第24話「反撃」

「暖かい!この子がライデンの子供?」


 それはまるで小さな青い毛玉だった。彩華の小さな両手の上で丸くなった動物は、陽光を浴びて瑠璃色の毛並を輝かせていた。

「あ!」

 彩華の両手の上で、毛玉から小狐みたいな顔がピョコンと顔を出した。

「わあっ!かわいい!」

 今度は毛玉からふさふさの尻尾が現れた。そして四つの脚をグウッと伸ばし、彩華の両手の上で立ち上がって伸びをする。彩華は目を輝かせて叫んだ。

「かわいい!かわいい!毛の色がライデンそっくり!」

 小さなケモノは、彩華の掌の上でブルブルッと体を震わせた。そして、ビードロの様なキラキラした目で彩華を見つめている。

「ねえねえ、ばば様!この子が私の子?」

 小さな彩華は嬉しさのあまり、思わず飛び跳ねそうになった。それに驚いた小さなケモノが彩華の掌で怯えている。すると老婆が、彩華の頭にポンと手を置いた。

「そうじゃ。彩華も数えで六つになったからの。大事に育てるんじゃぞ」

 跳ねるのをやめた彩華は、まだ少し怯えるケモノを優しく見つめた。

「ねえ、ばば様!名前をつけてもいい?」

「ああ。いいとも。何と名づけるのじゃ?」

 老婆は彩華の頭を優しく撫でながら目を細める。

「もう決めてあるんだ!」

 彩華は両手を顔に寄せて、小さなケモノの目を見つめる。

「名前はシンデン!お前は今日からシンデンだよ!」

 そういうと彩華は、小さなシンデンに優しく頬擦りをした。シンデンは少し驚いたが、直ぐに猫の様にゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

「私は彩華!今日からシンデンは私の弟だよ!よろしくね!」

 それに答える様に、シンデンは彩華の頬をぺろぺろと舐め始めた。

「ははっ!くすぐったいよ!シンデン!」

 

  

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

「発電機が動いているのに、なぜ停電しているんだ!」

  

 彩華は、眼下から聞こえてくる叫び声で我に返った。彩華は思わず両手を見つめる。あの遠い日のシンデンの温もりが、まだ両手に残っている気がした。


「火力発電機に異常はありません!」

「新型発電機の方は?」

「全力稼働のままで操作不能です。どこまで耐えられるのか見当がつきません」

「じゃあ、なぜ停電している?」


 眼下から様々な人々の叫び声と足音が響き渡る。

 いま彩華は、この千住大発電所に潜入して身を潜めていた。敷地内の建屋の屋上に腹ばいになり、駆け回る作業員達の様子を見張っていたのだ。

(イワの推察通りだ。場所は特定できないが、この広い敷地のどこかにシンデンの気配を感じる…)


(イワ…)

 彩華は、さっきまで岩之介と一緒にいた建物の方角を見つめた。

(時間がくれば解ける術式を組んだから、大丈夫だとは思うが…)

 停電騒ぎで作業員が発電所内を動き回っていて、彩華はシンデンを探すことができなかった。飛び交う叫び声に聞き耳を立てながら、彩華はシンデンにつながる情報を探るしかなかった。


「作業長!送電線が全部切られて、直接電気が別の場所に流れ出ている様です!」

 一人の若い作業員が、集まっていた作業員達のもとに駆け寄ってきた。

「流れ出る?何処にだ!」

 作業員達の中心に居た、背の低い男が怒鳴った。それは、端末群と話していたあの作業長だった。作業長に問われた若い作業員が気圧されて言い淀んでいる。

「それが…どうやら川の中、らしいんです」

「川って、隅田川か?」

 報告する作業員は無言で頷いた。

「電気が、川にだと?」

 驚愕する作業長と作業員達が顔を見合わせる。

「隅田川を見に行くぞ!」

 そう叫んだ作業長が川の方へ駆け出した。それに続いて作業員達も後を追って走り出す。

(シンデンだ!)

