【未完】御霊の階梯

工具

01_純然たる事故による世界間移動

01-01_チート無双楽しいです

第1話

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 兵頭ひょうどう群治ぐんじは上機嫌に後悔していた。上機嫌ではあるものの、同じ程度には後悔していた。

 上機嫌なのは、以前から興味があったサバイバルゲームの入門者一式を親戚のニーちゃんにプレゼントしてもらったからだ。

 後悔しているのは、なぜ、軽量がウリのうえ担いで歩けるように改造されているとはいえ、自分よりも大きいロッカーを担いで帰ることにしてしまったのか。ちょっと前の自分はどうしてそんな考えなしだったのか。その瞬間の自分に問いただしたくなっていた。


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 ある日のこと、年に数回は顔を合わせるおじさんが、群治の父親を尋ねたついでにそのまま兵頭ひょうどう家で酒を飲んでいた。

 そろそろ年も年だし、バイクに乗るのをやめようかと思っていると群治の父にゆるゆると話す。バイクに乗り続けるために健康には人一倍気を遣ってきたが、趣味に理解のあるパートナーが以前よりも心配するようになったのだとか。

 群治はそれを、おじさんと父が用意したツマミを失敬しつつ、自身が用意した数種類の炭酸水を飲み比べながら聞いていた。


「あいつは今まで俺の趣味を受け入れてくれていたし、これからはその分を返していこうと思うんだよ。ただなあ……」


 おじさんはバイクを手放すことはもう決めているという。決心してはいても未だに手放せていないのは、長年手間をかけ愛情を注いできた愛車を譲る相手が居ない所為だ。できるならただ飾るような方向ではなく、自分と同じように乗る方向で可愛がってくれる相手に譲りたいのだと。おじさんにも同じ趣味の友人はいるが、同じ趣味の友人だけあってそれぞれに定めた愛車があり、おじさんの愛車を受け入れる余裕はないのだと。


 群治は正直ツマミのためだけに同席していたが、ふと、親戚のニーちゃんを思い出した。

 そのニーちゃんは多趣味だが、趣味それぞれにかける熱意は相当なものだと知っている。趣味の数と熱意の分だけ自分は布教を受けてきた。めんどくさいから殴って黙らせようかと悩んだ回数と、ニーちゃんサイコーと心の中で叫んだ回数はだいたい同じくらいだ。

 そのニーちゃんが将来的にはどうしてもお迎えしたいと熱弁していたバイクは、もしかしたらおじさんが手放そうとしているバイクと似ていたかもしれない。

 群治も、バイクを趣味にしている人が身近にいるだけあって運転してみたいなと薄っすら思ったことはある。しかし、ぶっちゃけバイクそのものに大した興味がない群治は、直接的には関わりのないおじさんとニーちゃん2人の共通点がただのバイク好きよりも深く密接なものだとその時初めて気づいた。だってよほど形が違わないとバイクの区別なんてつかないし。モトクロスとトライクくらい違ったらたぶん分かる。


「ねえおじさん。もしかしたらなんだけどさ」


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 そうして群治は父方の親戚のおじさん(具体的な関係性は覚えていない)と、母方の親戚のニーちゃん(具体的な関係性は覚えていない)を引き合わせた。

 二人の初対面の場にも、一応は同席した群治だが、二人は互いの乗ってきたバイクを観察しあうなり十分も喋らず意気投合。本来ニーちゃんが支払うはずだったかなりの金額はすさまじく値引きされ、信頼できる相手に愛車を譲れたおじさんも、状態が良いうえに予定の半額以下で人生の愛車(予定)を迎えられたニーちゃんも大満足の出会いとなった。


 後日、ある種の臨時キューピッドを務めた群治に対して、親戚のニーちゃんが欲しい物はなんかないのかと軽くたずねてきた。

 群治はバイクの件でお礼がしたいのだろうと理解しあれこれ考えた末に、恐る恐る、ニーちゃんの影響を受けて興味を抱いたもののなかなか手を出せていなかったサバイバルゲームの初心者入門一式(おさがり品)を求めてみた。

