第18話 奇襲

 大広間の扉の前まで行くと、オルガはその扉をそっと開いて、中の様子を伺った。

 彼女に続いて俺も、部屋の中に入っていく。


 内装は魔王城に居た時に見た王の間程ではないが、柱や壁、天井に立派な装飾が施されていて思わず目を見張った。


 松明がゆらゆらと静かに揺らめいている。

 誰かがここにいた痕跡はある。

 しかし、今この大広間には人気が無い。


 これは‥‥‥。

 オルガが警戒しながら、大広間の中央へとゆっくり進む。


 とその時、奥の暗がりから何かが勢いよくオルガに向かって発射された。

 アスガルド城正門前で見た、乳白色の聖水だ。


 オルガは今度はその聖水を受けることなく華麗にバックステップで躱し、俺のとなりまで後退した。


「そう何度も簡単に引っかかると思う?」


 オルガが暗がりの中に潜む相手を挑発する。

 やがて大広間の柱の後ろから、1人の魔術師がぬっと姿を現した。


 以前見た魔術師よりも高品質なローブと帽子を身に着けている。

 こいつが人間兵のリーダーか?

 訝しむ俺の横でオルガが大鎌を構え直す。


「おい、油断するなよ? 相手はオルガの弱点を熟知してるみたいだぞ」

「そんなこと言われなくても分かってるわ!」


 俺の言葉をね付ける声が横から聞こえてくる。


 まずいな。また、逆上しかけている。

 オルガをそっと横目で見ていると、別の柱の陰からひゅっと風を切る音が聞こえた。


 そら来た!

 俺は、重力魔法で咄嗟に放たれた矢を止める。

 それは、オルガの眼前で急停止した。


「あ、ありがとう」


 怒りで視野が狭くなっていたオルガは素直に俺に礼を述べ、己を叱り冷静さを取り戻した。


「あれ~、今のは当たったと思ったのになあ~! 失敗失敗。」


 突然、この空気が張り詰める緊迫した状況からは、不釣り合いな陽気な声が、大広間内に響き渡る。

 別の柱から姿を現したのは、盗賊の恰好した一人の男だった。よく見ると、腰帯に以前見た十字架を挟み込んでいる。


 いや、1人だけではない。

 また他の柱から息を殺して数人の敵兵士が音も無く出現する。

 彼らの装備に俺は首を傾げた。

 全身鎧でガチガチに固めたお堅い恰好ではなく、結構身軽で軽装ではあるが、かなり金がかかったであろう上等な革製の装備を身に着けている。


 見たところ傭兵といったところか?

 魔術師や盗賊の見た目から上位の冒険者のようにも見える。


「この武器があれば、お前ももう怖くはないな! 吸血鬼!」


 そう言って一人の男が持っていた長身の剣を高らかに掲げる。

 全身が金色に輝く派手な武器。


 あれが、蛇人の兵士が警戒してた得物か?

 その男の持つ長剣以外の武器、槍や双剣も全身が金ぴかだった。


 俺が重力魔法で止めた矢をヴェルニが静かに受け取る。

 その矢の矢尻も金色に光り輝いていた。


「黄金。私達魔族が最も苦手とする物質。古来より聖属性を宿しているという黄金は、下級魔族が手にするだけで火傷をし、皮膚を剥がすと言われています。それもこの黄金は何か特別な処理が施されている。どうやら背後には余程優秀な錬金術がいるようです」

「ご名答。でも、分かったとこで対策なんて立てられないぜ!」


 槍を持った人間の傭兵が不気味な笑みを浮かべる。

 本当にこれでは、どちらが悪か分からないな。


「その口調、気に入りませんね。聖水や十字架といい、いつから人間はこれ程ずる賢く、ちょこざいな真似を使うようになったのですか?」


 ヴェルニは相手を睨み、手に持っていた矢の両端を掴みぐっと力を入れる。

 そして、ベキっと音を立てて矢を真っ二つにへし折り、足元の床に捨てた。


 か、かっけ~!

