現実のエラー〜感情とは何か〜

千夢来人

前編 第一章 モニター室 / 第二章 突然の誘い

第一章 モニター室

「ここはなんだ?」

 気づくと左には無数の監視映像、右には文字が次々に打ち出されている場所にいた。


 隆志は久しぶりに気持ちよくお酒に酔っていた。秋の始まりの風が気持ちよく感じていた。

 隆志は営業の仕事をしていたが、近頃うまくいかず上司に口うるさく言われていた。今日は久しぶりに学生時代の友達と会って懐かしい話や、今日は来ていない友達の話をして、良い気分転換になっていた。

「隆志、大丈夫か?」

 一緒に歩いている勇気が心配して声をかけてきた。隆志は酒が思ったより回って、少しフラフラになっている。一緒に歩いている勇気も同じような感じだった。

「心配するな。お前も似てる感じだろ」

 勇気が違いないと笑って返す。

「なぁ、静香の事は知っているか」

 静香は学生時代の人気者だった女性で、昔は良く遊んでいた。学生時代は、隆志も好意をよせていた。

「静香の事?知らないなぁ。どうした?」

 勇気は得意げに笑う。

「あいつ一年前位に結婚したんだと」

 へぇと隆志は相槌を打つ。

「驚いたことに、その相手が岩山らしいよ」

 隆志はその名前に思い当たる節がなかった。

「ほら、あの嫌われ者の岩山だよ」

 嫌われ者と言われ、隆志はようやく思い出した。クラスの中で、いじめまではいってなかったと思うが、なぜか嫌われていた人の名前だ。

「嫌われ者と人気者が結婚か。意外だな」

 だろうと勇気は笑う。

「みんな結婚していくなぁ」

「そう言っているお前も結婚してるだろうが」

 勇気は四年前に同級生より一足早く結婚していた。子供も一人いる。

「今日は奥さんと息子は、残してきて良いのかよ?」

 勇気は手をヒラヒラさせて、気にするなと仕草をする。

「今日はあの二人、妻の実家に行ってるんだ。久しぶりに独身気分なの」

  言いながら勇気はスマホを取り出し、待ちうけ画面を見る。待ち受けには、家族三人で撮った写真が見えた。

「幸せそうで、良いですなぁ」

 勇気はスマホをポケットになおして、隆志の方を向く。

「隆志は相手はいないのか?」

 隆志は苦笑いを浮かべる。

「いたらとっくに結婚してるよ」

「そうだよなぁ」

 勇気はしみじみ頷き、がばっと隆志の肩を掴んだ。

「よし、もう一軒行こうか、なんで結婚できないか相談にのるぞ」

 隆志は勇気の腕をどけると、時計を観た。

「もうこんな時間だし遠慮しとくよ。お前も帰れよ」

 時計の針は、もう午前一時を過ぎていた。勇気は拗ねた子供のようにチェっと舌打ちした。

「分かったよ。その代わり今度遊びに来いよ。凛がお前に会いたいってうるさいんだ」

 凛は勇気の三才になる息子だ。以前遊びに行った時に一緒に遊んだ事があった。

「分かったよ。近いうちに行くよ」

 勇気は隆志と約束して帰っていった。

 別れた後、隆志も家に帰る為にタクシーを止めようと手を挙げたが、すぐに酔い覚ましがてら、久しぶりに歩いて帰ろうと思って手を下ろした。

 ここからだと自宅には少し距離があるが、一時間くらいで帰れるだろう。

 同級生の顔を思い出しながら歩いていると、もう少しお酒を飲みたくなってきてしまった。勇気の誘いを断るんじゃ無かったと少し後悔する隆志だった。

 隆志は普段歩かない道で、開いている店を探しながら歩いたが、なかなか開いている店が見つからなかった。

 仕方なくコンビニでも寄ろうとした時だった、トンネルの中から微かな光が漏れていることに気づいた。

 隆志はふいに気になり、近づいてみると壁がうっすらとずれていた。

「ここはなんだ?」

 隆志は気になって、恐る恐る隙間に指を入れて自分の方に引いてみた。するとすんなりと動いた。

 壁の先には通路が続いていた。普段の隆志は何か解らない所は、見て見ぬふりをするが、今は酒が入っているせいだろうか興味が恐怖に勝ってしまった。隆志は通路の中に入っていく。

