第22話 触らせてもらえませんか?

 オルガと共に城内の見回りが始まる。


 まずは、アスガルド城の東西南北、4か所の側防塔からだ。

 塔に配備された魔族の兵士達に話を聞いてみても、あれ以来人間の軍隊が攻めてくる様子は無いと言う。


 あの手練れの傭兵達が負けることは考えられなかったらしく、向こうも混乱しているのだろう。

 俺やヴェルニが来るのはイレギュラーだったに違いない。


 実際、オルガの部隊だけであったら今頃敗戦していたかもしれないな。


「そう、引き続き警備は任せたわよ」

「はっ」


 オルガの言葉に魔族の兵士は声を張り上げて敬礼する。

 そして、俺といるのを見ると、顔をほころばせて喜ぶのだった。


 『オルガ様、想いが叶って良かったですね』と何故か小声で応援する部下の姿にオルガが僅かに頬を赤らめる。

 『余計なことを‥‥‥』と恥ずかしそうにしている彼女を見るのは面白かった。


 そんな俺の視線に気づいたのか、えふんとわざとらしく咳払いし始める。


「さ、次の場所を見回るわよ」

「はいはい」


 あえて俺は何もツッコまず、素直にオルガに付いていく。


 そのまま、各兵士の寝床、主塔や地下牢、大広間へと順々に足を進めていった。

 城内を見回って分かったが、兵士達の顔が皆、穏やかであったことだ。

 激闘を終えた束の間の休息を噛みしめているとも思える。

 

 彼らの表情を見て一つの疑問が浮かんだ。


「そう言えば、オルガの部下達は、人間の兵士達を奇襲するって作戦だったけど大丈夫だったのか?」


 地下牢で各々の作戦の為、別行動を取ったまま彼らの姿を見ることが無かったので心配だったのだ。


「問題ないわ。大広間で戦った傭兵隊も言ってたけど、対魔族用の探索魔法もあの忌々しい魔法陣も私たちが空から侵入してくることも他の兵士達には一切話してなかったのよ。部下の話では、懸念していた奇襲はあっさり成功したみたい。東西南北、4つの側防塔はいとも簡単に取り戻すことが出来たって報告を受けたのよ」


