第2話 6月7日(月曜日) シアーグレージュのカノジョ×俺=おかず一品の繋がり。

◆◆◆◆


「………………」

「………………」


 坂木家・リビング。

 俺──坂木道晴と、奈良野澄芳はたがいに押し黙ったままテーブル越しに対面していた。


 ──風呂あがりの奈良野。

 まだ乾ききっていない、濡れて艶めく綺麗なグレーの髪。

 湯に火照った頬。

 そして──シャツを僅かに押し上げる胸元へと目が行ってしまう。


(奈良野って、着痩せするタイプなんだな……)


 事故で、先ほど見てしまった奈良野の裸を思い出してしまう。

 しゃがみこむ直前、バッチリ見えてしまった彼女の全身。


 ──今まで服越しでは分からなかった意外に大きな胸と、しがみつかれた時に感じた柔らかな感触。


(……防犯ブザー鳴らされなくて、良かった……)


 下手したら、マジで社会的に終わるところだった。


「……坂木くん、ゴメン。取り乱して叩いちゃったりして……」  


 沈黙を破った奈良野。

 シュンとうなだれた彼女の姿。


「いや、俺も、奈良野の……見ちまって……ホントにスマン……」


 直視すると先ほどの奈良野の裸を思い出しそうなので、横を向いたままの俺。


「うぅん……もう気にしないで……事故だって分かってるから……」

「ありがと………」


 ──キュ〜……、


 社会的抹殺を回避して安心したのか、俺の腹の虫が場違いに鳴り響いた。


「──もしかして、坂木くん、ご飯って、まだ食べてないの……?」

「……あぁ。奈良野が帰ったら食べるよ」

「ならさ。お風呂のお礼と、叩いちゃったお詫びに、一緒に食べない? あたしスーパーでバイトしてて、おかずとかもバイト帰りに買ってきたの」


 持参していたエコバッグの中身を見せてくる奈良野。

 今晩食べる予定で買ってきたのだろうご飯のパック、おかず等が、ちょこんと詰まっている。


「俺は別にいいけど、気まずくないか……?

 さっき奈良野の……見ちゃったし」

「──まあ、事故だし、既に見られちゃったものは仕方ないしね……。今後は、学校でもアパートでもお隣さんでやっていくんだから、後顧の憂いはなくしといたほうがいいと思う」

「そうか……なら、これからのためにも一緒に食べるか」

「良かった。じゃあテーブルに並べるね」


 奈良野は、枝豆ごはんの入ったパックと、三つ入りの唐揚げのパック。

 俺は、冷蔵庫に入れていた、コンビニで買った、ボリュームたっぷりなうどんをテーブルにドカッと置く。


「「いただきます」」


 食べ始める俺たち。


「坂木くん、よくそんなに食べれるね……あたし、ご飯と唐揚げだけでお腹いっぱいになっちゃうよ」

「朝あんま食わないし、体格も違うしな……」

「ねぇ、坂木くん。良かったら、唐揚げ食べてよ」


 奈良野に、唐揚げのパックを渡される。


「じゃあお言葉に甘えて……」


 唐揚げを口に含む。

 ──噛むと肉汁が染み出す。


 冷えてはいるが──、


「──うまいな」

「でしょ。 山田さんだから」

「──山田さん?」

「パートのおばちゃんだよ。山田さんの揚げる唐揚げ、冷めてもおいしいってお客さんに評判なんだよね」


 目に柔和な笑みが浮かぶ。


「でも悪いな。おかずもらって」

「うぅん。お風呂貸してもらったし、それにバイトしてるスーパーの社割で、おかずとかすこし安く買えるから」

「坂木くんってなんで」


「そう言えば、学校でカラオケ誘われた時、放課後は忙しいって言ってたけど、バイトだったんだな」

「うん。お金足りないから、週四で入れてもらってる」

「そうか……大変なんだな……」 

「……でも、坂木くんも、学校では全然喋らないのに、今は喋るね」

「ま、まぁ、そうだな……にしても、髪色……グレー? よく似合ってるよな」


 慌てて話題を変える俺。


「あぁ……これ、シアーグレージュって髪色なんだよね」

「へー……綺麗だよな。似合ってるよ」

「……そ? ありがと」


 そこで会話が途切れ、沈黙が訪れる。

 ──しかし不快ではない、心地良い、その


「──風呂直るのって、いつ頃なんだ?」

「大家さんが言うには、ちょっと特殊なタイプの給湯器らしくて、まだニ、三週間はかかるって……」

「……なぁ、ずっと銭湯通いだと、金かかるだろ? もし良かったら、直るまで俺の家の風呂使わないか?」

「……でも、それだと坂木くんちのシャワー代だけがかかっちゃうし……あ、じゃあ、坂木くんはあたしに何かしてほしいことある? ……エッチなの以外でだけど」

「特に思いつかないけど……あ、」


 目の前にあった唐揚げのパックに目がいく。


「……ならさ、俺が風呂を貸す代わりに、奈良野は今日みたいに、おかずを一品俺にお裾分けする、っていうのはどうだ?」

「……うん。等価交換だね」

「だろ。決まりだな、奈良野」

「……あ、奈良野だと他人行儀だから、澄芳って下の名前で呼んでよ?」

「じゃあさ、澄芳も、俺のこと、道晴って呼んでよよ」

「道晴くん、ありがとう……あたしね、家でいつも食べる時に一人じゃ寂しかったんだ。だから、今日道晴くんと一緒に食べれて良かった……」


 口元に──ふわっと笑みを湛える澄芳。


 ──学校では誰も見られない彼女の姿。

 その、ありのままの姿に、俺の心拍は否応にも上がるのだった……。

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