 俺はヴェルニの所作に一瞬、見惚れていたが顔を横に振り、相手の方へ向き直った。


 それにしても、一つ気がかりなことがある。

 俺達は、人間の敵兵士達に気づかれることなく、アスガルド城へ侵入したはずなのにこの大広間で妙な装備をした傭兵達に待ち伏せにあったことだ。


 何故、この男達は即座に反応出来たのであろう?


「何か解せない顔をしてるな。簡単なことだ。俺達はこの大広間を中心に常に探索魔法をかけていた。魔族がこの城に侵入した時にすぐ対応できるようにな」

 

 成程、そういうことか。

 俺は微かに頷き、納得した。


 俺達は、まんまと相手の思惑に引っかかった訳か。

 しかも、あらかじめ外にいた仲間の兵士には教えない徹底ぶり。


 この傭兵共は中々のやり手のようだ。

 標的である俺達が状況を理解し始めると、傭兵達がにやつき、さらに種明かしを始めた。


「さらに、この大広間にはある特別な魔法陣を仕込んでいてな。この部屋の床に触れた全ての魔族の身体能力を急激に半減させるっていう最高にぶっ飛んだ魔法さ!」


 そう目の前の男が声を張り上げると、床に突然、巨大な魔法陣が出現して輝きだした。

 

 いきなり、視界がぐらつき、体に何キロもの重りを付けられた感覚に陥る。動きが鈍くなり、眩暈がして俺は頭を抱えてしまった。

 ふと横を見ると、ヴェルニが苦虫を噛み潰したような顔をして、片膝を床に付けている。


「なっ、まさか!? こんな魔法今まで見たことも聞いたことも無い」


 ヴェルニの苦しむ姿を見て、人間の魔術師は嬉しそうに顔を歪めて笑う。そして、発動した魔法について上機嫌にべらべらと喋り始めた。


「ふふふ、そうだろう!? なんせ王宮で長期に渡って対魔族専用に開発された完全新作魔法だ! 初見でこれを見破れる魔族はいまい。この世界の魔術師では発見出来なかった新たな術式だからな」


 ‥‥‥その言い方だと、まるでこの魔法を開発したのは、この世界の人間ではないみたいな。

 やはり、俺と同じ転生者?

 

 だが、それを今ここで考えている暇はない。

 前を見ると、双剣を手にした男が奇声を上げてヴェルニに襲い掛かって来ていた。

 だが、ヴェルニは驚くことなく冷静に右手を前に差し出すと、親指と中指を強く擦り合わせる。

 すると、突撃してくる敵の眼前に黒い渦が発生し、さらに圧縮し始める。


「馬鹿が‥‥‥」


 冷徹な表情を浮かべ、ヴェルニがパチンっと指を弾くと、ギギギっと耳障りな音を発していた黒渦が暴発し、強力な衝撃波が発生する。

 

 あっという声も上げられずに、襲い掛かって来た双剣の男は、後方にぶっ飛び、大広間の柱の一角に勢いよく激突した。


 そのまま地面に叩きつけられた男は、ぴくりとも動かない。

 にやにやしていた傭兵達も皆真顔になり、一斉に黙り込んだ。

 一瞬の静寂の後、片膝ついていたヴェルニがゆっくり立ち上がり、ふんと鼻を鳴らす。


「舐められたものですね。いくら力を半減されたとは言え、真正面から馬鹿正直に突っ込んでくる無能に後れを取る私ではありません!」


 先程の余裕は急に無くなり、人間の兵士達は構えを取り直し始める。


 ひどく不機嫌なヴェルニは、オルガに無言で目配せする。恐らく『問題なく戦えますか?』とでも言っているのだろう。

 それを見たオルガは、小さく頷き体勢を整える。

 魔法陣の効果で苦しそうにしていたが、短く息を吐くと平然とした顔つきに戻り、ツインテールに結んだ髪をかきあげる仕草をした。


「当然! こんな詰めが甘い間抜けな連中には負けないわ!」


 そう言うとオルガは右に、ヴェルニは左に円を描くように大広間の中を移動し始めた。

 

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