3-2

 食事、シャワーを終え、自由時間に突入した。

 昨日まではこの段階でだいぶクタクタになっていたのだが、連日の重労働で体力がついたのかもしれないな。元気が有り余っている。怪我の功名ってやつだな。


「悪いな。わざわざ来てもらって」

「いや、いいんだ。それで……俺はいい返事はもらえるのかな?」


 ロブナードの表情からは、何を考えているかまでは察することができない。昼間の態度を見るに、俺に対してそこまで悪い感情を持っているとは思えないが……。


「お前に殴られて……分かったんだ」

「まぁ、いきなり殴ったのは申し訳なかったと思っているよ」

「いいんだ。殴られて当然のことをした。それにお前だって、殴ったことそれ自体は悪いと思ってないだろ?」

「まぁな」


 あの時、俺はロブナードが取った行動は許せなかった。

 会社的な例え方をするとロブナードは中間管理職。そしてデンバーやクレットは上司。そしてあの問い詰められていた少年は部下。

 部下のミスで上司に泥を塗ってしまった(服についた泥とかけてみた)。

 そこで謝るのは部下だけか? もちろん部下自身が謝罪することも必要だ。

 ただ、一番謝らなければいけないのは、場を納めなくてはいけないのは、少年の上司であるロブナードだろう。——部下の責任は上司の責任だ。


 なんのために上司という立場になったのかを考えろ。ただ年を食ったからか? 

 そんな理由ならそいつに部下を持つ資格など一切ない。

 上司は自分の達成すべき業務、それに加えて部下の業務達成を確認する……これが出来ると判断されそういった地位についているはずなのだ。

 指示や命令をして終わりではない。その結果や成果を確認して、初めて一つの仕事が終わったと判断されるのだ。

 あの時のロブナードは、少年一人の責任として、自分の管理責任などは一切考慮せずに保身に走った。俺はそれが許せなかったのだ。


「たしかにお前の言う通りだったよ。俺は囚人全員を不幸にしない、無意味に死なせない……そのために監督としてこの場を仕切っていたんだ。もう、昔の仲間のようにむごい死に方をするようなやつが出てこないようにって。けど、あのとき、俺は少年を助けようとしなかった。デンバーやクレットに対し『これは現場監督である私の責任です』の一言が言えなかった。結局のところ、囚人たちを不幸にしたくないのではなく、自分が不幸になりたくなかっただけだったんだと。……それが情けなくてさ」


 ロブナードは泣いていた。目を赤くして、鼻声になりながら、弱い自分を嘆いている。

 ふぅ、まったく男の涙なんてちっとも見たくない。誰得だよ。けど気がついたら、俺はロブナードのことを抱きしめていた。……こいつやっぱデケェな。


「それに気がつけたなら合格だろ。お前だけじゃない、みんな弱いさ。偉そうに言ってる俺だってな。大事なのは弱いことを認めた上で、立ち向かうことじゃないか?」

「ソーダ……」

「おいおい、俺に惚れちまうなよ?」

「……こんなことしといて、それはずるいぞ」


 ロブナードはスッと離れた。その目はまだ赤かったが、もう涙は流していなかった。


「まぁ、まずは友達からだな。そっから始めようぜ」


 俺はロブナードに手を差し伸べる。俺たちはまだお互いのことを知らなすぎる。あれこれ考えるのも、友達になってからで遅くないはずだ。

 ロブナードは差し伸べた手を握り返した。


「晴れて友達になったわけだし、俺のことはケータでいい」

「分かった。なら俺のこともゼインと」

「……でだ、ゼイン。脱出計画にお前はどう関わる?」

「いや……だから、それは今の握手で分かるだろ?」

「違う。今のは友達になるための握手だ。脱出を共に志すならそれは仲間だ。友達と仲間は俺の中では全く違うものだからな」


 友達は利害関係なく一緒に過ごしたいと思う存在。

 仲間は同じ目的を達成するための同志。全面的に信頼し合い、相手が危機的状況にあれば命がけでそれを助ける。一蓮托生。運命共同体だ。


「なかなか面倒なやつだな。おまえも」

「よく言われる」

「俺は、ケータ……お前と一緒にここから出る。さっきの話の続きになるが、俺は自分の情けなさをようやく自覚することができた。そして、改めて考え直したんだ。俺がどうしたいのか、何をしたいのか、どうしていきたいのか。情けない自分を覆い隠すための建前を取っ払った。そしたらさ、やっぱここから出たいなって思ったんだよ。もちろん、自由な日々を過ごしたいという思いもある。けど一番のところは自分を変えたいんだ。俺はこれまで仲間の死を言い訳に、行動しない理由を作ってきた。だけど、そんなんじゃ死んだ仲間が浮かばれない。だから、もっと誇れる自分になる……そう決めた」


 最初は冷めた野郎だと思っていたが……なかなか熱いじゃないか。知っての通り、俺は熱さだけでやってきた人間だからな。熱いやつは大歓迎だ。


「俺についてこい。ゼイン!」

「ありがとう。これからよろしく頼む」


 こうして正式にゼインが仲間になった。作ゼインの存在は大きい。この強制収容所から囚人全員を脱出させる計画において必要不可欠だ。

 だが、まだピースは足りない。全員で脱出するにはまだ…………。


「さっそくだが、三つほどお願いを頼まれてくれないか?」

「俺にできる事なら」

「一つは信頼できる囚人への声かけだ。脱出する旨を伝えてくれ。全員が脱出するとなれば誘導や指示出しの人間が複数人いないと厳しい。二つは俺の『コピー能力』で、ゼインの『索敵』をコピーさせてくれ。そして三つ目は————」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る