 ニーちゃんは満面の笑みで快諾。


「おさがりなんてケチなこと言わねーよ。全部新品でそろえてやる」


 群治の家からそう遠くないところにニーちゃんがよく行くサバゲショップがあるのというのも加味し、とりあえず群治の学校帰りに見に行こうと約束をした。


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 群治はサバゲショップでニーちゃんと落ち合うと、メインとも言えるエアガンはいったん棚上げして、サバイバルゲームのフィールド入場チケットとも説明されたゴーグル、フェイスガード、グローブの3つをニーちゃんのアドバイスを聞きつつ選んだ。顔と手は合わないのを長時間身に着けるとストレスでハゲあがるとのニーちゃんの経験則に従った。


 群治が良いと感じたのはいずれも万単位のお札が必要な品だった。ゴーグルが特に高価だったのもあり、三点合計で五万にギリギリとどかないくらいの金額になった。


「入門セットで良いんだけど、ニーちゃん正気か? 昼間から酒飲んでない?」


 群治はニーちゃんの頭を心配して訊ねたものの、イイカライイカラしか帰ってこなくてもっと心配になった。


 心配はさておき次はメインのエアガン……ではなく、サバゲーウェアみたないな一式を選ばされた。

 まず迷彩服。店にあったのを着てみたところ、群治の体型と好みに合うのが一番高い黒っぽい迷彩のもの。上下別でダブルピース。迷彩服向けのベルト含めてトリプルピース。群治の顔が引きつってるのをニーちゃんは笑って流した。

 迷彩服の下に着るコンバットシャツというものは胴体がぴっちりしていて汗がすぐ乾き、袖は生地が頑丈でゆったりしてるシャツをそう呼ぶと説明された。一万五千。

 同じく迷彩服の下に着る現代版ももひきは、伸縮性があって速乾性と通気性が良いレギンス。たぶんコンプレッションウェアの仲間。体温調節と迷彩服による肌擦れ防止のためらしい。三千。

 肘と膝のパッド、肩掛けみたいなやつはいずれもほどほどのお値段で、合わせて一万五千。あとおばあちゃんの肩掛けじゃなくてアフガンストールという名前だった。

 あと帽子。ジャングルでかぶってるやつだ! と群治がテンションを上げたら即決された。迷彩服と合わせて黒っぽいブーニーハット。八千。


 群治はここまでの合計金額を考え、頭が痛くなった。想像してたのと文字通り桁が違う。しかもまだ大物のエアガンが残っている。


「確かに安くはないけどよ」


 再三、バイクの件のお礼にしては金額が大きすぎると群治が訴えたところ、漸くニーちゃんがまともな説明をくれる気になった。


「群治のおかげて売ってもらえたあのバイク、予算の半分以下で譲ってもらえたって俺言ったよな。その浮いた分の十分の一にもまだ足りてないからな」


「十分の一……? え、しかも半分の十分の一って二十分の一じゃん……」


 群治は普段から高くはない自分の知能指数が更に低くなった気がした。


「それだって中古で市場に物があったらの値段であって、売りに出されること自体ほとんどないんだよ。金があったからって帰るもんじゃねーの、アレ」


 それにサバゲ仲間が増えるのは嬉しいしな、とニーちゃんは締めくくった。

 ニーちゃんはニーちゃんの価値観に相応しいお礼をしたいというのだから、それを受け取るのも礼儀なのかもしれない。群治は、座りが悪いままではあっても、なんとなく納得はできそうな気分になった。

 その後はニーちゃんや店長に薦められたり、目について気になったものを訊いたりして言われるがまま購入予定の品物の山を築いた。


 ここまでで一番高価だったのは収納付き紐型ベストみたいなチェストリグというものの十万だが、群治がそれよりも驚いたのはメディカルポーチ(中身込み)である。七万。

 ニーちゃんと店長二人に、無駄と思うかもしれないし無駄になった方が良いから一揃い持っておけと真顔で忠告されたのが群治はちょっと怖かった。

 でも、具体例は全部サバゲじゃなくてアウトドアだった。サバゲのための用具を買いに来たのでは……? 群治は疑問をぶつけることができなかった。


 そうしていよいよエアガンのターンである。


「とりあえずざっと見て、イイってなったのピックアップすっか」


 ニーちゃんの方針に従い、エアガンが並ぶ一角をキョロキョロしつつ歩き回る群治。あの作品のあのシーンであのキャラが使ってるとかのポップは全無視だ。だって知ってるキャラがいない。

