第3話 徳淵美柑
その日、プログラミングの演習課題がなかなか完成せず、俺は居残りして仕上げていた。
完成して課題を提出し、ようやく帰れる。パソコンをシャットダウンし、荷物をまとめ、校舎の外に出る。雨が少し降っているようだ。そんな中、傘を差した誰かが居た。
「あ、萩原っち!」
俺をそう呼ぶやつは一人しか居ない。
「美柑か」
「そうだよ。久しぶり!」
徳渕美柑は、あの頃より少し大人っぽくなっていた。といっても背は小さいままだ。ただ、ギャルっぽかったファッションではない。茶髪の普通の女子大生といったところか。
「なんか大人しい格好になったな」
「まあ、そうかな。あの頃よりはね。萩原っちも少し変わったね。体も大きくなって、なんか大人になった感じするよ」
「そうかな。自分ではよく分からないけど……」
「雨も降ってるしカフェにでも行こうよ。どっかある?」
「そうだな……すぐそこにあるぞ」
実は学校の裏、すぐそばに隠れ家的なカフェがある。俺たちは2人でそのカフェに入った。
ここは本がたくさん置いてあるカフェで、コーヒーも凝っている。俺はときどきここに来ていた。
「へぇー、こんなおしゃれなカフェがあったんだ」
美柑も知らなかったようだ。
俺たちは向かい合って座った。コーヒーを2つ頼む。
「俺のことは植田から聞いたのか?」
「うん。この学校でこのぐらいの時間に終わるってグループLINEで言ってたから」
あいつ、そんなこと書いたらみんな来るじゃないか。そう思ったが、実際に今日来ているのは美柑だけだ。そんなものか。
「美柑はいつも優しいやつだったな」
「へぇ、萩原っちの中で私のイメージってそうなんだ」
「手紙にも書いてたろ」
「あー、あの手紙か。あれが読み上げられたとき、この世の終わりかと思うぐらいみんな泣いてたよ」
「そ、そうなのか……」
「有佐なんてもう……あ、ごめん。有佐の話はまずいよね」
「まあ、な……」
「まだダメなの?」
「そうらしい」
「そっか……変わんないな、萩原っちは」
「おいおい、俺が成長してないって?」
「ある意味そうかもね」
結局、俺は変わっていないのかもしれない。
話を変えるため、俺は植田から聞いたことを確認してみることにした。
「相良と別れたって本当か?」
「うん、そうなんだ」
信じたくなかったが、本当だったのか。
「……なんでだ?」
「私が愛想尽かされたって感じかな。知ってるでしょ、私のああいう感じ」
こいつは相良が居ないときには他の男にもちょっかい出してたからな。
「だけど、それは相良も分かってたことだろ」
「うん。でも、さすがにやりすぎちゃったみたいで。別れようって。だから反省して女子大に入ったんだ」
「反省したのに俺に会いに来ていいのか?」
「もう付き合ってないからいいんだよ」
「そうか……もう相良と連絡も取ってないのか?」
「ううん、毎日のように連絡してるよ」
「は? 別れたんだろ」
「うん。そうだけど大学卒業の時にまだお互いが好きなら付き合おうって言ってる」
「そうなのか……」
単純に「別れた」というのとは違う感じだな。
「うん。今日のこともミッチーには言ってるからね」
「よかった。俺が相良に怒られるのは嫌だからな」
「アハハ、大丈夫だって」
美柑は笑った。
「でも……会いに来てくれて、ありがとな。何か嬉しかったよ」
「そっか、よかった。でも、私は萩原っちにとって少し残酷なことを言いに来たんだよ」
残酷なこと。なんだろうか。有佐が誰かと付き合いだしたとかだろうか。
いや、結婚もあり得る。俺たちはもうそういうことができる年齢だ。
「有佐のことか?」
「うん。萩原っちは聞きたくないかもしれないけど、今、有佐は私と同じ大学で、一番の親友って感じだからね。だから言わないわけにはいかないんだ」
「そうか……俺は覚悟しているから言ってくれ」
「うん。じゃあ、言うね。有佐はね……」
誰かと付き合いだしたのか、それとも結婚か……。
「未だに萩原っちのことが好きだよ。ずっと、好きなんだよ」
俺が想像したこととは真逆のことだった。
……だが、確かにそれは俺にとっては残酷なことだった。
「奈保美はもう先に進んでいるのに、有佐はずっとあのときのままなんだ。だから、本当に苦しそうなんだよ」
「そうか……」
「お願い、どうにかしてあげてほしい」
「でも、俺には――」
「それができるのは萩原っちだけなんだから」
でも、俺にはどうしていいか、未だに分からないんだ。
それは美柑には情けなくて言えなかった。
「……やっぱり、美柑は優しいな」
「そんなこと言っても、私は口説けないからね」
「バカ、そんなつもりあるわけ無いだろ」
「アハハ。わかってるって。萩原っちは一途だもんね」
一途、か……。
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