 通路の中は殺風景で、回りがコンクリートの壁が続いていた。道の先に扉があったが自動で開いた。

 扉の先には大きな部屋が広がっていて、真正面には壁の左半分にいくつも小さい画面があり、めまぐるしく画像が変わっていた。右半分には文字が、休む間もなく打たれていた。

「なんだ。ここ?」

 画面の方を見てみると、普通の監視カメラの映像より、人の正面の姿の映像が多い気がした。文字の方は誰々がこうなるとか、エラーとか修正可能とか書いてある。

 隆志は何のことか解らなかったが、ここが何かの企業である事にようやく気づいた。隆志は自分が、不法侵入である事に気づき、慌てて外に出た。

 辺りを見回してみたが、誰もいない事に一安心したが、監視カメラには写ってはいるはずだ。警察沙汰になったら、言い逃れできないなと感じながら、扉を閉めようした。

「あれ?ドアノブがない」

 隆志は仕方なく扉を押して閉めた。隆志は誰にも見られないように、足早にそこから離れた。

 家の近くまで歩いてくると、隆志は喉が渇いているのに気づき、目の前のコンビニに飲み物を買おうと入った。

「あぁ、隆志じゃない」

 隆志はふいに呼ばれて、ビクッとして呼ばれた方を見ると見知った人が立っていた。

「なんだ。さやかか。何してるんだ?」

 さやかは隆志の幼馴染で、昔からの知り合いだった。

「この格好を見て解らない?仕事帰りよ。隆志は飲み会の帰り?」

 さやかも今日の飲み会に呼ばれていたが、夜勤なので行けないと断ったみたいだった。

「そうだよ。お前も大変だな。こんな時間まで仕事か」

 さやかは苦笑いを浮かべる。たしかさやかは、コンピュータのシステム管理の仕事をしていたはずだ。

「夜道は危ないから送ってってやろうか?」

 隆志とさやかは近くに住んでいた。元々隆志が住んでいた地区に、たまたまさやかが二年前に引っ越してきたのだ。地元で、久しぶりにあった時に解って、驚いたものだ。

「いいよ。いいよ。近いし。また今度ゆっくり話そう」

 さやかはヒラヒラと手を振り、コンビニを出て行った。隆志も飲み物を買ってそのまま家に帰った。秋の風が汗ばんだ顔にやさしく当たっていた。


 第二章 突然の誘い

 次の日の朝、隆志は滅多にならない家の電話が、鳴っているのに気づき目を覚ました。隆志はうつらうつらしながら受話器を取ると、田舎に住んでる母だった。

「隆志、携帯繋がらないけど、どうしたんね」

 隆志は近くに置いてあったスマホを、手に取ってみると電源が落ちていた。

「充電が切れてたみたい。休みの日の朝にどうしたんね」

 時計を見ると、まだ九時前である。隆志は休みの日は、いつも十時位まで寝ていた。

「また、野村さんから野菜を貰ったから、送ろう思ってね。いつ頃がいい?」

 実家の近くに住んでいる野村さんは、農家で多く取れすぎた野菜を、昔から隆志の家にくれていた。今でも貰えているようだが、実家では食べきれない量をくれるらしく、たまに隆志にも送ってくれていた。

「あぁ、その事か。じゃ、来週の土曜の午前中に届く用にしとって。居る用にしとくから」

「来週の土曜ね。分かった」

 隆志は受話器を置いて、スマホを手に取り、充電器に指した。隆志は大きく背伸びをして、ベットにまた横になった。

「さて、寝なおすか」

 ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴った。隆志は仕方なくベットからでて、玄関に向かった。

 また訪問販売か、宗教の勧誘かと、考えながら一応のぞき穴から覗いてみると意外な人が立っていた。隆志は玄関を開ける。

「さやかじゃないか。どうしたこんな朝早く」

 さやかは顔の前で、ごめんと仕草をする。

「寝てた?ちょっと嫌な事があって、誰か暇な人と思ったら隆志が思いついてさ、スマホに連絡しても、繋がらなかったから直接来ちゃった」

「あ~、ごめん。スマホの充電切れてたんだ。ってか、さやかの中で俺は暇人なのか」

 隆志は呆れた調子で言った。

「ホント、ごめん。今日、予定あった?なら帰るよ」

 さやかは残念そうに肩を落とす。隆志は深い溜息を吐いた。

「誰が予定あるって言った?何も無いよ」

 それを聞いたとたん、さやかは満面の笑みで隆志を見る。

「さすが隆志。じゃ、今日は付き合ってくれる?」

「さすがって何だよ。、まぁ良いよ。付き合ってやるよ。だけど、準備するから少し上がって待ってろ」

 さやかは元気良くうんと返事をする。隆志はリビングにさやかを通して、自室に戻った。

 隆志は着替えながらさやかはどうしたのだろうと考えた。昨日、あった時は普通にしていたのに、彼氏にでも急に振られたりしたのか、それとも上司に嫌味でも言われてストレスが溜まって、誰かと発散したくなったのか、隆志はクスッと笑った。どう考えても後者だろう。もし彼氏関係の話なら、女友達にでも言うはずだ。そもそも、さやかは彼氏はいるのだろうか。もし、いたとしたらそっちに行くはずだ。