 良い報告なのに、あまり面白くなさそうに親指の爪を噛むオルガ。

 たとえ敵でも、自分の仲間を欺き、騙していたのが許せないのだろう。


 まだ、1日の付き合いだが、彼女は自身の仲間やその信頼というものをとても大事にしていることが見て取れた。

 だからこそ、あんなにも部下たちに慕われているんだろな。


 オルガの信念と呼べるものは俺も見習うところがある。

 これは次期魔王となる以上、これから目指すべき指標となるだろう。


 いずれにしても、彼女の兵士達が無事で良かった。

 俺は安堵し、胸を撫でおろす。


 そんな俺の姿を見て、オルガがボソッと呟く。


「心配しなくても、あんたはすでに皆から認められているわ‥‥‥」

「え、何か言ったかい?」

「な、何でもないわ!」


 いきなりツンと跳ね除けられる。

 未だに彼女との距離の取り方が分からないんだよな。


 何か気に障ること言っちゃったのかと勘ぐってしまう。

 腕を組んで俺から目を反らしたまま、オルガが吠えた。


「さ、最後の見回り場所に行くわよ!」


 俺は黙って付いていくことにした。

 最後の見回り場所は、アスガルド城の中庭。

 上空からここに侵入した時は暗くてよく見えなかったが、日が差し込む中、改めて辺りを見回してみると、手入れが行き届いた綺麗な中庭だった。


 噴水から噴き出す水は陽光で明るく照らされ、適切な間隔で植えられた赤い薔薇が辺りに美しく咲いている。

 俺とオルガは近くに設置されていたアンティーク風のベンチに2人で座ってこの風景をしばらく眺めてみた。


「‥‥‥いい景色でしょう? 戦いに疲れた時、ふとここを訪れてこの薔薇を見るのがひとときの楽しみだったのよ」


 オルガが嬉しそうに話すのが伝わって来た。

 人間達との戦闘に疲れた時、この中庭に来て心の傷を癒していたのだろう。


「この場所を守れて本当に良かったな」


 何気なく小声で呟いたのだが、彼女にはしっかり聞こえていたようだ。俺を横目で見るとオルガはふっと優しく笑う気配がする。


「さ、これで城内全ての箇所を見回ったわ。付き合ってくれてありがと」


 ベンチから勢いよく立ち上がると、笑顔で俺の方へ向き直った。


「少しでも気晴らしになったなら良かった」


 そう言いながら自分も立ち上がると、オルガがゆっくりと俺の目の前で跪く。

 彼女の予想外の行動に俺は呆気に取られた。


 声も発せられない程に驚いていると、抑揚の利いたよく通る声でオルガが一つ一つ丁寧に言葉を告げ始める。


「私はアルド様を次期魔王の器と認めました。アスガルド城奪還作戦時の見事な戦い、そして新たな王としての振る舞いと覚悟、四天王が一人この吸血鬼姫オルガは強く感服しました。これより、私はアルド様のしもべとなり、魔王軍の支えとなることをここに固く誓います。自身の命はアルド様のもの。次期魔王様と共にこの命朽ちるまで戦い抜くことをここに宣言致します」


 らしくない畏まった彼女の態度に俺は困惑してしまう。


「俺の見事な戦いって‥‥‥。あの時、オルガは気絶してただろう?」

「‥‥‥気は失っていましたが、圧倒的な魔力は常に感じていました。それにあの魔力は私が敬愛していた先代魔王様とそっくりなのです。戦いが終わった後のヴェルニの言葉も本当でした。アルド様は次期魔王となられるに相応しい人物だと私は強く実感したのです!」


 今までのオルガの口調からは考えられない程の褒め殺しに合う。俺は何だか照れ臭くなってぽりぽりと頬をかいた。


「私に出来ることでしたら、何でも仰ってください。微力ながら、アルド様の力となりたいのです」


 ‥‥‥何でも?

 今、何でもって言ったか?


 一瞬耳を疑ったが、聞き間違いではないだろう。

 オルガと出会ってから、実はずっと気になってたものがある。


 下心がある訳ではないが、それはオルガの腰から生えている2つの小さな羽であった。

 ぱたぱたと音を立てて、時には戦闘時に邪魔にならないように器用に折りたたんだり、ぱっと開いたり、横目で見ていてとても面白い。


 彼女だけでなく、部下である蛇人の兵士のごつごつした尻尾などにも興味を持っていた。

 ここではよく見る光景かしれないが、長い間ファンタジーゲームの世界に憧れていた俺には気になって仕方がない疑問がある。


 あの羽は触ったらどんな感触がするのだろうか?

 人間とどう違うのだろう?


 そんな好奇心に強く駆られる。

 それで深く考えず、オルガに失礼なお願いをしてしまった。


「何でもって言うなら、一ついいかな?」

「はい、なんなりと」

「その‥‥‥一度でいいからオルガの腰に生えてる羽に触ってみたいなって」


 この言葉は本当に予想外だったのだろう。俺の前で跪き、頭を垂れていたオルガが勢いよく顔を上げ、戸惑う表情を見せた。


「ふえっ!?」


 先程までの威厳はどこへ行ったのか、情けない声を上げて、急激に頬を染め始める。もじもじして俺と顔を合わせようとしない。


 自分でも言った直後、失言をしてしまったことに気づいた。


「あ、無理にとは言わないけど‥‥‥」

「‥‥‥」


 オルガは下を向き、しばらく無言を貫いている。何かとても迷っているようだ。

 

 ど、どうしよう?

