姉を射んと欲すればまず妹を射よ
3-1
「伊東、先週はありがとな」
「……それはこちらこそ」
土日を挟んで月曜日の朝。SHR前の時間。隣に座る伊東と会話をしていた。
その様子をクラスメイト達は物珍しそうに眺めている。
斜め後ろの鬼崎は視界の端で「どういうこと、どういうこと~!?」と忙しなく体を動かしてアピールしているが、鬱陶しいので無視を決め込む。
伊東の好感度は多少なりとも上がっているみたいで、教室で会話に応じてくれるくらいの関係にはなれたようだ。
「んでさ、伊東」
「何?」
さて、それじゃあ本題に入ろう。
「余計なお世話だとは思っているんだけどさ。妹さんの件、僕に手伝えることがあれば協力したいんだ。何か僕が力になれることないかな……?」
怖い、拒絶されるのは怖い。喉はカラカラで言葉もなんとか絞り出した。まるで判決を言い渡される被告の気分。嫌な汗が身体中から噴き出しているのが分かる。
「え、特に手伝ってもらうことはないけど……」
「ぐはっ!」
困惑の表情を浮かべた伊東はバッサリと言い放った。
あぁ、こうもバッサリ拒絶されるとは。やばい、恥ずかしい。何してんだ、僕。思い上がりも甚だしい。死にたい。穴が入ったら入りたい。誰か僕を殺してくれぇ!
これは本格的にリオンから慰めてもらうことになるかもしれない。
「な、なんでそんな落ち込んでるのよ……!? いや、本当に気持ちはありがたいんだけどね? だけど、手伝うって具体的に何を想定してるのよ?」
意外なことにも伊東がフォローの言葉を口にしてくれたおかげで、何とか持ち堪えることができた。ここで「キモ」とか言われた暁には立ち直れなくなっていたと思う。
しかしまぁ、伊東の疑問はもっともである。正直なところ僕も深く考えていなかった。
果たして僕に何ができるんだろうか、真面目な話。
「えーと、そうだな。知り合いのツテを当たるとか?」
「何で疑問系なのよ……。そもそも今井に知り合いとかいるの?」
「……いません」
「でしょ?」
人間関係を疎かにしたツケがこんなところで回ってきた。
伊東の言う通りだ。僕にできることなんて無い。せめて妹さんの知り合いに当てがあれば良かったんだが、女子高生の知り合いなんているわけも…………ん、待てよ? 伊東妹は年子って話だから今は高校一年生なわけで、一年生の知り合いといえば――
「……一人だけ一年生の女子に心当たりがある」
「え、今井に女子の知り合い? 一方的な思い込みじゃなくて?」
「失礼な! ちゃんと会話もできる関係だ!」
会話は出来る、間違いなく。……ただちょっとぎこちないだけだ。
「だとしても、紗希はアオ高だから関係ないと思うけど」
「あ、そうか」
サク高に在籍していると勝手に思っていた。公立の小・中学校と違い受験という壁がある以上は、姉妹揃って同じ高校というのもなかなか珍しい話か。
それに桜峰高校はそこそこ偏差値があるからな。とは言っても、アオ高こと葵陽高校も市内ではサク高に続き二番目に偏差値の高い学校だ。姉妹揃って勉強はできるらしい。
「完全にその可能性を失念していた……。交友関係が広い七香なら何か知ってるんじゃないかと思ってたけど、さすがに他校じゃなぁ」
そう、僕が当てにしていたのは従妹の七香である。
彼女は僕と違って、周囲に顔が知られやすいタイプだからな。才色兼備で運動神経も抜群、かといって驕らず丁寧に人と関わる。
そんな完璧超人というのは、本人が望まずとも学年の有名人になってしまう。
「え、七香……? もしかして菊池七香ちゃんのこと言ってる?」
「ん、あぁ。そうだけど……知り合いなのか?」
七香の名前を聞いて、伊東が目を丸くして驚いている。
「そういう今井こそどういう関係なのよ? てか……え、なに怖っ! 何で妹の交友関係を把握してるの!?」
「待て待て、急に距離を取るな! ちゃんと説明するから! 七香は僕の従妹だ! お前の妹と七香に付き合いがあるとは知らなかったんだよ!」
「いとこ……? え、誰と誰が……?」
またしても目を丸くする伊東。
「僕と七香、だ」
「え、アンタのどこに七香ちゃんと同じDNAが!?」
「失礼だろ、僕に対して! ちっとも全然似てないけどさ!」
方や人気者、方や日陰者ではあるから分かるんだけどね。だけど、「近い遺伝子でどうしてこんなに差がついたんだ」って目を向けるのはやめてほしかった。
「それはごめんっ! だけど……でも、そっか。確かに七香ちゃんなら何か知ってるかもしれない。中学の時は仲良しだったから二人とも」
言われてみれば、伊東家の位置的にC中が学区内の中学校になるはずだ。
そして七香もC中出身なので、そっちの線から考えれば二人が知り合いである可能性には辿り着けたかもしれない。
何にせよ、思い掛けない偶然ってやつだ。
「七香と妹さんが昔からの知り合いだってのはビックリしたよ。……けど、あれだな。それなら僕から七香に聞かなくても、伊東の方から聞けば済む話だもんな。伊東も面識あるんだろ?
