第4話 サミーという女:前編

「ぷっ、はぁーー!」


 歩くと軋む床

 茶色のシミがいくつもある年季の入った壁

 ヒビの入った窓ガラス

 洗い物が溜められて少し異臭のする台所


 ここは異世界だ。宮殿で18年過ごしてきた私はそう思った。


 サミーは特に気にする様子もなく、酒の缶を開けて満足そうにグビグビ飲んでいた。


 私はというと、なんだか居心地が悪くて無意識に小さく座っていた。


「ほら食べなよメーシー。めしを食べなよメーシー」


「そんなくだらない事を思いついて、わざわざ言い直したの?」


「マジ顔で指摘されるとキッツいね〜、酒だ酒だぁ!」


 サミーはさらに酒をあおった。


 大丈夫か? と思うペースだが、顔が赤くなる様子はない。どうやら酒豪のようだ。


「まぁ冗談は置いといて、メーシーのタコ負けパーティを始めまーす」


 イェーイ! とサミーは勝手に盛り上がって勝手に私のパーティを始めた。


 パーティ? 缶の酒とジュース、茶色い揚げ物の惣菜が並べられただけのこれが、パーティ?


 生きる世界が違いすぎる。


「…………んで、メーシーはどこのお嬢様なの?」


 それはサミーも理解していたようで、目を細めて核心を突いてきた。


 隠していたつもりはない。だから打ち明けてしまえばいい。


 でも……もし私が王女だと知られて、サミーの態度が変わったら? この質素なパーティを切り上げて、宮殿に帰されたら?


 もう二度と、一緒にパチンコを打てないとしたら……


「大丈夫だよ、メーシー」


「ッ!?」


 サミーはすべてを見透かしているかのように、柔和に微笑んだ。


「メーシーが誰であろうと関係ない。私たちはタコ負けを経験した同士。友達でしょ?」


「とも……だち……」


 そんな風に、思っていたんだ。


 昨日たまたま出会っただけの人。

 パチンコ店のトイレだけ借りて出ようとした時、マナー違反と咎めた人。


 それがたったの48時間で、友達だと思ってくれている。


 私にとって人生初めての、友達だと……。


 私は膝の上で拳を握った。


「私は……私はメーシー・アムテックス。国王エンターライズ・アムテックスの第三女よ」


「へー、王女様……」


 サミーは滔々とそう呟いた。

 しかしその2秒後、



「ぶひゃっ、ひゃっ、王女様ぁ!?」



 あおった酒を噴き出して、顔を驚愕に染め上げた。


「本当に気がついていなかったんだ。私これでも国民認知度は高いと思ってたけど」


「いやいやいや、いやいやいやいやいやいや! だって王女様がパチ屋に来るなんて思わないじゃん!」


「パチンコ店では誰にも気が付かれなかった。私って人気ないんだね」


「そ、そんな事ないと思うよ! ってかパチンカスなんて全員政治に興味ないだけだから! 

『あー税金安くなんねーかなー、そしたら軍資金増えるのによー』って布団でケツ掻いている時間くらいしか政治に触れないから!」



「な、なんか生々しくて嫌なんだけどその話!」


 はぁ、はぁ、


 気がつけば私もサミーも息を切らしていた。


 そして、


「「ぷっ、あはははっ!」」


 同時に噴き出すように笑った。


「そっかー、私とんでもない人とパチンコ打ってたんだね」


「どうするつもり? 王女様にはパチンコ打たせられません、って止める?」


「まさか。何のために昨日引き止めたと思ってるのさ」


 引き止めた? どういうことだろう。


「何のためにって、トイレだけ借りるのはマナー違反だからじゃないの?」


 私の問いかけに、サミーはケラケラと笑った。


「パチ屋のトイレだけ借りて帰る人なんて掃いて捨てるほどいるって」


「はぁ!? それじゃあ何のために私に打たせたの?」


「えー恥ずかしい……」


「ちゃんと答えて!」


 私を王女とも知らず

 マナー違反な人間はたくさんいて

 それでも私だけは引き止めた


 そして、パチンコを打たせた。


 その理由を知らずにはいられない。


 サミーは恥ずかしそうに顔を赤く染め、クイっと缶の酒を飲み干した。




「…………メーシーの顔が私好みだったから」




「…………はっ?」


 顔……顔!?


 私は幼い頃から「可愛い」「美人」という称賛は浴びるほど受けてきた。


 だから自分の顔が整っている事、男性ウケがいいことは理解していた。


 だからってそれを武器にするようなことはしなかったし、悪用することもなかった。


 その自覚を胸にしまったまま、謙遜をし、生きていく。

 それだけだった。


 ただ、サミーが私を引き止め、隣でパチンコを打たせた理由が、


『顔』


 空いた口が塞がらなかった。



「ちょっと黙らないでよ! マジで恥ずかしいじゃん!」


「え、サミーってその……アレなの? 女性が好きなの?」


「いやっ考えたこともなかった。でもパチ屋に入ってきたメーシーを見て『うわこの女の顔めっちゃタイプ』って思った……ってあー! 恥を重ねてるぅぅ!」


 つまり同性愛者でもなく、ただ私の顔が好みだったと?


 何なんだ、このサミーという女は。


 退屈な人生とは真反対に生きているように見える、ちゃっかり者のサミー。


 今この瞬間は、パチンコ以上にサミーのことが気になり始めた。


 当初感じていた居心地の悪さは忘れ、どっしり座り直した私はサミーに問いかけた。


「ねえ、サミーのこともっと知りたいんだけど」


「ふぇっ?」


 サミーは赤面した。

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