【短編】親友がくれた勇気と、僕が贈る未来

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親友がくれた勇気と、僕が贈る未来

 序章:灰色の日常と、差しのべられた手


 僕の名前は、水沢 悠(みずさわ ゆう)。中高一貫校の僕の学校生活は、モノクロの風景でしかなかった。教室の隅で、いつも誰にも話しかけられず、壁のように存在している。人見知りで、言葉が出てこない。何かを言おうとすれば、喉が詰まって息苦しくなる。それが僕だった。


 クラスの中心には、絶対的な「王」がいた。風間 翼(かざま つばさ)。彼は、自分が世界の中心だと本気で信じている男で、その周りには常に何人かの取り巻きが群がっていた。翼は、頭が良く、運動もできる。教師には愛想が良いが、僕のような人間には容赦なかった。


 僕がターゲットになったのは、些細なきっかけだったと思う。一度、教科書を落とした僕が、拾い上げるのに手間取っていた時、翼がわざと僕の足元に蹴り飛ばした。その時、僕は何も言えず、ただ顔を伏せていた。それ以来、僕の「人見知り」で「何も言えない」性格は、翼にとって格好の餌になった。


 教科書がなくなる。持ち物がゴミ箱に入れられる。僕の悪口が、SNSの裏アカウントで拡散される。そして、一番辛かったのは、クラス中の視線だった。僕を見る時の、嘲笑と軽蔑、そして「関わりたくない」という冷たい視線。誰も助けてくれない。僕は、教室という名の檻の中で、ただ時間をやり過ごすことしかできなかった。


 昼休み、僕はいつも屋上の隅で一人、弁当を食べていた。ここは、僕にとって唯一の安息の場所だった。空を見上げると、吸い込まれそうなほど青い。いつか、この空のように自由に、どこか遠くへ行けたら、と漠然と考えていた。


 そんなある日の昼休み、屋上の扉が突然開いた。僕はびくりと肩を震わせた。誰かが来たのか。見慣れない男子生徒が、眩しいくらいの笑顔で立っていた。


「よお!ここ、空いてるか?」


 僕の目の前に立つその男子生徒は、僕とは正反対の存在だった。明るい栗色の髪、人懐っこい笑顔、そして何よりも、澱みのない澄んだ瞳。僕は言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。


「あ、ごめんごめん、急に話しかけちゃってびっくりした?」


 彼は悪びれる様子もなく、人懐っこい笑顔で笑った。


「俺、今日からこのクラスになった、**天宮 陽太(あまみや ようた)**って言うんだ!よろしくな!」


 陽太は、僕の隣に当たり前のように腰を下ろし、持っていたパンを一口かじった。僕は、この得体のしれない明るさに、どう反応していいか分からなかった。ただ、今まで僕の隣に座る人間なんていなかったから、少しだけ心臓がうるさかった。


「お前、なんて名前?」


 陽太が僕の方を向いて尋ねる。僕は、喉が詰まりそうになるのを必死で抑え、蚊の鳴くような声で答えた。


「み、水沢……悠……」


「悠か!よろしくな、悠!」


 彼は僕の名前をすぐに覚え、当たり前のように呼んだ。その瞬間、僕のモノクロの日常に、鮮やかな色が、たった一色だけれど、ぽつりと落とされた気がした。


 陽太は、本当に僕とは正反対の人間だった。クラスの誰もが彼の明るさに惹きつけられ、あっという間に輪の中心になっていく。彼の周りにはいつも人が集まり、笑い声が絶えなかった。


 そんな陽太が、僕にだけは特別な態度で接した。僕が教室の隅で縮こまっていると、彼は当たり前のように話しかけてきた。


「悠、今日ここ分かんなかったんだけど、ちょっと教えてくれねぇ?」


 彼は、僕が話せるように、簡単な質問を振ってくれた。僕がどもりながらも答えれば、彼は「おお、さすが悠!すげーな!」と大袈裟に褒めてくれた。その褒め言葉は、僕にとって初めての温かい言葉だった。


