ミカドノモリビト 〜落ちこぼれ特技師とケモノ使いの少女〜

天乃風 颯真

第1話「帝都大停電」

〈運命の出会い〉というものがあるとしたら、まさにあの瞬間のことだ。

  

 あの夜…その少女は超然と立っていた。

 頬色に燃え盛る業火の緋色を映し、純真な怒りと悲しみをその瞳に灯して…。

  

 僕は、その姿に心を奪われたんだ。

  

 それが、記憶から全部消えてしまうとしても…。

 それが、命と引き換えになるとしても…。

  

 僕はあの瞬間…心を奪われたんだ…。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 〜日乃本國ひのもとのくに・帝都・帝大正ていたいしょう二〇年・十一月・深夜〜


 上弦の月が、上野うえのもりを淡く照らしている。

 その杜の中心、帝都随一の公園「上野大公園」が、不気味な青白い閃光を放っていた…。


「なんだ?ありゃあ…」

 大公園の広場を囲む雑木林に、筋骨隆々の大男が身を潜めている。余りに巨漢すぎて、木の幹から体がはみ出て隠れきれていない。その視線の先、大公園の広大な〈円形中央広場〉にそれは居た。


「生命反応あり。龍仁坊りゅうじんぼう、やっぱり生き物みたいだよ、アレ!」


 龍仁坊と呼ばれた大男の背後で、身を低くしている小柄な少年が高揚した様に答えた。

「そりゃあ、毛も生えてるし生き物だろうけどよ?…」

 体長が二十メートルはあるだろうか。四つ足で踏ん張る様に立ち、青白い光を放つその巨大な物体は、確かに生き物にしか見えない。

 だが…。

「デカすぎるだろ…」

 呆然と巨大生物を見上げる龍仁坊は、まるで大昔の僧兵の様な格好をしている。黒い裳付衣もつけころも括袴くくりはかまを纏い、足には高下駄という姿だ。その顔は寺社の門前にある金剛像にそっくりで、岩石の様な頭には髪が一本も生えていない。

 龍仁坊は、自分の背後から頭だけ覗かせている少年に呟いた。

岩之介いわのすけ、分析!」

「了解!」

 岩之介と呼ばれた少年は、マントの中から素早くゴーグルを取り出して装着する。そのゴーグルはサングラスの様な黒い半透明で、目だけではなく耳まで覆う様な形をしている。ゴーグルというより覆面の様だ。

 岩之介は小柄で、まるで小学生の様な体形をしている。学生服に似た黒い制服にマントを羽織り、破れた学生帽・破帽はぼうを目深に被っている。その姿はまさに〈バンカラ学生〉なのだが、小柄なせいで可愛らしさしかない。〈ちびっ子バンカラ小学生〉といった風情だ。

 ブゥン!

 ゴーグルから小さな起動音がする。岩之介は、左腕に着けた腕時計型端末を操作しながら、巨大生物の方に顔を向けた。

「おぉー!」

 巨大生物を見上げて感嘆の声を上げる岩之介の視界…そのゴーグルの内側には、巨大生物の姿に重なって数式やグラフが半透明で表示されていく。

(犬?オオカミ?)

 全身を体毛で覆われ、ゆっくりと周囲を見回しているその巨体は、どう見ても四足歩行の哺乳動物だ。異様なのは余りに巨大である事と、背中の青白い体毛から小さな稲光を発していることだった。しかも、その背中の体毛を送電線にまで伸ばして直接繋がっている様に見える。

(やっぱり!)

 表示された数式やグラフを素早く読み取った岩之介は、思わずニヤリと笑う。

(電気を、吸収しているんだ…)

 巨大生物の体内に電力が大量に流れ込んでいるのが、ゴーグル越しの光景からもハッキリと確認できる。岩之介は嬉々として叫んだ。

「龍仁坊!帝都大停電の原因は、やっぱりこの巨大生物だよ!」



 約二時間前。冬の足音が聞こえてきた晩秋の帝都を、突如として静寂と暗闇が襲った。

 その日の夜、帝都全域の電力供給が突然停止したのだ。原因不明の停電で、買い物客で賑わう繁華街から住宅までもが光を失い、都電も地下鉄も停止して街は大恐慌をきたした。

 だが、闇に閉じ込められた帝都に、ただ一箇所だけ光を放つ場所があった…。

 それが上野の杜、上野大公園だったのである。


「ねえ龍仁坊…あれは新種の動物かなぁ!」

 謎の巨大生物に興味津々で、ワクワクしている岩之介が弾んだ声で叫んだ。

 ゴキッ!