 そもそも群治はニーちゃんが楽しそうに話すサバゲをやってみたいと思っていただけで、ミリタリー趣味はない。なんだったらスポーツ雪合戦やポイポイバトラーも気になっている。成人男性五人でゲロ吐くまで走り回ったという全力鬼ごっこはノーサンキューだが。


 ともかく、実銃もモデルガンも関連作品も知らない群治の判断基準は、見た目と持った感触と名前の響きくらいしかない。見落としたら見落としたで縁がなかったということでのノリで売り場を軽く一巡していくつか候補を挙げてみた。


「銃口のところに丸くて長い焼き網みたいなのついてたやつと、下側のラインが段々畑みたいなやつと、まるっこくて一番長いやつが気になった」


「長いやつは分かる。焼き網も、まあ、分からなくもない。段々畑ってどれのことだ……? お前、本当に今俺と同じところ歩いてたんか……?」


 ニーちゃんには伝わらなかったし、なぜかずっと一緒にいる店長さんは微妙な顔で焼き網と長いやつを取りに行ってくれた。群治は気にせず段々畑のところへ歩いて行った。


「あ、あー。上下逆にして見たら分からなくもない……か? いや無理だわ」


 段々畑は「Fixi o2000n」という名前だった。どう見ても段々畑だ。

 焼き網は「cRISiS inVadeR」栗栖イズインベーダーさん。

 丸っこくて長いのは「Ballista M22Ai」。丸っこいのかと思ったら丸っこい六角形だった。銃なのに弩。


 さて候補を3つに絞った群治は悩み始めた。

 とはいえ、丸っこくて長いのは、長いから群治の印象に残っただけで、群治が自分で使ってみたいと思っているわけではない。実質の候補は二つだ。

 段々畑か、栗栖さんか……別にどっちでも良いと言えばどっちでも良い群治は悩んだ。


「じゃ、とりあえず三挺とも買うか」


 今日は派手に散財する気のニーちゃんは群治の悩みを一刀両断した。


「とりあえずって言うなら、とりあえず一つ……一丁? あれば良くない?」


「銃の形してるから単位はちょうな。良いんだよ。お前が使わなかったら俺が貰うし」


「なら良いか」


 群治は、ニーちゃんの今日の金銭感覚には何も言わないとすでに決めている。お金を出すのはニーちゃんだし。買っても無駄にならないなら別にいいんじゃないかなと群治はちょっとなげやりに納得した。


「次はそれぞれのケースとスリングと――」


 歩きながらニーちゃんがこぼした独り言が聞こえた群治の頭には、過激な水着と投石紐が浮かんだ。


「スリングってエアガンつーか、銃をこう、肩からぶら下げる紐な」 


 不思議そうな群治に気づいたニーちゃんが、実際に商品を手に取って見せてくれたので、そういえばそんなものを見たことがあると群治も理解できた。


 その後購入予定の山に加わったのは多くない。入門者に必要なのかわからないほどあれこれ揃ったエアガンの手入れ用品一式。予備のマガジンがいくつか。段々畑と長いやつに付属してるのとは別の照準器。焼き網の照準器はなくても良いとニーちゃんが言ったので、照準器を後付けしないままの方が好みの見た目をしてる群治もじゃあ要らないとうなずいた。


 最後にサバゲとは無関係だが、ずっとほしかったが見つけられなかった二リットルペットボトルくらいの大きさのポスト。狛犬が乗ったやつ。獅子の方は持っているのでこれで狛犬が両側にそろうと群治は今日一番喜んだ。なぜそんなものがサバゲショップに陳列されていたのかは店長も覚えていなかった。