 風間翼は、最初、僕と陽太の関係を面白がっていた。


「おい、水沢。まさか天宮と友達になったのか?お前みたいな陰気な奴と、天宮みたいな明るい奴が?笑えるな」


 翼は、ニヤニヤしながら僕を見ていた。しかし、陽太は臆することなく、翼の目を真っ直ぐに見返した。


「友達になるのに、明るいも陰気も関係ねーだろ?悠はいい奴だよ」


 陽太の言葉に、翼は少しだけ顔を歪めた。今まで自分の言うことに逆らう者などいなかったからだろう。その瞬間、僕は陽太が、翼の次の標的になるかもしれないと、漠然とした不安を覚えた。しかし、それ以上に、僕のために言ってくれた言葉が、心にじんわりと染み渡った。


 陽太が僕を庇うようになってから、翼のいじめは少しずつ変化していった。直接僕に手を出すことは減ったが、陰で陽太の悪口を言いふらしたり、彼が関わる企画を邪魔したりと、巧妙な嫌がらせが増えていった。


 陽太は、それでも変わらなかった。僕が心配して「無理しなくていい」と言うと、彼は明るく笑った。


「何言ってんだよ、悠。友達が困ってんのに、見てるだけなんてできねーだろ?」


 その言葉に、僕は何も言えなかった。陽太の優しさが、僕の心を温め、同時に罪悪感を募らせていった。彼の明るさが、僕を救ってくれている。しかし、その明るさが、彼を危険に晒している。



 第1章:事件の始まり

 季節は秋になり、文化祭の準備が本格化していた。僕たちのクラスは、劇をすることになっていた。陽太は、持ち前の明るさと行動力で、あっという間に劇のリーダーに選ばれた。僕は、裏方で道具係を手伝うことになった。陽太が「悠、細かい作業得意だろ?頼りにしてるぜ!」と言ってくれたからだ。


 文化祭の準備は順調に進んでいるかに見えた。しかし、風間翼はそんな状況を面白く思っていなかった。自分が中心ではない文化祭の準備に、苛立ちを覚えているようだった。


 ある日の放課後、僕と陽太は、体育館のステージ裏で、劇の小道具の最終チェックをしていた。二人きりになると、陽太は少しだけ表情を曇らせた。


「なあ、悠。最近さ、なんか俺の周りで変なこと起きてるんだよな」


 僕は首を傾げた。


「たとえば?」


「例えば、今日、体育館の鍵がなかったり、道具の材料が発注ミスで届かなかったり。どれも些細なことなんだけど、なんかこう、嫌がらせっぽいんだよな」


 僕は、すぐに風間翼の仕業だと直感した。僕がいじめられていた時の手口に似ていたからだ。しかし、陽太は誰かに恨まれるようなことをする人間じゃない。きっと、僕を庇ったことへの報復なのだろう。


「それって……」


 僕が言いかけた時、体育館の扉が勢いよく開いた。


「おい、天宮!」


 現れたのは、風間翼とその取り巻きたちだった。翼は、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべている。


