第7話 はりきって初出勤します!

今日はアトリエ・ウイングの初出勤日です。9時からのスタートなので、15分前には着いておきたい。美玖は動きやすい服装でとのことだったので、近所の衣類店「ファッションセンター・ヤマムラ」でカーゴパンツを2着、昨日のうちに購入しておいた。

作業着の上着は支給すされると言うことだったので、シンプルなブラウスとジャケットをセレクトした。


最寄りの初富駅と鎌ヶ谷大仏駅は一駅なので、歩いて通勤することにする。自転車も考えたが、髪が乱れることと、駐輪スペースを確認していなかったので、初日は歩くことにした。


電車に乗ればたった一駅、3分で着く。でも駅までとそこからの移動を考えると、歩いた方が早いかもしれない──そう思って、美玖は徒歩を選んだ。


アトリエ・ウイングは自分の家から歩いて20分ちょっとの所にある会社なのだ。そう言う意味では、新鮮味がないのが、不満と言えば、不満なのかも知れない。でも、そんなのは些細なことだ。

美玖はとりあえず、生きる目標ができたような高揚感で胸が一杯であった。


スマホでお気に入りの音楽を聴きながら、軽やかに歩くと、すぐにアトリエ・ウイングに着く。


アトリエとは随分と、おしゃれぽい屋号ではあるが、古い一軒家なのである。鎌ヶ谷大仏駅から10分くらいの住宅街にアトリエ・ウイングはあった。


呼び鈴を押そうとも思ったが、美玖は従業員であるので、普通にドアを開けることにした。


ドアのノブに手を掛け、回して引く。

「あれ? 開かない? なんで? 鍵かかってる……?」

美玖は軽くパニックになった。


「呼び鈴!」と思い、押しても何の反応もない。そもそも呼び鈴が鳴らない。


「え?え?えー?」と思いつつ、何度かノブを回していると、後ろから

「おはよー!あらっ、早いわね!」と声がした。星野課長であった。


美玖は振り返り、星野課長の姿を見て安心した。安心のあまり、涙が出そうだった。


「相原さん、随分と早いわね。」と星野は言う。美玖はスマホを取り出し時刻を確認した。8時42分だった。

「(随分早い...?の?)」美玖は学生時代のバイトを思い起こす。そこでは30分前に来いと言われていた。


そんなことを考えていたら、

星野課長が


「今、鍵開けるわね」

カチャリとドアを開けながら、星野が続けた。

「相原さんも、正式採用になったら鍵、渡すからね」


「あの、みなさん、もっと遅いのですか?」と美玖は尋ねた。


星野は「そうねぇ、3分前くらいには全員集まるわよ。」と軽く答える。


「3分前....けっこうギリギリなんだ...」と考えていると、後ろから「よ!おはよー!」と声が聞こえた。知らない人だ。


その人は身長は175cm位だが、体重は80kgはありそうな、熊みたいな人だった。


「おお、君が相原さんか!吉岡です。よろしくお願いします。」と挨拶される。


美玖も慌てて、「相原美玖です。よろしくお願いします。」と頭を下げる。


3人で玄関を開けて中に入ると、古い一軒家ではあるが、汚い感じはしなかった。

昨日は緊張で、あまり会社の様子に目をやる余裕がなかったのだ。


16畳ほどのリビングが、作業場である。奥のダイニング・キッチンは、6畳ほどのスペースで塗装ブースと加工機械がある。


2階は昨日面接で案内された、会議室兼応接室。その隣りの部屋が、更衣室。奥に小さな書斎があり、そこが社長室であると言う。


古い一軒家なのに、畳の部屋が一つもなかった。


星野が言う通り、壁のデジタル時計が8時55分を指した時、

青木が、作業場に入ってきた。

「ウスッ」

挨拶らしからぬ、くぐもった声だった。


青木は、そのまま自分の机に座ってはパソコンを起動しようとした。


星野が「青木くん、今日は相原さんを紹介するから来て」と少し、硬めの言葉を掛けた。


青木は面倒くさそうな顔をして、黙って、中央にある大きな作業台の前に立つ。


2、3秒の沈黙の後、デジタル時計のピピッと言う電子音が午前9時を知らせると、

「おはようございます」と吉岡が挨拶をした。星野と美玖も「おはようございます」と挨拶をして頭を下げる。


青木は軽く頭を下げただけのようだった。

吉岡は、「今日から、我々の仲間になってくれる人を紹介します。」と美玖に自己紹介をするように、目配せで促した。

美玖は、澄み切った声で「相原美玖です。未経験者でありますが、早くお役に立てるように、がんばります!」と元気に挨拶をした。

吉岡と星野が拍手で迎える。

「それでは、僕から。えーと僕は、吉岡喜朗です。ここでは製造部長をしております。相原さん、よろしくお願いします。」と快活に自己紹介をした。


美玖は「よろしくお願いします。」と返す。

続いて、星野が「相原さんとは昨日、少しお話ししたけど、改めて星野結衣です。製造課長をしています。わからないことは何でも聞いてね。」とニコッと美玖に目をやって笑った。とても美しい所作だった。


美玖も、合わせて、挨拶を返した。

最後に「俺も昨日話たからさ。青木っす。よろしく」とまるで


(こんなの時間の無駄だろ?)とでも言いたげな挨拶だった。


美玖は「(うわぁ、この人とうまくやっていけるかなぁ)」と一抹の不安を覚えながら


「よろしくお願いします。」と返した。


こうして、記念すべきアトリエ・ウイングの初日が始まったのだった。


(あれ?社長は?と美玖は思ったが、きっと忙しいのだろうと気にしないことにした)

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