第6話 デュラハンとの決闘

 俺ははあっと溜息をつき、決闘用に綺麗に開けられた空間へと歩き出す。おかしいなあ、俺は勇者となって魔王を討伐し、英雄ヒーローになることを夢見てこの世界に来たはずなのに。


 気づいたら、魔王の息子。おまけに変に持ち上げられて、四天王やめちゃくちゃ強そうなデュラハンと決闘。何か戦ってばっかだな、俺。


 不思議と落ち着いていた。いや、不思議でもないか。理由は分かっている。メイビスはヴェルニに様付けで呼んでいた。明らかに上下関係が出来ている。しかし、あの異空間での戦闘で、俺はヴェルニと互角に戦えることを証明した。メイビスには悪いがあまり負ける気がしないんだよね。これはちょっと楽観視しすぎだろうか?まあ、まだメイビスの力をまだ見ていないんだけどね。


 油断は禁物だな。しかし、問題なのはどう勝つかだな。俺はまだ、自身の攻撃方法を何一つ分かっていない。


「随分と余裕ですね、若き魔王様」


 おや、態度に出てしまっていたかな?長剣を片手に持ち、俺を睨みつけている目の前の黒髪の美女は、俺の態度が気に入らないとばかりに嫌味たらしく言ってくる。


「え、いや‥‥‥、お姉さんみたいに美人でかっこいい人と闘えるなんて嬉しくてちょっと気が緩んじゃったかな」


 ととぼけたことを言ったが、後で後悔した。冗談だとしても、この返答は気持ち悪すぎる。30歳過ぎたキモイおっさんムーブ過ぎた。それにしても、つくづく異性との免疫が無いのだと痛感して、心の中で凹みそうになる。


 これが、ただの空回りした痛い冗談だったら良かったのだが。どうやらこのへらへらした態度は、メイビスの神経を逆なでしたようだった。


「随分と舐められているようですね。いいでしょう、骨の一本や二本は覚悟していただこうと考えていましたが、どうやら余計なお世話だったようです」


 そう言うと何やら、ぶつぶつと呟き始める。程なくして、メイビスの持つ剣の剣身に黒いオーラが纏わりだした。おそらくあれは、ヴェルニが見せた闇属性の魔法と同じ効果があるだろう。メイビスはヴェルニの方へ顔を向けた。


「構いませんね、ヴェルニ様」

「全力で挑みなさい、メイビス。それでもなお、あなたが負けることは確定しているのですから」


 だからヴェルニさん、何故あなたはいちいち相手を煽るんですか?俺は冷や汗をかいた。闇属性の恐ろしさは、ヴェルニに教えられて頭の中に叩き込んでいる。


 迂闊に近づくのはまずいな。俺は、片手を前に差し出した。やり方はまだ分からない。だが、自分の直観を信じる。頭の中で思い描く魔法を念じてみる。


 すると、ヴェルニとの戦闘で咄嗟に出来た、半透明の魔法障壁が自身の2m程前に出現した。


「出来た!」

「!?」


 嬉しくなり思わず叫んだ俺と対照的に、メイビスが困惑の表情を浮かべる。


「アルド様は殆ど魔力が無く、あのような魔法は使えないはず。一体どうゆうことですか?部屋に籠っている間、修行でもしていたというのですか?」


 メイビスは思わず、俺に疑問を投げかける。まあ、そう思うのも当然だよな。でも俺は当然、本当のことを打ち明けることなんてできない。精神を転生者に乗っ取られて、アルド本人の人格は消滅してしまっているなんてことを。おまけにこの力は、転生で神様から授かった力だ。アルド本人の力ではない。


 そうこれは、ただ運よく与えられただけの力なんだ。俺は心の中でこの事実を復唱する。俺は、こぶしを強く握った。メイビスの言う通り、本人の努力でここまで強くなったのならどんなに誇らしかっただろう。ちょっとしたチート能力で調子に乗りかけた自分が急に恥ずかしくなった。