「何だ、お前ら二人でコソコソと。劇の練習か?」


 陽太は、冷静に翼の方を向いた。


「翼。何か用か?」


「用があるから来たんだろ?この体育館、あんたらが使っていい時間、とっくに過ぎてんじゃねぇか?」


 翼の言葉に、陽太は眉をひそめた。


「は?そんなはずねぇ。俺、今日までって聞いてたぞ?」


「ああ?何言ってんだ?今日の午後は、バスケ部が使うことになってんだよ。校内掲示板にも書いてあったぜ?」


 僕は心臓が跳ね上がった。校内掲示板なんて見ていない。しかし、翼はいつも、証拠を残すのが巧みだった。きっと、どこかにバスケ部の使用許可が掲示されていたのだろう。


「そんな…!俺は知らなくて…」


 陽太が狼狽した時、翼は僕の方をちらりと見た。その目には、嘲笑と、何か企んでいるような光が宿っていた。


「おいおい、まさかとは思うが、この人見知りの水沢が、お前に変な情報流したんじゃねぇだろうな?」


 翼の言葉に、僕は体が固まった。また、僕のせいだ。僕が何も言えないのをいいことに、翼は僕を悪者に仕立て上げようとしている。


「悠は関係ねぇ!」


 陽太が僕を庇うように一歩前に出る。翼は、その反応を見て、さらに意地の悪い笑みを深めた。


「そうかよ。じゃあ、お前が責任取れよ、天宮」


 翼は、僕が作っていた劇の小道具に目を向けた。それは、劇のクライマックスで使う、手作りの大きな花だった。僕が、陽太の「すごい!」という言葉を励みに、夜遅くまでかけて作った、大切な小道具だった。


 翼は、その花を手に取り、無造作に地面に投げつけた。そして、それを足で踏み潰そうとした。


「やめろ!」


 陽太が叫んだ。その時、僕は体が動いた。


「やめてくれ…!」


 僕は、翼と花の間に割って入った。翼の足が、僕の目の前で止まる。翼は、驚いたように目を見開いた。いつも何も言わず、されるがままだった僕が、初めて声を上げたからだろう。


「おいおい、水沢。まさか、そんなゴミのために、俺に逆らうのか?」


 翼は、嘲笑うように言った。その言葉は、僕が作った花をゴミ扱いするだけでなく、僕の存在そのものを否定するようだった。


 その時、陽太が僕の腕を掴み、背後に押しやった。


「悠は関係ねぇ!これは俺が作ったもんだ。俺の責任だ。だから、俺にしろ!」


 陽太は、そう言い放ち、翼の前に仁王立ちになった。翼は、陽太の目を見て、ニヤリと笑った。


「へぇ、そこまで言うか。いいぜ、天宮。そこまで友達を庇うなら、責任取ってもらうぜ?」


 翼の冷酷な言葉が、体育館に響き渡る。その瞬間、僕は理解した。いじめの標的が、僕から陽太へと移ったのだ。


 僕の心臓は、激しく鼓動を打っていた。今まで僕を守ってくれていた陽太が、今度は僕と同じ、あるいはそれ以上の苦しみを味わうかもしれない。僕のせいで、陽太が……。


 翼は、満足そうに笑い、取り巻きたちを連れて体育館を出て行った。残されたのは、僕と陽太、そして踏みつけられた花だった。


「陽太……」


 僕は震える声で、親友の名前を呼んだ。陽太は、僕の方を振り返り、いつものように明るく笑った。


「なんだよ、悠。大丈夫だって。こんなの、俺にとっては全然痛くねぇよ」


 陽太は、そう言って踏みつけられた花を拾い上げた。花は無残にも潰れ、僕の心も同じように潰れそうだった。


「ごめん……ごめん、陽太……僕のせいで……」


 僕は、謝ることしかできなかった。陽太は、僕の肩をポンと叩いた。


「お前のせいじゃねぇよ。悪いのはあいつらだ。それに、俺は平気だ。悠は、俺が守るからな」


 陽太のその言葉は、僕にとって温かい光だった。しかし、同時に、僕の心には、重い鉛がのしかかっていた。陽太が僕を守ってくれる。その言葉は、僕を安心させる半面、彼の優しさが、彼を危険に晒すことに繋がっている。



 第2章:親友の犠牲と、僕の葛藤


 「ある事件」から、翼のいじめの標的は完全に陽太に移った。翼は、陽太の明るさや人望を逆手に取り、陰湿な嫌がらせを仕掛けてきた。


 まず、文化祭の劇のリーダーから、陽太は不当な理由で外された。翼が根回しをし、教師もそれに同調せざるを得ない状況を作り出したのだ。陽太は悔しそうだったが、それでも「劇が成功すればいい」と笑っていた。


