄にこっそり教育的指導を施すことにする。
「ツラの皮は厚くなりにゃ。きそーてんぎゃいな事象など、誰も信じたくないものだかりぁね。意外とゴリ押しでいけるの……ふあああ」
ダメだぁ……二歳児の体力じゃ、今日はこのくらいが限界らしい。
これは祖母の調査もあとに回したほうがよさそうだな。
大きなあくびを隠せずにいると、甲冑とスムーズに会話していた母が「あらあら」とすぐに私を抱き上げてくれる。なかなか気づきの早い母親だ。彼女が聡いのか、それとも、母親という存在がそういうものなのか。
実際の子どもの産んだことない私には、わからない感覚だね……と、これはダメだ。本当に意識が朦朧としてきたよ。
「もうセリーナはおねむなのですね。そういや、お昼寝がまだでしたもんね」
母の温もりというのはスゴイな。すぐに瞼が落ちてきてしまう。
しかし……最後に見た兄の顔は、ひどく落ち込んでいるように見えた。
私を殺そうとした報いといえば甘いくらいだが……五歳といえば、拾ったときのアドラよりも幼いな。これは少し手厳しくしすぎただろうか。
明日からはもう少し優しくしてあげようと決めて、私はゆっくりと瞼を閉じる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます