第7話 鎮魂の儀

 朝になって目が覚めると、ベッドには私一人きりだった。


 ベッドに触れてみるけど、私の体温しか残ってない。


 ――新婚初夜に、何もなし?! おでこにチューだけ?! ありえなくない?!


 愕然とする私の耳に、小鳥のさえずりが聞こえてくる。


 ネグリジェを確認してみるけど、乱れた様子もない。


 いくら七歳も歳の差があるって言っても、これは余りに酷くない?!


「夫婦ってなんだろう……」


 ぼそりと呟いた私の言葉は、真新しい寝室に静かに響くだけだった。





****


 白いワンピースに着替えて、ライムグリーンのカーディガンを羽織る。


 鏡の前でチェックするけど、ちゃんと可愛く見える。


 だけど、さとるさんにとっては『まだ子供』なのかな……。十八歳なんですけど。


 体つきが幼いわけじゃないし、ちゃんと女性らしい体つきだと思うんだけどなぁ。


 ――まさか、ロリコンの気が?!


 ないか、それは。最初に否定してたし。


 むしろ子供に興味がないから、私に手を出さないんだろうし。


 となると年上趣味か……大人っぽい服、買ってこようかなぁ。


 私がしばらく姿見の前で悩んでいると、ドアがノックされてさとるさんの声がする。


「朝食、食べないのか」


「――あ、今行きます!」


 私はパタパタとドアに駆け寄り、開け放つ。


 ドアの前のさとるさんは、私を見てわずかに動きを止めた。


 何か言ってくれるかな?!


 だけどさとるさんは何も言わずに身を翻し、部屋から出ていってしまった。


 ……一言もなし?! 新妻に?! 新婚初夜の翌朝に?!


「やっぱり、女として見られてないのか……」


 私はがっくりと肩を落としながら、とぼとぼと部屋を出て大座敷に向かった。





****


「いただきます!」


 私の声だけが大座敷に響く。


 相変わらず、お爺さんとさとるさんは食前の挨拶をしないらしい。


 腹を立てながら焼き魚をほぐしていると、お爺さんが私に告げる。


聡子さとこ、今日は『鎮魂しずみたまの儀』がある。朝食を食べたらすぐに用意しなさい」


 私はきょとんとしてお爺さんに尋ねる。


「なんですか? その『鎮魂しずみたまの儀』って」


星降ほしふり様の結界を張りなおす儀式だよ。

 そろそろ結界が綻び始める。その前に結界を張りなおすんだ」


 私はおずおずと尋ねる。


「それで、準備って何をするんですか?」


 お爺さんが頷いて答える。


「巫女装束に着替えてもらい、後は幽世かくりよの門に私と行ってもらう。

 女中たちが服を持っていくから、彼女たちに着替えを手伝ってもらいなさい」


 さとるさんが横から口を挟むように告げる。


「俺も参加する。構わないな?」


 お爺さんがニヤリと微笑んで答える。


「もちろん構わんとも。見るだけならな。

 新婚初夜はどうだった? 新妻を可愛がってやれたか?」


「ケッ! 下世話な物言いをするんじゃねぇ!

 クソ爺みたいな女好きと一緒にするな!」


 お爺さんは楽しそうに笑いだしていた。


 さとるさん、お爺さん相手には口が悪くなるんだなぁ。


 それにお爺さん、女好きなのか。


 それがさとるさんに遺伝しなくてよかった……。


 お爺さんが私に尋ねる。


聡子さとこ、昨晩の悟は優しくしてくれたかい?」


 ――ええ?! 朝から私にそれを聞くの?!


 私は顔を火照らせながら答える。


「それが……さとるさん、私には何もしてくれなくて」


 お爺さんが呆気にとられた顔でさとるさんを見つめた。


さとる、お前は何が不満なんだ。聡子さとこになぜ恥をかかせた」


 さとるさんがお爺さんを睨み付けながら告げる。


「俺は子供を相手にする気も、子供を作る気もない。それだけだ」


 やっぱり、女扱いされてない……。


 夫婦ってなんなんだろう。入籍したのは、なんのため?


 私が俯いて涙を我慢していると、さとるさんが私に告げる。


「……お前には離婚する自由すらない。それは俺にもどうしようもない。

 それは運命だと諦めて、他に楽しみを見い出してくれ」


 それ、結婚しておきながら、結婚生活以外で人生を楽しめってこと?