 次に、陽太のクラスでの立場が徐々に孤立していった。翼は、陽太の「友達のために働く」という性質を利用した。例えば、陽太に面倒な仕事を押し付け、それを失敗したかのように見せかけ、周りから「あいつ、口ばっかだな」と思わせるように仕向けた。陽太は、それでも笑顔で、文句一つ言わずにそれらの仕事をこなそうとした。


 僕だけは、陽太の異変に気づいていた。いつも明るかった陽太の笑顔が、時折、少しだけ陰る瞬間があることに。放課後、クラスメイトがいなくなった教室で、陽太が机に突っ伏して、誰にも聞こえないようなため息をついている姿を見たこともあった。


 僕は、陽太を助けたかった。でも、どうすればいいのか分からなかった。翼に立ち向かう勇気もない。誰かに相談しようにも、言葉が出てこない。僕は、自分の無力さに絶望していた。


 ある日、陽太は体育の授業で、翼によって足を怪我させられた。故意ではないように見せかけた、巧妙なやり方だった。陽太はそれでも「大丈夫、擦りむいただけだから」と笑っていたが、足を引きずって歩く姿は、僕の心を締め付けた。


「陽太……」


 放課後、僕と陽太が並んで下校している時、僕は意を決して彼に声をかけた。


「もう……やめようよ」


 陽太は、僕の方を振り向いた。


「何を?」


「僕のために……陽太が、こんな風になるのは……」


 僕は、絞り出すように言った。陽太は、少し困ったように笑った。


「悠のせいじゃないって言ったろ?それに、俺は平気だよ」


「平気じゃないだろ!足、痛いんだろ?劇のリーダーも外されて、皆、陽太のこと変な目で見てるじゃないか!」


 僕は、初めて陽太に、自分の思ったことをぶらまけた。陽太は、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい顔で僕を見つめた。


「悠……ありがとう。心配してくれて」


 陽太は、僕の頭を優しく撫でた。


「でもな、悠。俺は、悠が傷つけられるのを見過ごせないんだ。悠は、俺にとって大切な友達だから」


 陽太の言葉は、温かかった。しかし、それは同時に、僕が陽太の優しさに甘えているだけだという事実を突きつけた。彼は僕を守ってくれる。でも、僕は彼のために何もできていない。


 その夜、僕は眠れなかった。陽太の笑顔と、彼が足をひきずって歩く姿が、交互に頭をよぎる。このままではいけない。僕が、陽太を助けなければ。


 でも、どうすれば?僕に何ができる?僕は、人見知りで、臆病で、何もできない人間だ。


 その時、僕の脳裏に、あの日の体育館で翼が踏みつけた、僕が作った花の姿が蘇った。あの花は、僕が陽太のために、初めて一生懸命作ったものだった。そして、陽太は、その花を守るために、翼の標的になった。


 僕が作ったものは、ゴミじゃない。僕の存在も、ゴミじゃない。陽太が、そう教えてくれた。


「僕の……友達は……道具じゃない……!」


 僕は、静かに、しかし強く、心の中で繰り返した。そして、ある決意を固めた。


 第3章:決意と、一騎打ち


 翌日、僕は学校に行った。いつもより少しだけ、背筋を伸ばして。

 陽太は、いつもと変わらない明るさで僕に接してくれた。しかし、彼の目に、疲労の色が浮かんでいるのを、僕は見逃さなかった。


 昼休み、僕は陽太に声をかけた。


「陽太、少し、話があるんだ」


 陽太は、少し驚いた顔をした。僕が自分から誰かに話しかけることなど、めったにないからだろう。


「ん?なんだよ、悠。珍しいな」


「体育館に行こう。二人きりで話したいことがある」


 陽太は、僕の真剣な表情を見て、何も言わずに頷いた。


 体育館は、いつも昼休みには賑わっているが、今日は誰もいなかった。僕は、あの日のようにステージ裏の暗い場所へ向かった。陽太は、僕の隣に立ち、静かに僕の言葉を待っていた。