 心の中で叫んだ彩華は、弾かれた様に立ち上がる。

 パチン!

 瞬間、稲光が爆ぜて彩華が姿を消した。


  

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〈この筋肉バカ!どこで油売ってた!〉

 

 ママさんの烈火の如き罵声が、岩之介の端末から響いた。

「も、申し訳ありません!」

 その巨体が岩之介よりも小さくなった様に、龍仁坊が深々と最敬礼する。

〈情報入手に何日かかった?それでも元・情報戦術班なの?アンタが私の元部下なんて、黒歴史もいいとこだわ!〉

(相変わらず、ママさん龍仁坊には容赦ないわ~)

〈龍仁坊!〉

「は、はい!」

 龍仁坊が直立不動になる。

(ママさんが「龍仁坊」って呼んだ!…コレはメチャクチャ怒ってるぞ…)

〈私は岩ちゃんに大事な話があるの!お前は直ぐに彩華さんを追って援護!〉

 そこでママさんの声色が、急に殺意を帯びて低くなる。

〈もし、彩華さんに怪我でもさせたら…分かっているわよねぇ?〉

「ぎ、御意!」

 龍仁坊はその場で最敬礼すると、逃げる様に姿を消した。

  

〈さて、岩ちゃん?〉

 一人取り残された岩之介に、左腕の端末が語りかけてきた。

〈先に言っておくけれど…〉

〈岩ちゃんが彩華さんを好きなのは、笑っちゃう位バレバレだからね!〉

「うっ!ママさん、いきなり何をっ!」

 岩之介は思わず叫んだ。

 端末から、ママさんがくすくす笑っている声が聞こえてくる。しかし、すぐに真剣な声に戻ったママさんは、さらに話を続けた。

〈私には、詳しい事はわからないけれど〉

〈彩華さんには、何か大変な事情があるのでしょう?〉

「!」

〈でもね…〉

〈あなたが好きになったのは、そういう女の子なのよ〉

「…」

〈だから岩ちゃん…〉

〈好きになったのなら、それも全部まとめて好きにならないとダメ!〉

「えっ」

 ママさんの言葉が、岩之介の心に突き刺さる。

〈その覚悟がないのなら、このまま忘れて帰ってきなさい!〉

「え?そんな…」

〈それでも『好きだ』という覚悟があるのなら、彩華さんを救いに行きなさい!〉

「ママさん…」

〈あの子はとても強いけれど、本当は優しくて寂しがり屋なのよ〉

〈岩ちゃんの助けを、きっと必要としている〉

  

(そうだ…)

 岩之介は、拳を握りしめて前を見据えた。

(理由もきっかけも、そんなのはどうでもいい。僕は、彩華さんが好きなんだ。だから守りたいだけだんだ!)

 岩之介は、ゆっくりと大きく息を吸い込んだ。

「ママさん!」

「彩華さんを、必ずボンドに連れて帰ります!」

 左腕の端末に向かって岩之介は叫ぶ。

〈それと…彩華さん、きっとお腹を空かせているから、ご飯を沢山用意して待ってるって伝えて!〉

「はい!」

  その時、岩之介はあることを思い出した。

「ところでママさん?」

〈なあに?〉

「銀ブラの時、彩華さんの服に発信機仕込んだの、ママさんでしょ?」

〈あら?何のことかしらぁ?〉

 露骨にウソと分かる反応に、岩之介は呆れて言葉がない。

〈でも結果的に役に立ったでしょ?〉

「それは、まぁ…」

(さすがは元特技師団・情報戦術班班長。油断も隙もない…)

〈じゃあ岩ちゃん、彩華さんをお願いね!〉

 プツッ

 通信はそこで切れた。


 すぐさま超高速で着替えた岩之介は、遠くに聳えるオバケ煙突に向かって走り出す。

 ヴゥオオオッ!

 全開になった飛行装置が、岩之介の背中で閃光を放つ。弾かれた様に空中に躍り出た岩之介は、全速力で千住大発電所に向かって突き進んで行った。

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