第7話「端末群」

 「!」

 屋上から五メートルほどの中空に、人型の〈何か〉が浮かんでいる。それは、瓦礫や機械の残骸を寄せ集めて、人の形にした様な物体だった。

「端末群!」

 ガラクタの塊の様な人型が、その目も鼻も口もない顔を岩之介の方に向けた。その瓦礫のような顔に裂け目ができると、みるみる口が形成されていく。

「特技師〈小〉。相変わらず鼻だけは効く…」

 なんの抑揚もない、雑音のような声が響いた。

「今日もMIKADOは、ご機嫌麗しいか?」

「あの子に何の様だ?」

「あの子?…あの〈ケモノ使い〉の事か?」

(ケモノ使い?)

「用があるのは…ケモ使いの持つ〈術理じゅつり〉」

 端末群の顔に鼻と目が形作られていく。だが目は一つで、顔の上半分が、閉じられた大きな目蓋になっている。やがて端末群の顔は〈一つ目妖怪〉の様な形相となった。


 コツッ!

 乾いた音がした。

「!」

 岩之介は一瞬その目を疑う。少女が瞬間移動の様に端末群の目前に現れたのだ。その両手に構えたあの拳銃型の法具を、閉じられていた巨大な目蓋に突きつけている。

雷眼ライガン!」

 少女の叫びと共に凄まじい連射が起こった。

 ダダダダダダダダダダダッ!

 巨大な目蓋に密着した二丁の雷眼が、唸りを上げて高速連射する。

「シンデンを返せっ!」

「返せ!返せ!返せ!返せ!返せっ!」

 狂った様に叫びながら、少女は連射をやめない。雷眼の全自動フルオート掃射を零距離で喰らった端末群は、のけ反りながら吹き飛ばされた。

 だが、端末群は墜落寸前で空中に静止して瞬時に踵を返す。そして少女の方を向くと、巨大な一つ目がカッと見開かれた。


 カシャッ!

 大きな機械音と同時に赤い閃光が放たれた。

 それは瞳ではなく、巨大なカメラレンズの様だった。一瞬息を呑んだ少女が、再び両手の雷眼を端末群に向ける。

 その時、端末群の巨大な一つ目が赤い光を帯びた。

 ダダダダダダダダダダダッ!

 なんと巨大な一つ目から、少女が放ったものと同じ札弾が無数に飛び出してきたのだ。

「なにっ?」

 少女は脊椎反射で両手の雷眼で応戦する。だが信じ難い光景に少女は驚きを隠せない。


(これは…私の法術・雷眼?)


 カチッカチッ!

 その瞬間、少女の雷眼から乾いた音が響いた。

(しまった!)

 少女の札弾が尽きたのだ。焦る少女の反応が一瞬遅れる。その隙を逃さず、端末群の一つ目が赤く光った。

 ダダダダダダダダッ!

 札弾の群れが少女に向かって放たれる。

(避けきれない!)

 少女は思わず目を瞑った。


 バシュバシュバシュバシュッ!

 何かが切り裂かれる音が響いた。

(え?ん?痛く…ない?)

 恐る恐る薄目を開けた少女の視界に、信じられない光景が飛び込んできた。

(だ、団子屋?)

 いつの間にか少女の目の前に、両手を広げた岩之介が背を向けて立っていたのだ。

「な、何をしているっ!」

 少女は思わず叫んだ。

「イッテェ~」

 そう呻いた岩之介はその場に崩れ落ち、少女の前に仰向けに転がった。その姿を見た少女は息を呑む。

 岩之介の姿は、まるでハリネズミの様だった。直撃を防いだマントに、札弾がびっしりと突き刺さっている。そのマントも所々裂けて、露出した部分から鮮血が流れていた。

「良かったぁ!無事だったぁ!」

 少女の顔を見上げた岩之介が、弱々しくニコリと笑った。破帽はどこかに吹き飛び、岩之介の顔の半分は、切れた額の傷から流れる血で赤く染まっていた。

「怪我がなくてよかったぁ…」

 呆然と見下ろす少女に微笑んだまま、岩之介はゆっくりと目を閉じた。

「団子屋!」

 叫んだ少女は岩之介の傍に跪くと、岩之介の肩を掴んだ。その時、頭上から不快な雑音の様な声がした。

「鼻は利くが…弱すぎるぞ、特技師〈小〉」

 見上げた少女の目の前に、一つ目の化け物が浮かんでいる。


「ケモノ使い…〈捕縛〉」

「特技師… 〈処理〉」


 端末群の言葉に驚いた少女は、横たわる岩之介を慌てて見下ろす。

「特技師?」

(団子屋が特技師?〈MIKADOの護人〉?)

 シュッ!

 端末群の腕が鞭の様に伸びた。そして横たわる岩之介の首に絡みつくと、あっという間に吊し上げる。そして岩之介を、その一つ目が触れるほど顔に近づけた。

「すでに瀕死。処理は容易」

 一つ目が再び紅く発光を始める。

「や、やめろっ!」

 叫んだ少女が両手の雷眼を端末群に向ける。だが、射線上に岩之介が重なって撃つことが出来ない。

「!」

 最初、少女は目の錯覚かと思った。

 狙いを定めている視線の先、吊るされた岩之介の、だらりと下がった右腕が揺らいだ様に見えたのだ。

 グニュリ!

 その右腕の輪郭が崩れたかと思うと、たちまち液体の様に変形して端末群の一つ目にベッタリと張り付いていく。

「な?」

 端末群は完全に隙を突かれた。瞬間、液体化した右腕が、無数の光る文字の集合体になって閃光を放った。

「うが?」

 端末群の巨大な一つ目が、放っていた赤い光を失い、みるみる小さくなっていく。

「な…な…んだ?」

 呻く端末群の顔から一つ目が消え、穴の様な黒い点に変わっていた。岩之介の右腕は元の形に戻り、何事もなかった様にだらりと下がっている。

「なに…を!」

 混乱した端末群が、掴んでいた岩之介を思いっきり投げ放った。

「団子屋!」

 弾かれた様に少女が駆け出し、落ちてくる岩之介を床に滑り込みながら抱き止める。

 その刹那、割れ鐘の様な叫び声が響き渡った。


「ロォド!金剛斬こんごうざん!」

 グシャッ!

 何かが潰れる鈍い音と共に、猛烈な巨大錫杖の一撃が端末群の顔面を捉えた。

「うごっ!」

 龍仁坊の竜巻の様な一振りで、端末群はぐるぐると回りながら弾丸の様に吹き飛ばされて飛んでいく。

 岩之介を抱えて座り込んでいた少女は、その様子を呆然と見ていた。

「おい!ウズメ!」

「は?うずめ?」

 少女の目の前に、鬼の様な形相の龍仁坊が忽然と立った。

 少女は岩之介を抱きかかえたまま、反射的に片手の雷眼を龍仁坊に向けた。だが龍仁坊はそれを全く意に介さず、少女を見下ろして叫んだ。 

「急げ!逃げるぞっ!」

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