「陽太……もう、僕を庇わなくていい」


 僕の口から出た言葉は、震えていた。しかし、一度言葉に出せば、少しだけ楽になった。


「何を言ってるんだよ、悠」


 陽太は、困惑したように言った。


「陽太が、僕のために、こんな風になるのは……もう、嫌なんだ」


 僕は、陽太の方を向いた。


「僕が……僕が、翼を止める」


 陽太は、目を見開いた。そして、すぐに僕の腕を掴んだ。


「悠!何言ってるんだよ!お前が翼に敵うわけないだろ!またお前が標的になったらどうするんだ!」


「それでも……それでもいいんだ!」


 僕は、生まれて初めて、陽太に大声を出した。


「陽太が苦しんでるのを見るのは……もっと辛いんだ!」


 僕の目には、涙が滲んでいた。陽太は、僕のその言葉に、何も言えなくなった。


「ごめん……陽太。僕、ずっと陽太に守られてばかりで……何もできなかった。でも、もう嫌なんだ。僕が、陽太を守りたいんだ」


 僕は、陽太の手を振りほどき、体育館の扉の方へ向かった。


「待てよ、悠!」


 陽太の声が背後から聞こえたが、僕は足を止めなかった。


 僕は、風間翼を探した。彼は、いつも昼休みには、取り巻きたちと中庭のベンチでたむろしている。僕は、勇気を振り絞って、中庭へ向かった。


 中庭には、いつものように翼と取り巻きたちがいた。僕の姿を見た翼は、ニヤリと笑った。


「おや、水沢。どうした?まさか、天宮を庇いに行ったと思ったら、やっぱり陰気な奴は陰気なままだって、泣き言でも言いに来たのか?」


 取り巻きたちが、ドッと笑った。僕は、心臓が激しく鼓動を打つ。足がすくみ、喉が乾く。いつもの僕なら、ここで逃げ出していただろう。


 しかし、僕の脳裏には、陽太が僕のために、いじめの標的になった時の光景が鮮明に浮かんでいた。彼が、僕の作った花を守ろうとして、そして傷ついた足を引きずっていた姿。


「風間……翼……」


 僕は、震える声で、彼の名前を呼んだ。翼は、面白そうに僕を見つめている。


「なんだ、水沢。ついに喋ることを覚えたのか?いいぜ、せっかくだから、俺を楽しませてみろよ」


 取り巻きたちが、さらに大きな声で笑った。僕の体は震えていたが、陽太のために、今だけは強くならなければならなかった。


 僕は、大きく息を吸い込んだ。そして、今まで誰にも言えなかった、心の中の叫びを、全て込めて、風間翼に向かって放った。


「僕の友達は、道具じゃない!」


 僕の声は、震えていたけれど、中庭に響き渡った。その言葉に、風間翼と取り巻きたちは、笑いをぴたりと止めた。


 翼は、驚いたように目を見開いた。そして、すぐに顔を怒りで歪めた。


「なんだと……お前、この俺に、指図する気か!?たかが陰気なゴミが!」


 翼は、立ち上がると僕に詰め寄ってきた。僕は、恐怖で体が固まったが、それでも目を逸らさなかった。


「陽太は……陽太は、君の思い通りになる道具じゃない!彼は、僕にとって大切な親友なんだ!」


 僕は、必死に言葉を紡いだ。翼の目には、侮蔑と、そして少しの動揺が見えた。


「フン。友達?お前みたいな奴に、友達なんていんのかよ。それに、天宮は俺がどうしようと勝手だ。俺がそうしたいんだから、俺がルールだ」


 翼は、僕の肩を掴み、強く揺さぶった。僕は、よろめいたが、それでも踏ん張った。


「君は……何もわかってない……!」


 僕は、絞り出すように言った。


「陽太は、僕を助けるために、君の標的になったんだ。僕を……守るために!」


 僕の言葉に、翼の表情が少しだけ曇った。そして、その時、中庭の入り口から、何人かの生徒たちが様子を伺っているのが見えた。普段は関わりたがらない生徒たちだ。僕の声が、彼らを引き寄せたのだろうか。