どっちにしろ、僕は用無しだ」
「いやいや、あたしからは無理だかんね!? 妹の友達って結構気まずいし!」
「……そういえば、伊東もそんなコミュ力あるわけじゃないのか」
「うっさい! でも、そういうことなら協力してくれると嬉しい……かも」
「良かった、多少は力になれるみたいだな」
結果として僕に出来ることがあったのは幸いだった。これなら勇気を出して提案した甲斐があったというものだ。
「――ねぇ、何でここまでしてくれるの?」
伊東は訝しむような期待するような矛盾した視線を向けてくる。
さて、何と答えればいいものか。
頭の中では色々と思いつく言葉はあった。それと同時に心から湧いてきた言葉もある。
普段の僕ならば頭で考え抜いたことを言葉にしていた。だけど、伊東や伊東家に関わると決めたからには、きちんと向き合って心からの言葉を口にしたい。
アイツのアドバイスに従うのは癪ではあるが、僕に足りないのは愚直さだと思うから。
「……やっぱり、伊東と友達になりたいからかな。伊東とちゃんと関わって、伊東のことを知って、もっと仲良くなりたいと思ったから。つまりは友達の力になりたいってだけだよ。残念なことに友達としてはまだ認めてもらってないけどな」
思わず苦笑してしまった。それは僕と伊東の曖昧な関係のこともそうだし、自分がここまで赤裸々な言葉を発することが出来るとは思わなかったから。
「な、なに、学校で恥ずかしいこと言ってんの!?」
伊東はそう叫びながら立ち上がった。こちらに一切顔を向けず、まっすぐ正面を向き続けているためその表情は窺えない。
「そ、それに関してはすまん」
余計なことを言ってしまったと後悔の念が湧いてくる。
「ちょっと、お手洗い!」
「……予鈴鳴ったぞ、さっき」
「いいの!」
伊東はズカズカと教室を出て行こうとする。――そして教室を出る直前、正面ドアの前で立ち止まり不意にこちらへと顔を向けてきた。
その顔をまじまじと見ると、どういうわけか頬と耳が朱色に染まっている。
「し、仕方ないから、友達くらいにはなってあげる!」
「え?」
「二度は言わないから!」
呆気に取られていると、そのまま伊東は教室を飛び出してしまった。
それから一秒二秒と時間が経つにつれて、ようやく伊東の言葉を飲み込むことが出来るようになる。顔がみるみると熱を持っていくのが分かった。それこそ伊東と同じように。
「もぉ~今井くん~! 朝から熱々ですのう~!」
斜め後ろから、いつのようにニヤけた顔で鬼崎が揶揄ってくる。
「ち、違う! こ、これは!」
「そんな顔を真っ赤にして言われても説得力ないって~」
「本当に違うんだって!!」
それから一日中、鬼崎に揶揄われ続けた。徹底的かつ執拗的に。
この借りは絶対にどこかで返す、そう固く誓った。
伊東とは、そのなんだ。恥ずかしくて目を合わせることが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます