ケース:神隠し

二ノ前はじめ@ninomaehajime

ケース:神隠し

 雨で景色がけぶっていた。

 ビニールの傘を雨粒が叩く。街では高い建築物の影がそびえている。白く濁った空は汚れたキャンバスだ。不揃ふぞろいな高さの影が描かれている。

 アスファルトの凹んだ道路には水たまりができている。その波紋の中に、雨中に佇む自分の姿が朦朧もうろうと映し出されていた。学生鞄をげて、すぐ傍らの革靴のつま先がつやめく。

 曖昧あいまい模糊もことした街景色を仰ぐ。突き出た高層ビル群の中に、異様な影が紛れていた。形容するなら尖塔せんとうだろうか。尖った頂部が白濁した空を貫いている。異国の歴史ある建築物を思わせる。あるいは巨樹きょじゅにも似た、多くの枝木が生えた輪郭に目を奪われた。

 雨音に混じり、不協和音が耳朶じだに触れた。何かが削れていく音。頭蓋ずがいの内側に響き、神経に障る。思わず傘が逆さに落ち、学生鞄を水たまりの中に投げ出して両耳を塞ぐ。それでもひび割れていく異音いおんは大きさを増すばかりだ。せめてみなもとを探ろうとして、しかめた顔を上げた。

 あのいびつな影が、周囲の高層ビル群に比べて明らかに突出とっしゅつしていた。目をらしていると、少しずつ伸びていっていた。成長している。

 いや、あれは裂け目だ。空に届くほどの亀裂が走り、日常の風景を断ち切る。景色をいでいく音が、雨の音に取って代わる。その現象を、ただ見つめていた。

 裂けた暗がりの奥から、何かが此方こちらを覗いている。おびただしいほどの黒い手が亀裂を押し広げ、またたく間に視界を塗り潰した。



 ケース:神隠しは雨や濃霧のうむの日に出現する。

 起源を辿ると、ある丘の上にある一本の木だったという。幼い村娘が禁忌きんきを破り、神隠しに遭った。その丘の頂上から姿を消し、世界各地で類似の現象が発生し始めた。

 多くの場合、高層建築物に擬態する。このことから、無作為に起きる事象ではないと推測される。視認した人間は失踪を遂げる。この災害に起因すると思われる行方不明者の数は【詳細は伏す】。

 ごくまれに戻ってきた者は、ねじれていた。



 補足:亀裂が広がる際に生じる音を分析すると、ある種の波形が見られた。

 補足:未知の言語による、話し声だと推定される。

 補足:此方への侵入を許してはならない。

 補足:なら、おいでよ。

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