第45話-起源への道、光と無の境界線-

東京での「闇の渦」浄化後、私たちはすぐに次の段階へと移行した。世界中の準ポータルから放たれる強力なパルス波。その波長は、偉大なる者バリキーが世界のダンジョンシステム全体を乗っ取ろうとしている証拠であり、その発生源、あるいはその秘密を解き明かす鍵は、「起源の地」にあるという。


起源の地。それは、神話的な概念であり、白石先生の研究でも、その存在は理論上のものでしかなかった。しかし、偉大なる者バリキーの新たな一手に対抗するには、もはや科学と理論の境界線を超えるしかなかった。


「起源の地は、あらゆる次元、あらゆるポータルから切り離された『無』の空間に存在すると推測されます。そこへ到達するには、既存のポータルを経由するのではなく、あなたの光の力で、一時的に次元の壁を切り裂くしかありません」


白石先生の説明は、あまりにも途方もなかった。私の光は、負のエネルギーを浄化する力を持つが、次元の壁を破るなど、想像を絶する。


「次元の壁を破る……具体的に、どうすれば?」私は、グローブに集中しながら尋ねた。


「鍵は、あなたの光の『純粋性』と『熱量』です。偉大なる者バリキーの負のエネルギーは、次元の壁を歪ませる。あなたの光はその歪みを打ち消すだけでなく、さらに強大な熱量を持つことで、次元そのものに一時的な亀裂を生じさせるはずです。健太が、そのための光の増幅装置を開発しました」


健太が、以前の白いクリスタルよりも遥かに大きく、複雑な構造を持つ新たなデバイスを持ってきた。それは、私のグローブ全体を覆うような形状をしており、まるで光を溜め込むための巨大な集積回路のようだ。


「花梨さん、この増幅装置は、あなたの内なる光の力を、これまでの何倍にも高めます。しかし、それだけ、あなたの肉体と精神にかかる負担も計り知れません。もし、途中で光のコントロールを失えば、次元の壁に挟まれ、存在そのものが消滅する危険性もあります」


健太の言葉には、強い不安が滲んでいた。それは、彼がどれだけ私の力を信じていても、今回の試みが常識を超えた領域にあることを示していた。


「私たちは、あなたと共に、この作戦を決行します。健太は、増幅装置の出力をミリ単位で調整し、美咲は、あなたの生命維持と精神的な安定を保つための特殊な植物エキスを調合します」


白石先生は、私に強い眼差しを向けた。「私たちは、あなたを信じています。この世界の希望は、あなたの光に託されている」


私は、深く息を吸い込み、決意を固めた。もう、後戻りはできない。偉大なる者バリキーの新たな一手は、世界を静かに滅亡へと導く。それを止めるには、起源の地へ行き、偉大なる者バリキーの最後の策略の『核』を突き止めるしかない。


私たちは、再び研究所の地下、次元の歪みを観測するための特殊なシールドルームへと向かった。


私は、新しい増幅装置を装着したグローブを胸に当て、目を閉じた。私の内なる光が、グローブを通して増幅装置へと流れ込んでいく。それは、これまでの浄化で感じたことのない、灼熱のエネルギーだった。まるで、体内の全てが燃え上がり、一つの光の塊となっていくような感覚だ。


「花梨さん、光の熱量が上昇しています。深呼吸を繰り返して、意識を集中させて!」


健太の指示が、微かに聞こえる。私は、デーモンの言葉を思い出した。『……光は繋がり……』。私の光は、私一人のものではない。この世界に存在する、全ての希望の光だ。


私は、意識をさらに集中させ、光を放った。


光の奔流は、シールドルームの壁を突き破り、空間の「無」へと向かって放たれた。それは、物理的な光ではない。次元を貫く、純粋な意志の光だ。


空間に、信じられないほどの亀裂が生じた。それは、黒い闇ではなく、全ての色が混ざり合った、虹色の渦だった。亀裂は、一瞬で開き、その向こう側には、何も見えない、純粋な『無』の空間が広がっていた。


