2-5

 伊東家の面々と一緒にテレビを見ながら談笑していた。伸治さんがTHE・昔気質の男目線で番組にコメントをすると、晴子さんと伊東から非難の声が飛んでくる。

 そこで伸治さんが助けを求めてくるので上手い感じにフォローをする。

 あとは晴子さんに煮物の作り方のコツを聞いたり、拓也くんと好きなアニメやラノベについて話をして、伊東にはずっと邪険にされて(後半こそ丸くなって気もするけど)、気がついたら時刻は二十一時半、本当にあっという間だった。

「……それにしても、紗希遅いよね」

「そうだな。紗希は部活もアルバイトもしてないんだろう?」

「高校生になったばかりだからね~? 色々と付き合いがあるんじゃないかしら」

 そんな伊東家の話題は、未だに帰ってこない妹のことで持ちきりだった。

 県の条例により、高校生が二十三時以降に外出をしていると補導の対象となる。それを考えると二十一時半というのは遅い時間に分類されるだろう。

 連絡なしでこの時間まで帰ってこないのは心配になるよな。

 ……これは家族同士で対応を検討するべき事案であるはずだ。そうなると、赤の他人である僕は話し合いの邪魔でしかない。

「えーと、僕はそろそろお暇しようかな、と。ご馳走になっちゃってすみません。遅くまでありがとうございました」

「あ、あぁ……気を使わせてしまったな。すまん、玲和。娘と『友達』である限りはいつでも歓迎だ。また遊びに来てくれよ」

「ど、どうも」

 友達の部分をやけに強調していた。仮に僕と伊東が付き合うことになったら、もう二度とこの家の敷居は跨げないらしい。

 そんな未来はこないと思うけど……おそらく(リングの件があるので断言できない)。

「こちらこそ遅くまで引き止めちゃってごめんなさいね~? 他にも色々と伝授したいレシピがあるから今度また遊びに来て! 約束よ~?」

「はい、ありがとうございます! まずは伺ったレシピで煮物に挑戦してみます!」

 晴子さんと料理の話をしていて、感覚でやっていた調味料の入れる順番などが間違っていることが分かった。

 やはり、家族の料理を作って十数年のプロには頭が上がらない。

「兄ちゃん、またアニメの話しよー!」

「うん、タイミングみて原作のラノベも持っていくね」

 僕は一人っ子なので弟という存在が新鮮だった。

 七香が妹みたいなものだったけど、同性で趣味を共有できる兄弟がいたら、それはそれで楽しかったんじゃないかと思う。

「………急に押し掛けて悪かったな、伊東。また学校で」

『ん、学校?』

「汐莉さんのことです、すみません!」

 会話の流れで分かるだろうと思いつつ、『伊東』という苗字に伸治さん、晴子さん、拓也くんが反応してしまったので訂正をさせてもらった。

 だって、名前で呼ぶと「キモ」とか言われるからさ。

「…………」

 しかし、伊東はそのことに触れることなく何やら難しい顔をしていた。

「それじゃあ、お邪魔しました……」

 伊東の反応はないけど仕方ない。お暇させてもらおう。

 やはり家まで押しかけるのはやりすぎだったか。鬼崎からも言われたが、何でもかんでも行動すればいいってわけじゃないからな。

 また月曜日にフォローを入れよう。うん、そうしよう。

「あたしも駅まで行く!」

「へ?」

「勘違いしないでよね! 紗希を迎えに行くついでだから!」

 そんなテンプレみたいなツンデレ台詞、最近だと創作でも目にしないぞ。

 まぁ、伊東の場合は本音を隠しているとかそういうことでもなくて、言葉にしたことが一字一句そのままの意味なんだろうけどな……。


 伊東家を後にして駅まで向かう。しかも、まさかのツーショットで。

「いいのか、僕と二人で」

「キモ! 自意識過剰すぎ! 別にアンタでも暇つぶしくらいにはなるでしょ!」

 やはり伊東の態度が軟化したとかそんなことはない。

 この場合は暇つぶし相手くらいには認識してもらえるようになったことを喜ぶべきなのかもしれないな。無視されるよりはマシってことで。

「はいはい、ごめんなさい。……その、なんだ。今日はありがと、な」

「――それに関してはこっちこそ急にごめん。食事は自分で作ってるっての、嘘なんでしょ? ママに気を遣って」

 伊東は申し訳なさそうな顔をしていた。

 どうやら、僕が空気を読んで嘘を言ったと勘違いしているらしい。

「いや、嘘じゃないって! ほら、晴子さんにも料理のレシピとか聞いてただろ、僕」

「え、あたしに取り入るためにママに媚びてただけなんじゃ?」

「純粋な好奇心だっての! お前の方が自意識過剰だろ!」

 そんな不本意なことを思われていたとは心外である。大体、それくらい器用な真似ができるならもっと人付き合いが上手くできているはずだ。

「だって、ご飯は普通作ってもらえるでしょ。親に————あっ……」

 顔に出てしまったのだろうか。伊東はハッとした表情になって、自分が思い至っていなかったであろう可能性に行き着いてしまう。

 あれだけ家族仲が良いとそんな発想も出てこないよな。

「そんな気にすることでもないんだけどな。晴子さんとかあからさまにこの手の話題を避けてたし。三年前に母親が死んで、父親は、なんだ……仕事が忙しいってだけで」

「ご、ごめん……っ!」

 そうだよな、こんな話を聞いたらみんなこういう反応をするよな。

 人外である天使ですらそうだったし。

「気にしないでくれ。むしろそんな事情があるからさ。伊東の家族と団欒できて、すごく楽しかった。本当にお世辞とかじゃなくてさ。ほら、伊東の家ってかなり仲良いだろ。それを見て、僕の家にもこんな時間があったなー、って温かい気持ちになったというか」

 だいぶ小っ恥ずかしいけど、これが素直な気持ちだった。

「それは、その……ありがとう」

 噛み締めるような優しい笑顔を浮かべ、伊東は柄にもなく感謝の言葉を口にする。

 その表情に不覚ながら見惚れてしまう。

 人が他者を想っている表情というのは、何故こんなにも美しいのだろうか。人間嫌いの僕でさえ、いや僕だからこそ、その尊さがありありと分かる。

「な、なんでそっちがお礼を言うんだよ。感謝するのは僕の方で……」

 思わず言葉を失いかけたが、なんとか二の句を絞り出して音にする。

「だって、家族のことを褒められるのは嬉しいから。あたし、家族のこと好きなんだ。最近はバイトが忙しいけど、家族全員でご飯を食べる時間だけは絶対に確保してるくらいだし」

「……学校でもそれくらい素直になれば、友達もできるんじゃないか?」

 真っ直ぐな言葉を受け止めきれず、捻くれた返しをしてしまう。

「うるさい! あぁ、こんなこと話すんじゃなかった!」

「そんな団欒の時間を邪魔して悪かったな……」

 僕にとっては貴重な時間だったが、伊東からすれば家族との時間を奪われた形になる。

 彼女が想像以上に家族を大事にしているという事実を知ってしまったことで、僕があの場にいたことがどれだけ場違いだったのかを理解した。

「べ、別に邪魔とは思ってないし! むしろ喋ってみると意外に――」

「え?」

 伊東はゴニョゴニョと口ごもる。

「な、なんでもない! いくわよ、今井!」

「ちょ、待てって!」

 伊東は突然不機嫌になってスタスタと先に行ってしまう。


 あれ、今井……?


 もしかして、初めてまともに名前を呼ばれたんじゃないか。

 その意味を考えている余裕もなく、僕は慌てて伊東の後を追いかけた。

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