 隆志は着替え終えてリビングに戻るとさやかは電話をしていた。

「スマホの件は、はい。切れていました。昨夜の事はまだ確認できていません」

 さやかは隆志に気づくと、

「その件はまた後で連絡します」

 さやかは電話を切って、苦笑いする。

「仕事場から、もう嫌になるよ」

「そうか、さやかも休みの日なのに、朝から大変だな」

 さやかはすっと立つ。

「準備終わったんでしょ。行こうか」

「おう、どこに行くんだ」

 さやかはスマホを指でなぞりながら、迷っているようだ。

「どこ行こうかなぁって思ってたんだけど、見たかった映画あるから、それに行こうかなぁって、あ、あったあった」

 画面の中に移ってたのは、海をモチーフにした恋愛映画だった。

「隆志ってこんな感じの映画あまり見ないよね?」

 さやかが隆志の方を確認するように見る。

「まぁ、見ないかな、でも最近映画館に行ってないし、これでもいいよ」

 さやかが指をパチンと鳴らして喜んだ。

「本当?よし決定」

 二人は家を出て駅に向かった。

 目的の映画が上映している映画館は、電車で二十分ほどの所にあった。

「そういえば、久しぶりだね、二人で出かけるの」

「そうだな。まぁ、お互い仕事が忙しいからな」

 さやかが近くに引越して来たことが分かった当初は、たまに遊びに行ったり、飲みに行ったりしていたが、考えてみたら一年ぶりぐらいだった。

「さやかは、彼氏はいないのか?」

「仕事が忙しくてそれどころじゃないよ。いたら隆志を誘ったりしないよ」

 隆志の予想は当たっていたようだ。

「隆志もどうせいないんでしょ」

「悪かったな」

 隆志は拗ねた態度をとった。さやかはあっと言って隆志を指さした。

「何だよ」

「その態度、昔からやるよね。まだ治ってないんだ」

「悪いか」

「子どもっぽいからやめたほうが良いって」

 さやかが皮肉っぽく指摘する。

「あいにくこれで嫌われた事はないです」

 隆志はさやかから視線をそらした。その態度が面白かったのか、さやかはケラケラと笑った。

 話していると映画館に着いて、ポップコーンと飲み物を買って中に入った。映画の内容は主人公の幼馴染の恋人が記憶を亡くして、記憶を取り戻す為にいろんな場所に行き、徐々に記憶を取り戻していくという話だった。

 映画は海辺のシーンが多くてとても綺麗だった。最後は二人が手を繋ぎ、海に夕日が沈んで行く所を見ているシーンで終わった。

「結構良かったね」

 簡単な話だったが、綺麗にまとまっていて、隆志もそれなりに面白く感じた。

「そうだな」

 素っ気ない隆志の前に、さやかが急に飛び出した。隆志はびっくりして、おもわず立ち止まってしまった。

「ねぇ、これから海に行かない?」

 さやかはニコニコしながら隆志を見る。隆志は軽く睨みつけるようにさやかを見た。

「映画の影響か?」

 隆志は睨みつける。

「いいでしょ。ねぇ、駄目?」

 隆志は腕時計を見る。時計の針は一時を過ぎたくらいだ。

「さやかは昔からすぐに影響うけるな」

 隆志は深いため息をついた。

「まぁ、良いよ。今日は付き合ってやるよ」

「やった」

 さやかは今にも飛び跳ねるくらいに喜んだ。隆志はさやかのたまに見せる無邪気な姿が、昔から好きだった。

「ただし、飯食ってからな」

「そうだね。お腹空いたもんね。よし今日は付き合ってくれたお礼に私が奢ってあげよう」

 さやかが胸をはって言った。

「お。マジで、サンキュー。場所はあそこで良いよな」

「うん。隆志はホント、レッド好きだね」

 レッドと言うのは、この映画館の近くにある小さいレストランだった。二人が遊んでいる時に見つけて以来、行きつけになっていた。レッドの扉を開くとカランカランとベルがなった。

「あら、二人して来るの久しぶりだね」

 マスターが元気良く挨拶してくる。二人は空いている席に座ると、マスターがメニューを持ってきてくれた。

「こんにちは。そろそろ結婚でも決まった?」

「だから、私達そういう関係じゃないですよ」

 始めの頃、良く二人で来ていたので、マスターは二人を結婚していると勘違いしていた。しばらくして友人だと告げると、マスターは驚いていた。今でも二人で来ると、からかわれてしまう。

「そうか。残念」

 マスターは笑った。

「注文はなんにする」

「私はエビフライ定食で、隆志は?」

 隆志は、メニューを一通り見ると、

「今日はハンバーグにしよう」

「エビフライとハンバーグね。分かった。ゆっくりしていって」

 メニューを待っているとさやかのスマホが鳴り、さやかは少し席を外す。戻ってきたときにはもう注文が届いていて、隆志は先に食べ始めていた。戻ってきたさやかの顔は少し暗い顔をしていた。

「どうした。何かあった?」

 さやかは慌てて、笑顔を作る。

「あ、ごめん。ごめん。気にしないで。さ、私も食べよう」

 さやかは何事も無かったように、食事を始めた。

「そういえば昨日会った時に、変わった事あった?」

 急な質問に隆志は考えたが、何も思いつかない。

「何がって何が?」

「別れた時さ、今日の事を誘おうと思って、電話したら繋がらなかったからさ」

「そうなのか?じゃ、その頃からスマホの電源落ちてたんじゃないか?悪かったな」

 一瞬さやかの表情が曇ったかに見えた。

「さやか?」

 隆志はさやかの表情を覗き込む。

「ごめん、ごめん。気にしてないよ。早く食べて行こう」

 不思議の間が空いたが、特に隆志は気にしない事にした。

「そうだな」

 二人は食事を終えると店を出た。

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