 合計で七桁万に達したお会計。

 群治は一度にそんな大金を扱った経験などないので現実感がなかった。もう何も感じなかった。ニーちゃんが良いなら良いんじゃねと、全てに納得したことにした。ちょっと吐きそうだった。

 大量買いしたサービスということで動作チェックを受けたエアガン三丁の内、段々畑だけは異音がするということと在庫がなかったために再整備をしたのち後日宅配することになった。


 買い物は終わり、群治とニーちゃんと店長で荷物をまとめた。どうせだからとタグを切ったり、包装などのゴミになる物も分けてしまう。取り扱いなどの注意事項が書かれたものだとかは、どれに付いていたかが分かるようにしつつ残しておくのも忘れない。

 ダッフルバッグやバッグインバッグでまとめたものを、担いで歩ける改造を施されたロッカーに全てを詰め込む。でかい棺とか担いで旅するキャラにロマンを感じる群治とニーちゃんが悪乗りして購入を決めたやつだ。そんな商品を置いているあたり、もちろん店長も同じ穴の狢である。


 元がロッカーとしては軽量で背負子のフレームを流用したパーツを着脱できるとはいえ、購入したものを詰め込んだ結果かなりの重量になった。群治は、まあ筋トレの延長と思えばそんなに……と担いで見せてニーちゃんと店長に拍手をもらった。


 常に教化書類を全て詰め込んでる通学リュックを体の前側にぶら下げ、大量の荷物を詰め込んだロッカーを背負い、ニーちゃんにしっかりお礼を言った群治は帰路に就いた。

 群治は歩き始めて5分で正直後悔したが、普段なら家までは徒歩二十分もない距離なので筋トレの一環だと自分をだましとおす決意を固めた。


 上機嫌でありつつ後悔しながらも歩き続け、兵頭群治は着実に家に近づいていた。

 家までの道中を折り返し、駅の近くを通りがかったところでそろそろ休憩でもするかと群治は考えた。しかし、あまり関わり合いになりたくない集団がたむろしてるのに気づいた群治は、休憩どころではないと舌打ちしそうになった。


 群治の行く手でたむろしている何種類かの制服が混ざった集団は、控えめに表現して素行の悪い集団。群治の本音を言うなら逮捕されてないだけの犯罪者集団だった。少なくとも群治自身、今屯している集団の何人かは顔に見覚えがあり、その面々は一人を数人で囲んで暴力を揮ったり、金品を巻き上げていた。

 群治だけがそういった犯罪行為を目にしているのはでなく、周辺地域で同じくらいの年代の真面な人間であればできる限り距離を置こうとしている。そしてそうした真面な人間の一部は被害にあい、間接的に人生を閉ざされたりもしている。

 そのうえで、群治はあの犯罪者集団が一度でも逮捕されたとは聞いたことがない。逆に、警察に通報したら報復を受けたとの噂は何度も聞いた覚えがある。


 普段なら群治も視界に入るなりさっさと道を替えるのだが、今ばかりは大荷物を抱えていて気づいた時点で手遅れだった。そりゃあロッカーなんか担いで歩いていたら目立つもの。

 逮捕はされていないだけの犯罪者集団から男二人が群治の方にヘラヘラと笑いながら近づいてくる。それに釣られるように女が一人続き、更に少し遅れて女が一人続いた。残りはその場にとどまっている。


 内心で運の悪さに深く深くため息をついた群治だが、表面的には無表情を保ち、どうすれば安全に切り抜けられるかと全力で考え始めた。


 しかし、すぐに悩みは解決した。より大きな問題に塗りつぶされる形で。


 たむろしていたところで動かないままだった集団も、群治に近寄ってきていた四人も、Uターンして走れば逃げ切れるか検討していた群治も、その場にいた全員をおさめる範囲の地面が唐突に消え失せた。


 群治には何があったのか理解できなかったし、犯罪者集団の面々も顔が目に入った限りでは呆然とするか落下する恐怖に怯えていたように群治には見えた。

 漂白されたがごとく何も考えられない群治にただ一つ分かったのは、落下する自分を囲む壁が土やコンクリートなどではない平面的な漆黒だということだけだった。

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