第9話 出家

 ようやく落ち着いたサミーは私を家にあげてくれた。


 とはいえ、納得していなさそうな表情だ。


「なんで出家したか……聞いてもいいやつ?」


「パチンコしたいから」


「だよねー! 私も薄々そうなんじゃないかと思ったよこんちくしょう!」


 パチンコで出家


 こんな情けない王族が今までいただろうか。


 サミーも私を軽蔑するかもしれない。もう友達ではいてくれないかもしれない。それでも私は、ここに来た。


 そんな「かもしれない」を、壊してくれるのがサミーだから。


「んで? 財産はすべてアムテックス家に放棄して、宿もないから私の家に住ませてくれって?」


「う、うん。厚かましいお願いだけど……」


 サミーは他人を軽蔑するような女じゃない。そう思いつつも、やっぱり胸中には不安が募った。


 そんな私にサミーは飛びついて、そして抱きついてきた。


「いいよいいよ大歓迎! もう好きなだけ一緒に住もうね」


「サミー……」


 やっぱりサミーはこんなことで縁を切るような人ではなかった。


「でも大丈夫かな、私王女様を匿った罪で処刑されないかな? ってか出家ってそんな簡単にできるもんなの!?」


「そこは大丈夫よ。アムテックス家は内戦を防ぐために、王位継承権が4位より下の人たちはなるべく宮殿から追い出す傾向があるから。遅かれ早かれ、私は家を出ていたと思う。まぁ私財はほとんど持っていけたんだけどね」


 ただしこれも内戦を防ぐためにどっかの領主と婚約させられて、パチンコも無さそうな田舎に飛ばされる。そんな退屈な人生絶対に嫌だ。


「良かった〜国家反逆罪とかに問われたら私もうパチンコ打てなくなるところだったよ〜」


「え〜、そこなの?」


「冗談。メーシーと暮らせるのは嬉しいよ」


 ニシシ、とサミーは冗談っぽく笑った。しかしその後「あれ?」と思い出したかのように、


「パチンコ軍資金はどうするの? 私財全部置いてきちゃったんでしょ?」


「まだジャンフォギアで勝ったお金と、あと少しのお小遣いは持ってきたわ。ほら現金12万アムテックス」


「12万アムテックスか〜」


 大金だね〜なんて言われると思った。


 しかしサミーは顔を険しくして、


「こんなん運悪けりゃ3日で無くなるね!」


 末恐ろしいことを言ってきたのだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 12万アムテックスよ? 3万発よ? 無くなるわけないでしょ!?」


「無くなるんだよそれが。メーシーはまだパチンコの深淵を覗いてないだけ! パチンコ著名人なんか1週間で35万負けしてたよ」


 1週間で35万……!?


 もうそれ生きていけるの? 私ならパチンコ嫌いになりそう。


 やば、出家したの間違いだった?



 次第に後悔の念が募り始めた私に気がついたように、サミーが腰を据えて話し始めた。


「まぁでも……負けも勝ちも含めて、生きてるって感じがするよね。それがパチンコのいいところだと思う。悪いところでもあるけど笑」


 何わろてんねん、って感じだが。


「メーシーは今まで負けても『まぁ別に生活に影響ないし』って思ってたでしょ? でもこれからは生と死が隣り合わせのパチンコになるよ」


「……そ、それは」


 確かに私は王族だ。いやだった。


 だから負けても悔しいけど死にはしないし飢えもしない。


 でもこれからは、負けたら飢える。飢えたら死ぬんだ!


 不安に胸がいっぱいになった私の肩に、サミーが優しく手を乗せた。


「安心しなよメーシー。いい仕事紹介するからさ」


「い、いかがわしいのはダメよ!」


「私を何だと思ってるのさ。っていうかそういう店のこと知ってたんだ」


 ……薄汚い貴族たちが話しているのを耳にしたことがある。だから嫌悪感は強い。


「まぁ早い話、私と同じ職場で働こうよってこと。私もメーシーがいたら嬉しいし、良い職場だからさ」


「それってつまり、私も何だっけ、ふ、フリー……」


「フリーターね。そう、それになるの」


 私が定職に就かずにフリーター……


 いいのかな。そんな人生で。


「あ、フリーターは時間に縛られない働き方ができるからパチンコ打ち放題だよ」


「やる!」


「うおっ、反応早っ!」


「私フリーターになる! サミー、明日紹介して!」


「良いけど明日は私シフト入ってないからなぁ〜」


 サミーはふふんと鼻を鳴らした。


「とりま明日は、出家した勢いでパチンコしようぜ! まだ打ったことない機種いろいろあるからさぁ!」


「ッ! うん! まだまだ知らない台をたくさん打ちたい!」


「よし来た! このサミーちゃんに任せなさ〜い」





 ◆


 人には様々な生き方がある。


 どう生きるか、それは自由。


 だけど少し、通念のようなものがあり、それから外れることを人間は潜在的に恐怖を覚える。


 でも、もしかしたら勇気を持って一歩目を出したものだけが見える景色があるのかもしれない。


 オンボロアパートの一室で、ワイワイ騒ぐサミーの笑顔。


 少なくともメーシーは、王族の地位を捨てたことでそれを手に入れた。


 第一章 メーシー出家 完

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