 彼女が未だにこのアルドを様付けで呼んでいることに、魔王の息子としての一定の敬意を感じる。でも、メイビスの目の前にいるのは、何者でも無かったただの男なのだ。


「私の知らない内に多少は力を付けたのは認めましょう。しかし、その程度で私の剣を防げると思わないことですよ」


 冷静さを取り戻したメイビスはぐんと魔法障壁に近づいていった。そして鋭く横薙ぎに剣を振るう。魔法障壁は真っ二つに割れ、魔力の粒子となって徐々に消えていった。


 やはり、この魔法障壁は闇魔法と相性が悪いようだな。なら、直に避けるしかない。俺は、心の中で軽く頷くと片足を前に出した。素早く移動する為だ。


 こんなに何かに頑張ろうと思えたのは何時ぶりだろうか?引きこもって以来自分の人生の無理ゲーぶりに心底嫌気が差していた。ひょんなことからチートスキルを手に入れて、もしかしたら俺でもイケるんじゃないだろうかと勢いづいているだけなのだろうか?‥‥‥今は、それでもいいかもしれない。


 求められているのは俺じゃなくてアルド・ヴァルロードだとしたら、彼の振りをして、彼の出来なかった願いをこの力で叶えてやることが出来る。それが、意図せずにアルドの肉体を奪ってしまった俺の罪滅ぼしになるだろうか?


 何よりもここで実力を示すことをヴェルニが望んでいる。俺は無言で再び片手を前に差し出した。防御する為じゃない、攻撃する為だ。ついさっきまで頭に浮かんでいた逃げるという選択肢はこの時の俺にはなかった。


 魔法障壁を破り、上段構えでメイビスが接近してくる。だが、不思議なことに恐怖は感じない。一度も試したことはないのに、自分が何をするべきなのか迷いはなかった。目の前に差し出した手に魔力が集中される。そして、メイビスが切りかかる寸前で、溜めた力を一気に放出した。


 一瞬、メイビスの前に黒い霧が発生したと思った瞬間、ズアっと耳に響く音と衝撃波が彼女を包む。メイビスは後方に吹っ飛ばされ、王の間の柱の一角に激突した。ガラガラっと音を立てて柱が崩れる。


これが俺の攻撃魔法‥‥‥。ただ魔力を溜めて放出しただけに見えたが、何か違和感を感じた。何かの属性は付与される感覚が。


「重力魔法‥‥‥。それは、歴代の魔王様だけが扱われた特別な属性魔法。アルド様が使えるなんて」


 少し解説気味喋るメイビスは頭が胴体から外れ、赤い絨毯の上に転がる。そう言えば、デュラハンだったなこの人‥‥‥。さっきまで頭がキッチリくっついていたからメイビスの種族を忘れかけてた。何か感動的なシーンのはずだったのに、急にシュールに見えてしまうのは何故だろう。


 決着が完全に着いたと判断したヴェルニはつかつかと歩いてきてメイビスの頭の前で止まる。すると右足でメイビスの顔を軽く踏み、真っ黒に磨かれた靴のヒール部分をぐりぐりと押し付けた。


「これで私の敬愛するご主人様の実力が分かったかしら。決闘前のあなたは、愚かにも、この方に対して酷い暴言を吐いた。跪き許しを請いなさい」

「いだだだ………。わ、分かりました、分かりましたよ~」


 メイビスは、先程までの高貴な騎士というイメージが崩れ、何だか親しみやすいキャラになった気がする。うっうっと泣きながら自分の胴体を探して彷徨う姿が面白い。


 そして、ヴェルニ。あなたはドSすぎませんか?俺のこととなると、しばし感情的になるヴェルニは見ていて少し危ない。まあ、悪きはしないけどさ。


 暫くするとメイビスが俺のところにやって来て、ヴェルニに言われた通りに跪いた。


「アルド様、先程のご無礼をお許しください。何とも愚かで至らない発言でありました。」

「あ、うん。大丈夫、気にしてないから」


 仰々しく謝罪してくるメイビスに俺は、少し驚きながら答える。今まで魔王としての器を示すことができなかった俺にも問題があるんだし、実際、メイビスの言葉はそこまで気にしていなかった。


「寛大な心に感謝します、アルド様。それにしても、アルド様が歴代の魔王様と同じ能力をお持ちなのは知りませんでした。その魔力に包まれた瞬間、私は生前の魔王様と過ごしてきた日々を思い出し、少し懐かしくなってしまったのです。と同時にアルド様が私が忠誠を誓った魔王様の血を継いでいるのだということを強く実感致しました」


 自分の魔力に何かの属性が付与されている感覚を覚えていたが、その正体は重力属性だったようだ。メイビスが黒い霧に包まれた瞬間、彼女の体がふわっと浮いた気がしたが、あれは間違いではなかった。


 でも、俺にまだ実感が沸かない。自分の中で重力魔法を操ったという感覚がなかった。しばらくは手探りで自分の得意な魔法を掴んでいかなければならないな。

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