第12話「謎の老婆」

 ー“ランチタイム”と同じ頃ー


 新橋にほど近い銀座の裏通り。〈裏通り〉だけに、商店よりも住居や長屋が目立っている。

 そこに一軒の古びた日本家屋があった。

 寺院を思わせる、小ぶりだが立派な門構えをくぐると、趣のある佇まいの小さな木造の家が建っていた。


「ばば様なら、昨日やっと起きたとこですぜ!一ヶ月ぶりのお目覚めだ!」

 玄関先で、龍仁坊を出迎えた作務衣姿の初老の男が元気な声をあげた。出迎えを受けた龍仁坊は、その巨体が小さく見える様な弱々しい声で言った。

「団子の代金が嵩んでなぁ」

「へ?団子?龍仁のダンナ、甘党だったっけ?」

 男が目を丸くする。

「大喰らいの“ウズメ”がいるもんでよぉ…」

「ウズメ?」

「店にある団子、全部食えるか?フツー?」

「え?旦那、店の団子を全部食っちまったんで?」

 男は呆れた様に龍仁坊の顔を見上げている。

「何でもねぇ…忘れろ」

「?」


「誰じゃ?」


 家の奥から、凛としたしゃがれ声が響いた。

「あ、おばば様!龍仁のダンナがおみえです!」

 奥に向かって男が元気よく答える。するとまた声だけが響く。

「破戒坊主がなんの用か?」

「ちょっとな…」

 龍仁坊は、家の奥からの声にそっけなく答えた。

「まあ良い。入れ」


 家の奥にある座敷は四畳半ほどで、正面の床間には達筆な書の掛け軸が飾ってあった。その掛け軸を背に、小柄な老婆が三枚重ねた分厚い座布団にきちんと正座している。

 かくしゃくとしたその居住いからは、どこか高貴な雰囲気すら感じさせていた。

「有機端末としては、もう一〇〇年モノでな。さすがに起動時間が短くなる一方じゃ」

 自分の手足をゆっくりと見回しながら老婆が言う。

「いっそ、吉原あたりの美女みたいに若返ったらどうだ?」

 老婆の前に胡座をかき、大きな身体を少し窮屈そうにして座る龍仁坊がニタリと笑った。

「それはお前の〈趣味〉であろう?」

「ウルセェ」

「お前の様な破壊坊主がおるからの。姿何かと都合が良い」

「ん?」

 老婆は何かに気づいた様に龍仁坊に尋ねた。

「今日は、めんこい矢瀬乃木の小僧はおらんのか?」

「アンタは〈少年趣味〉じゃねーかよ!」

「だまれ!」

「少年サマは、いま療養中」

「ほっほっほっ!またか!相変わらず命知らずで惚れ直すのぉ!」

「ただのバカなんだよ!アイツは!」

「ほほっ!帝都大学院の最年少博士をバカ呼ばわりとは…」


「で?」

 老婆は、閑話休題とばかりに少し身を乗り出した。

「調べてる事があってな」

「あの〈塗り壁〉技師長にでも尋ねればよかろう?」

「どうせ、まともな答えは返ってこねぇよ」

 龍仁坊は、胡座のまま背筋を伸ばして右手で半合掌する。すると老婆と龍仁坊の間に光の球体が現れた。

「前金じゃぞ」

「半金だけ。残りはガセじゃなかったらな」

「シブチンめ!相変わらず尻の穴の小さいヤツよ」

「文句はウズメっ子に言え!」

「ウズメ?」

「な、なんでもねぇ!」

 その球体の中で様々な色が渦巻き、徐々に像を結び始める。やがてそれは一人の少女の姿に変わっていった。

「相変わらず、お前の〈念写ねんしゃ〉はぼやけて見難いのぅ」

 老婆は、ただでさえ細い目を眇めながら呟く。

「この家紋、見覚えはないか?」

 老婆は、大写しになった少女の顔の画像を、少し身を乗り出してジッと凝視している。

「おおぉ~!」

 すると老婆が驚きを露わにして声をあげた。

「わ、分かるのか?」

 龍仁坊が顔色を変えて身を乗り出した。

「お主、女の趣味が変わったのぅ!」

「そっちじゃねぇっ!家紋だ家紋!」

「ふふん…ん?」

 老婆の動きがぴたりと止まった。

「コレは…いつの記録か?」

「四日前」

「……」

 老婆は少女の映像を凝視したまま、まるで時間が止まった様に動かない。やがて口だけを微かに動かして呟いた。

「わしも見るのは二〇〇年ぶりかの。実物を記録した画像は初めてじゃ」

「にひゃく?…婆さんいくつだよ?」

「で?なんだコレは?」

 老婆は身じろぎもせず、少し間を置いて呟いた。

「〈ケモノ使い〉」

「ケモノ?…」

「まだ、生き残りが居たとはな」

「一体何者だ?この娘…」

 老婆は背筋を伸ばして居住まいを正すと、また少し間を置いて言った。

「これは半金どころか…」

「特別料金になるのぅ!」

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