 何か変な空気になっちゃったな。

 彼女に何か言おうと考え事をしているとオルガが突然口を開いた。


「‥‥‥いい‥わよ」

「えっ!?」


 すっかりいつもの口調に戻ったオルガがそう呟き、そっと折りたたんでいた両方の羽を開いて、俺に近づけてきた。

 

 まさかOKもらえるとは思ってなかった俺は戸惑いながら、その漆黒の羽に触れてみる。


 まず、黒く丈夫な親指部分を軽く摘まんでみる。固くしっかりとしていて艶がある。さすが上級吸血鬼と言える程、上品な羽だ。


 次に羽の皮膜と呼ばれる部分にゆっくり触れる。薄く紅色を帯び、頑丈な皮膜であった。軽く擦ってみると、きゅきゅっと面白い音が鳴る。ちょっとやそっとの攻撃ではこの皮膜は傷つけられないだろう。


 と、明らかに人間とは違うファンタジーな生き物の生態に俺は夢中になっていた。ただこの時の俺はオルガの漆黒のいかした片羽に夢中になりすぎて気づかずにいた。

 彼女が悶え、必死に何かに耐えている姿を。


「~~~っ!!」


 オルガはかつて無いほど顔を真っ赤にして、固く目を閉じている。吐息もだんだん荒くなって身を震わせるのだが、背中に生えたかっこいい黒い羽に目が釘付けになっている俺は、全く気付いていなかった。


 後で思い返すと、とても嫌らしい手つきだったのかもしれない。皮膜をそれとなく触り終えた俺は、調子に乗って今度は、羽の付け根の部分に指をそっとなぞらせていく。


 オルガはこの時、必死に喘がないように唇を震わせて我慢していたのだが、それすらも俺は気づかないでいた。


 そして、より太い付け根近くの骨をそっと触ってみる。こりこりとして弾力がある不思議な骨の感触だった。遠慮が一切ないその手つきにオルガも遂に我慢の限界だったに違いない。


「んあっ!!」


 隣からいきなり色っぽい声が聞こえてきたので俺はびくっと肩を震わせて驚いてしまう。

 横を見ると、はあはあっと息を荒くして、目を細めているオルガの姿が映った。


「あ、あんた、少しは遠慮しなさいよ‥‥‥」


 立ってるにもやっとだったのか、近くのアンティーク調ベンチの肘掛けに両手を置き、寄りかかっている。


「ご、ごめん! 珍しかったから、つい。‥‥‥い、痛くなかった?」


 おそるおそるオルガに聞いてみる。


「べ、別に痛くはないわよ。大丈夫‥‥‥」


 俺の心配した表情を見て、彼女は何事もなかったかのように気丈に振舞った。

 そして、暫し二人の間に沈黙が流れ始める。


 き、気まずい。何て話せばいいんだ?

 オルガも同じことを考えているのか様子を伺っている。


「何、私の知らないところでイチャイチャしているんですか?」

「ひゃあっ!!」


 突然、背後からヴェルニの声がして、オルガは飛び上がった。

 振り向くと、ヴェルニがとても機嫌悪そうに俺達を睨んでいるのを発見する。


「あ、あんた‥‥‥、いつの間に後ろに? ていうかイチャイチャなんてしてないから!」

 

 顔を真っ赤にして否定するオルガ。

 しかし、それでは到底納得できないとばかりにヴェルニは眉間に皺を寄せている。


「ご主人様がオルガのウザったい羽に指をなぞらせ始めた時からですよ。それにしてもご主人様、意外と女たらしなんですね? ちょっと目を離した隙に、他の女と陰でイチャコラし始めるとは‥‥‥」


 頬をぷく~と膨らませて怒り始めるヴェルニ。

 え、何で君がそんな嫉妬してんの?


 何だか変な空気になって来たので、えふんとわざとらしくオルガが咳払いをした。


「と、とにかく! これで城内は全て見回ったから。これで穴埋めは終わりでいいわね?」


 有無を言わさぬ態度でオルガが俺を睨みつけてくる。その気迫の押されて俺は押し黙り、小さく頷くだけであった。


 オルガが大股で去っていく。 

 ヴェルニと俺の二人でアスガルド城の中庭に取り残された。


「後で、話をじっくり聞かせてもらいますよ、ご主人様?」

「‥‥‥はい」


 未だに不機嫌なヴェルニの言葉に俺は素直に従うしかなかった。


 

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