「今です!花梨さん、光のゲートを維持して!」


白石先生の叫びが聞こえる。私は、全神経を集中させ、増幅装置からのエネルギーを最大限に引き出した。


私たちは、光の亀裂の中へと飛び込んだ。


次元を移動する感覚は、筆舌に尽くしがたいものだった。体は、原子レベルにまで分解され、再び構築されるような、激しい不快感と恐怖に襲われた。しかし、私の光が、私たち全員を温かい膜で包み込み、その恐怖から守ってくれた。


どれほどの時間が経ったのだろうか。一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。


気づくと、私たちは、静かで、冷たい空間に立っていた。


そこは、まさしく「起源の地」だった。


周囲には、何もない。時間も空間も存在しない、絶対的な『無』の空間だ。しかし、その「無」の中に、数えきれないほどの、巨大な光の柱が立っているのが見えた。


「あれが……世界のダンジョンシステムの『根源』です」


白石先生が、震える声で言った。光の柱の一つ一つが、世界各地のダンジョンシステムと繋がっている。そして、その光の柱の根元には、透明な巨大なクリスタルが鎮座していた。


「あのクリスタルが、ダンジョンシステム全体を統括している『起源の核』です」


健太が、解析デバイスでクリスタルをスキャンしながら言った。そのクリスタルは、あまりにも巨大で、その純粋な光は、私たちを圧倒する。


しかし、その純粋な光の中に、黒い影が差し込んでいた。光の柱のいくつかが、根元から黒く染まり始めているのだ。そして、その黒く染まった光の柱から、世界中の準ポータルへと、偉大なる者バリキーのパルス波が放出されているのが、私の光には見えた。


偉大なる者バリキーは……起源の核そのものを侵蝕しようとしている!このパルス波は、システム全体を闇に染めるための『ウイルス』だ!」


白石先生の叫びが、この静かな『無』の空間に響き渡った。


そして、その起源の核の最奥、黒い影が最も濃い場所に、一つの巨大な影が、ゆっくりと形を成し始めた。


それは、これまでの連結者とは、全く異なる存在だった。物質的な実体を持たない。しかし、その存在感は、この空間全体を支配している。


『……愚かなる光……なぜ、ここまで辿り着いた……』


偉大なる者バリキーの意志が、直接、起源の核を通して、私の意識に突き刺さる。その力は、これまでの何よりも強く、私の光を押し潰そうとする。


偉大なる者バリキー……!」私は、グローブを構え、光の力を集中させた。


『……私は、この世界の『理』……光は、私を打ち破れない……』


偉大なる者バリキーの意志は、傲慢に告げた。「お前が浄化してきたポータルは、私にとっての『出口』に過ぎない。そして、この起源の核こそが、私の『本体』を世界へと導く『通路』だ」


「あなたに、この世界を滅ぼさせはしない!」私は、光の奔流を偉大なる者バリキーの影に向けて放った。


しかし、光は、偉大なる者バリキーの影に触れることなく、その周りを回り込むように消滅していく。


『……無駄だ……光の導き手……お前の光は、概念に触れることはできない……』


その瞬間、私の背後で、健太が叫んだ。「花梨さん、起源の核が……!偉大なる者バリキーのパルス波が、最終段階に入った!このままでは、核が完全に闇に染まる!」


私は、再び起源の核を見た。黒い影は、恐ろしい速さで核全体を覆い尽くそうとしている。


時間が、私たちに残されていない。私は、光の奔流が届かないのなら、私の『存在』そのものを光に変え、核へと飛び込むしかないと直感した。


「先生、健太、美咲……!」


私は、三人に顔を向け、最後の言葉を告げた。


「私の光は、偉大なる者バリキーの言う『概念』そのものに触れることができるはずです。私は、核に入ります。そして、私の光の力で、このウイルスを根絶します」


「待ちなさい、花梨さん!それはあまりにも危険すぎる!」白石先生が叫んだ。


「でも、これしか方法がない……!」


私は、グローブに全ての光を集中させた。増幅装置が、悲鳴のような音を立てる。私の体は、光の熱で焼き尽くされそうだった。


私は、光の塊となり、起源の核へと、最後の希望を託して飛び込んだ。

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