第4話「資格停止」

 扉の中は何もない無機質な灰色の小部屋で、それ自体がエレベーターになっている。高速で地下に降りていく小部屋の中で、二人は終始無言だった。

 ゴトン

 軽い衝撃が、目的の階に着いた事を告げる。また音もなく扉が開くと、そこは薄暗い広間だった。

 広間の天井は高く、左右の壁は内側に傾斜しており断面は三角形に近い。その壁面には等間隔で間接照明が灯され、全てが白一色で装飾らしきものは何もない。恐ろしく殺風景な空間だった。

  

「入れ」

 凛とした男の声が二人に命じた。

 二人はエレベーターから広間に進み出る。その床には、毛足の長い絨毯が一面に敷かれていて少し歩きにくい。二人はゆっくりと正面の壁面に近付いていった。そして、壁から十メートルほど手前で立ち止まる。それは、本当に何もない白一色の壁だった。

 その壁に向かって、二人は深々と最敬礼する。

「特技師団金剛班・金剛院龍仁坊。矢瀬乃木岩之介。只今参上致しました」

 白一色の壁面の中央に、うっすらと光が現れた。

  

「ご苦労」

 二人は礼を終えると、白い壁に向かって直立不動になった。

「昨夜の帝都大停電は…」

 無機質な、感情のない男の声が白い壁から響く。

「帝都掠奪を企む端末群が深く関与しているのは間違いない。しかし気になるのは、今までと戦術が異なる点だ」

「端末群は、無機物…機械や構造物に寄生して変身し、破壊工作を行う。だが報告によれば、昨夜現れたのは巨大生物だ。端末群は有機物・生命体に寄生できない」

 技師長は、そこで一呼吸置いた。

「よってあの生物は、奴らの新兵器である可能性が高い」

(あれが、兵器?)

 岩之介は心の中で首を傾げる。

(でも、あの女の子…なんか…名前呼んでたよな?…シン…?)

 兵器に名前なんてつけるだろうか?

「端末群が関与する限り、その殲滅は我ら特技師団の使命だ」

「いずれにせよ、再び大停電を起こしてはならない」

「巨大生物の発見と、殺処分を最優先とせよ」

「御意」

 龍仁坊が即答する。

(殺処分?)

 その言葉が石の様に胸につかえて、岩之介の全身が不快感で満たされていく。

「そして」

「現場に現れた女の探索、捕獲もだ」

「ただし…」

「女の行動如何によっては、巨大生物と同様の措置をとれ」

 思わず息を呑む岩之介の隣で、龍仁坊が技師長に質問する。

「恐れながら。同様の措置とは?」

「殺処分だ」

 何の感情もない声がきっぱりと言い放つ。

 岩之介は、両手を握りしめて必死に怒りを押さえ込んだ。

「情報収集の観点からも、全力を上げて〈捕獲〉を最優先いたします」

 龍仁坊がはっきりと、〈捕獲〉を強調して言った。

(捕獲?)

 岩之介は思わず龍仁坊の方を向いてしまった。龍仁坊は姿勢を崩さず壁を見据えている。

「…良かろう」

 しばらく間をおいて技師長が言った。

「お前達が作り出す状況と結果に期待する」

(回りくどい言い方だ…)


「次に…」

 技師長の声色がさらに硬くなった。

「矢瀬乃木岩之介の命令違反についてだ」

 二人は再び最敬礼する。

「度重なる周辺地域への被害により、電慈式兵器の使用は禁止したはずだ」

「にもかかわらず使用を強行し、帝都民の憩いの場、上野大公園の大切な樹木・植栽を焼き払った」

「帝都民政局局長からは、矢瀬乃木岩之介に対し刑事罰による収監の要請がきている」

 龍仁坊が小さくぴくりとした。岩之介は最敬礼のまま動かない。

「だが特技師の名門、矢瀬乃木一族の継承者である事…」

 今度は岩之介がぴくりとする。

「過去三年間、特技師として精励した功績により、民政局局長の要請は排除した」

 龍仁坊が礼をしたまま安堵しているのが伝わってくる。

 

「矢瀬乃木岩之介」

 技師長が、一段と声を張って言った。

「はい」

 岩之介が最敬礼のまま答えた。

「現時刻をもって、お前の特技師としての資格をとする」

 岩之介は無反応だ。技師長はさらに続ける。

「資格停止中、電慈兵器は没収。金剛院龍仁坊が封印し管理せよ」

「並びに特技師としてのあらゆる財産、施設、情報への接触を禁ずる」

「何か申立てはあるか?」

「ありません」

 キッパリと答える岩之介を、龍仁坊が最敬礼のままでちらりと見る。

 すると、技師長の声が少しだけ穏やかさをはらんだ。

「〈帝大正〉の世になって二〇年を数えた」

「この時代、我が國の科学技術は急速に進歩し、様々な新時代の文化が見事に開花した」

「日乃本國の首都である帝都は、今や科学・文化・経済の中心地である」

「だが残念な事に…」

「謎の武闘集団〈端末群〉によるともなりつつある」

「我ら特技師団の使命の重さは、今さら言うまでもあるまい」

 技師長はそこで言葉を区切る。そして、姿の無いはずの技師長が、岩之介を凝視している気配が伝わってきた。

「矢瀬乃木岩之介」

「お前の姉、矢瀬乃木朱美の殉職を無駄にするな」

「!」

 その瞬間、岩之介の表情が激しく歪んだ。

「特技師とは〈MIKADOの護人〉。その身命を賭して、端末群から MIKADOと帝都を衛護する者」

「その特技師の使命を、身をもって示した姉の姿を忘れるな」

 最敬礼のまま両手を握りしめて震えていた岩之介が、いきなり顔を上げようとした。すかさず龍仁坊が、岩之介の腕を強く握ってそれを抑える。

「矢瀬ノ木の名に恥じぬ様、その更生を期待する」

「以上である」


 白い壁の光が消え、壁は無表情な白一色に戻った。

 上体を起こした龍仁坊の隣で、岩之介は最敬礼のまま小刻みに震えて動かない。

 その足元にポツポツと雫が落ちて絨毯に小さなシミを作っていくのを、龍仁坊は黙って見つめていた。

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