「彼は……誰かを助けるために、自分を犠牲にできる人間なんだ!君とは……違う!」


 僕は、感情をむき出しにして叫んだ。翼は、さらに顔を歪めた。彼のプライドが、僕の言葉によって傷つけられているのが分かった。


「黙れ!お前みたいな奴に、俺の何が分かるんだ!?」


 翼は、怒鳴りつけた。その時、後ろから、陽太の声が聞こえた。


「翼!やめろ!」


 陽太が、息を切らしながら中庭に駆け込んできた。彼は、僕の前に立ち、翼と僕の間に入った。


「悠、お前……どうして……」


 陽太は、僕の姿を見て、驚きと、そして悲しそうな表情を浮かべた。僕が、彼の苦しみを終わらせるために、自分から翼に立ち向かったことに、心を痛めているようだった。


「陽太……もう、大丈夫だ」


 僕は、陽太の背中越しに、翼を睨みつけた。翼は、陽太の登場に、一瞬ひるんだが、すぐに冷笑を浮かべた。


「おやおや、ヒーロー様のお出ましか。いいぜ、天宮。お前がそのゴミを守るって言うなら、とことん付き合ってやるよ」


 翼は、そう言って、陽太の方に一歩踏み出した。その時、陽太が僕の腕を掴んだ。


「悠、下がってろ!」


 陽太は、僕を庇おうとした。しかし、僕はその手を強く振りほどいた。


「嫌だ!」


 僕は、陽太の隣に並び立ち、再び翼に向き合った。


「僕が……僕が、決着をつける!」


 陽太は、僕の決意に満ちた瞳を見て、何も言えなくなった。


 翼は、僕たちの様子を嘲笑うように見ていた。


「へぇ、まさかお前らが二人揃って俺に逆らうとはな。いい度胸だ。だが、お前らみたいな奴らが、俺に勝てるわけねぇだろうが!」


 翼は、そう言って、ゆっくりと僕たちに近づいてきた。


 第4章:崩壊と、新たな光


 翼が僕たちに迫る中、僕は恐怖で足がすくみそうになった。しかし、隣には陽太がいる。彼が、僕を信じてくれている。その思いが、僕の心を支えていた。


「風間翼!」


 僕は、震える声で叫んだ。


「君は、誰かをいじめることでしか、自分の存在を証明できないのか!?」


 僕の言葉に、翼の顔から笑みが消えた。彼は、僕の胸ぐらを掴んだ。


「うるせぇ!お前みたいな陰気な奴に、俺の何が分かるんだよ!」


 翼は、怒りに任せて僕を殴ろうとした。その時、陽太が翼の腕を掴んだ。


「やめろ、翼!」


 陽太の声には、いつもの明るさはなく、静かで、しかし確かな怒りが宿っていた。翼は、陽太のその視線に、一瞬ひるんだ。


「あ、天宮……お前まで……」


「俺は、悠が傷つけられるのを見過ごせない。お前がやってることは、いじめだ。そんなことをして、何になるんだ?」


 陽太は、翼を真っ直ぐに見つめて言った。取り巻きたちは、二人の間に漂う異様な空気に、何も言えず立ち尽くしている。


 翼は、陽太の言葉に激しく動揺した。彼が最も恐れていたのは、自分の支配が崩れることだ。陽太のような人気者が、自分に逆らう。そして、僕のような存在が、臆することなく自分に立ち向かう。それは、彼の世界を揺るがす出来事だった。