 なんだ自分が惨めになっていく。


 女として否定された気分だ。


 私はもうそれ以上、食が進む気がしなかった。


 お箸をおいて「ごちそうさま」と告げて立ち上がった。


 大座敷から出ていく私に、さとるさんが声をかけることはなかった。





****


 部屋で待っているとドアがノックされ、女中さんたちが入ってきた。


「さぁ、着替えてもらいますよ奥様」


 奥様か。皮肉に聞こえる自分が嫌になる。


 黙って服を脱ぎ、巫女さんの服に着替えていく。


 白い着物の上から、赤い袴を腰に付けていく。


 ……巫女さんの袴って、こうなってたのか。知らなかった。


 着替え終わると女中さんが告げる。


「さぁ、宗主様がお待ちですよ」


 私はきょとんとしながら女中さんに尋ねる。


「宗主様って誰ですか?」


「――ああ、源十郎げんじゅうろう様のことですよ。

 この家ではさとる様を若旦那、光彦みつひこ様を大旦那、そして当主である源十郎様を宗主様と呼んでます」


 さとるさんのお父さんもこの家に居るのか。


 義理の父親なんだし、挨拶しておきたいな。


「光彦さんは居ないんですか?」


「最近は会社に泊まり込んでらっしゃいますね。

 大奥様を亡くされて、仕事で忘れたいんじゃないですか?」


 先月って言ってたもんなぁ。悲しみが一番きつい頃だ。


 失って最初は実感が湧かなくて、じわじわと『居なくなった』ことを実感していく。


 一か月ぐらいで、居なくなったことを痛感するんだよなぁ。


 私もお父さんの時、そうだった。


 さとるさんには、そういう素振りがないけど、平気なわけがない。


 強い人なのかな、さとるさんは。


 私は女中さんたちに連れられて、お爺さんが待つ部屋へと向かった。





****


 お爺さんとさとるさんは、離れに続く渡り廊下の前で待っていた。


「おお、良く似合ってるね聡子さとこ


 私はちらりとさとるさんに目を走らせる――何もなし! 知ってた!


 お爺さんが手に持っていた木箱を開けて、中身を私に見せる。


「これが儀式に使う、『和魂にぎみたまの鈴』だよ。

 これを幽世かくりよの門の前で、七回鳴らしなさい」


 私は頷いて、木箱の中から棒に付いた鈴を取り出した。


 軽く振ると、しゃらしゃらと綺麗な音が鳴る。


 お爺さんが渡り廊下に向かって歩き出す。


 私はその背中に続くように歩き出した。


 最後にさとるさんが、私の後ろに続く。


 離れに入り、板張りの廊下を歩いて岩づくりの部屋へ抜ける。


 お爺さんとさとるさんが部屋の入り口で見守る中、私は一人で暗い穴に向かって歩き出す。


「そこで止まりなさい、聡子さとこ! あまり近づいちゃダメだよ!」


 私はお爺さんに振り返って小さく頷いた。


 穴に向かって鈴がついた棒を一回振る。


 しゃりんと音が鳴ると、私の体が淡く輝きだした。


 その光が穴を塞ぐように壁を作っていく。


 しゃりん、しゃりんと鈴を鳴らすと、その壁が厚くなっていく。


 私の体から光が湧き出るたびに、体から少しずつ力が抜けていった。


『ねぇ聡子、そんな儀式より、“姿写しの儀”をやろうよ』


 突然聞こえた子供の声と共に、穴から子供の手が突き出て来た。


 手は光の壁に遮られるように止まっているけど、壁を叩いて私に訴える。


 ――星降ほしふり様?! なんで出てくるの?!


「なによその、『姿写しの儀』って! これ以上、私に何かさせるの?!」


『だって、その“鎮魂の儀”は君の寿命を少しだけ削るんだよ?

 そんなものを何度もやりたくないでしょ?』


 お爺さんの焦るような声が、背後から聞こえる。


聡子さとこ! 耳を貸すんじゃない!」


 私は小さく頷いて、また鈴を鳴らしていく。


 しゃりん、しゃりんと五回目の鈴が鳴った。


 私は汗びっしょりになって、必死に力が抜ける足で立っていた。


 ――あと少し!


『ねぇ、聡子さとこ――』


「うるさい! 大人しく封印されてなさい!」


 しゃりん、しゃりんと七回目の鈴を鳴らす――私の体が強く輝き、その光が全て穴に向かった。


 その光が壁を作り終えると、私の視界が暗くなっていく。


 倒れ込む私の耳に、星降ほしふり様の声が薄っすらと聞こえた。


『あーあ、封印されちゃった。でも美味しいから許してあげる』


 私は倦怠感に漂いながら、そこで意識が途絶えた。

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