 場違いに喜ぶ岩之介の頭に、龍仁坊のゲンコツが落ちた。

「喜んでんじゃねぇ岩之介!今は作戦行動中だ!」

「イッテェ!叩くことないじゃん…」

「研究なんてのは後だ!あと!」

 転がって悶絶している岩之介を一瞥すると、龍仁坊は周囲の気配を探っている。

「そんな事より気づいてるか?…がいねぇ」

「うん。居ないね…端末群たんまつぐん…」

 岩之介はゲンコツの落ちた頭をさすりながら、素早くゴーグルで周囲を索敵する。

「端末群が寄生するのは、機械やガラクタといった無機物のはず…」

 岩之介は、目の前で青白く発光している巨大生物を見上げた。

「でも、あれは生物だ。端末群は寄生できない」

「とにかく、停電の原因を〈処分〉する」


って?…」

 驚いた岩之介が龍仁坊を鋭く見返す。

「端末群が寄生した形跡はないよ!なのに殺しちゃうの?」

「停電の原因って言ったのはお前だろーがっ!」

 怒鳴る龍仁坊に、岩之介の表情が険しく強張る。

「まだ敵なのか分からないじゃん!偶然ここに迷い込んだ未知の生命体かも!世紀の大発見かもしれないんだよ?それをいきなり殺すなんて!」

 岩之介が激しい剣幕で龍仁坊に捲し立てる。

「世紀の大発見よりも、今は特技師の任務が優先だろーがよ!」

 龍仁坊はそう言い捨てると、身を隠していた木の影から進み出る。そして、地響きの様な低い声で叫んだ。

「起動!金剛法術こんごうほうじゅつ

 そして右腕を突き出すと、右の掌が淡く発光した。すると光と共に長大な長錫杖が現れ、その右手に収まった。

 ブンッ!

 龍仁坊は長錫杖を軽々と回転させると、力強く地面を一つ突いた。

 シャン!

「入力。術式口度じゅつしきコード!」

 龍仁坊は左手で片合掌し、小声で何かを唱え始めた。やがてその足元から、無数の光る文字が溢れ出す。その漢字に似た光る文字の群れは、長錫杖に向かってどんどん収束していく。

「くそっ!」

 それを見た岩之介が、左手首の端末に触れた。するとマントの下から銀色の銃がスッと二丁現れ、するりと彼の両手に収まる。

「使うな!」

 龍仁坊が岩之介を振り向きもせず、術式口度を入力しながら叫んだ。

「眠らせるだけだよ!」

電慈式でんじしき兵器は使用禁止だ!またそれで何かやったら、今度こそ懲罰確定だぞ!」

 一喝された岩之介は、口惜しそうに龍仁坊を見上げる。

「でも!殺すことはないじゃんっ!」

「ロォド!金剛封撃こんごうふうげき!」

 龍仁坊が、怒声のように叫んで法術を起動する。瞬間、龍仁坊の長錫杖が大木の様に巨大化した。龍仁坊は、その巨大錫杖を右手で高く構える。

「封殺!」

 裂帛の気合と共に、龍仁坊は全身を使って巨大錫杖を投げ放った。

 ブンッ!

 光の尾を引いた大錫杖は、巨大生物めがけて矢の様に飛んでいく。

 バシュ!バシュ!

 その時、岩之介が無言で電慈式小銃を放った。青白い電慈式光弾が、龍仁坊の放った金色の巨大錫杖に高速で追いすがる。

 バチバチッ!

 だが、岩之介の放った電慈式光弾は、巨大錫杖に簡単に弾き飛ばされてしまった。

「〈作戦妨害違反〉も追加する気か?」

 龍仁坊がドスの効いた声で呟く。

「ちぇっ!」

 岩之介が舌打ちをしたその時だった。

 トンッ!

 岩之介は頭の上に軽い衝撃を感じた。そして、何かが岩之介の頭を飛び越えて行くのをはっきりと見た。


 パチン!

 その人影は高く飛翔したかと思うと、小さく爆ぜた稲光と共に消えてしまった。

「えっ?」

 バチバチバチバチッ!

 次の瞬間、巨大生物に命中寸前だった巨大錫杖が光を失い、元の長錫杖に戻って落下してしまった。

「何?」

 龍仁坊が、すかさず右腕を突き出す。すると長錫杖が戻ってきて龍仁坊の右手に収まった。だが龍仁坊は息を呑む。戻った長錫杖には、口度が書かれた縦長の紙が、無数に突き刺さっていたのだ。

「なんだこれは?〈御札おふだ〉か?」

 その時だった。


「シンデンをいじめるなっ!」


 甲高い叫び声が響き渡った。

(この声…女の人?)

 岩之介は、ゴーグルの望遠機能でその姿を拡大した。


「えっ?」

 

 そこには、巨大生物を庇う様に両手を広げた一人の少女が立っていた。

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