「うるせぇ!俺は……俺は、ただ……」


 翼は、言葉に詰まった。彼は、自分の行動の理由を、誰かに説明したことなどなかったのだろう。常に自分が正しく、自分のしたいことをするだけだったから。


 その時、一人の教師が中庭に駆け込んできた。生徒たちの様子がおかしいことに気づいたのだろう。


「何をしているんだ、お前たち!」


 教師の登場に、翼は顔色を変えた。彼は、教師の前では常に優等生を演じていたからだ。


 教師が僕たちの元に歩み寄る中、僕は最後の力を振り絞って、翼に向かって言葉を放った。


「いじめは、君の弱さの表れだ!君が、誰かを支配することでしか、安心できないからだ!」


 僕の言葉は、翼の心に突き刺さったようだった。彼は、僕の胸ぐらを掴んだ手を離し、顔を真っ赤にして僕を睨みつけた。


「水沢……てめぇ……!」


 翼は、僕を殴ろうと手を振り上げた。しかし、その手は、僕に届くことはなかった。陽太が、翼の腕を強く掴んだからだ。


「もう、やめろ、翼!」


 陽太の強い言葉と、教師の視線に、翼は完全に萎縮した。彼は、悔しそうに顔を歪め、何も言わずに取り巻きたちを連れて中庭から走り去った。


 僕と陽太は、その場に崩れ落ちた。僕は、息が切れて、しばらくの間、何もできなかった。教師が駆け寄り、僕たちの様子を心配そうに見ていた。


「水沢君、天宮君、大丈夫か!?」


 僕は、大きく息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げた。陽太が、僕の隣で、疲労困憊の表情で座り込んでいる。


「陽太……」


 僕は、震える手で、陽太の肩に触れた。陽太は、僕の方を振り返り、力なく笑った。


「悠……お前……すげぇよ……」


 陽太の言葉に、僕の目から涙が溢れ出した。ずっと言いたかった言葉が、やっと言えた。そして、陽太のために、初めて勇気を出すことができた。


 僕たちは、教師に連れられて職員室へ向かった。そして、これまで翼がしてきたこと、陽太が僕を庇って標的になったこと、そして今日の出来事を、全て話した。僕は、どもりながらも、一生懸命に言葉を紡いだ。陽太が、僕の言葉を補足し、支えてくれた。


 終章:友情の証と、輝く未来


 風間翼への処罰は、厳しいものだった。彼は、停学処分となり、その後、学校を去ることになった。彼の取り巻きたちも、反省を促され、いじめは完全に終息した。


 学校の空気は、少しずつ変化していった。いじめがなくなっただけでなく、僕のように人見知りだった生徒も、少しずつクラスに溶け込めるようになった。


 僕と陽太の友情は、より一層深まった。陽太は、僕のために大きな犠牲を払った。そして、僕は、陽太を救うために、初めて自分を変えることができた。僕たちは、互いに支え合い、困難を乗り越えた。


 ある日の放課後、僕と陽太は、いつもの屋上で空を見上げていた。


「なあ、悠」


 陽太が、僕に話しかけた。


「あの時、お前が俺のために立ち上がってくれた時、本当に嬉しかった。正直、もう限界だと思ってたから」


 陽太は、そう言って、少しだけはにかんだ。


「僕だって……陽太が苦しんでるのを見るのは……辛かったから」


 僕は、素直な気持ちを伝えた。もう、言葉が出てこなくなることはなかった。


「お前は、本当に変わったな、悠。あの時の、お前の一言……『僕の友達は、道具じゃない!』ってやつ。あれ、マジでかっこよかったぜ」


 陽太は、笑いながら僕の肩を叩いた。僕は、少しだけ照れた。


「陽太が……僕を助けてくれたからだ」


 僕たちは、しばらくの間、静かに空を見上げていた。夕焼けに染まる空は、あの日のモノクロの空とは全く違う、鮮やかな色をしていた。


 僕たちの友情は、決して平坦な道ではなかった。困難を乗り越え、互いのために犠牲を払ったからこそ、より強く、深い絆で結ばれた。


 僕は、陽太に出会えて本当に良かったと思う。彼は、僕にとっての光だった。そして、僕も、彼にとって、少しでも力になれる存在になれただろうか。


 僕たちの物語は、まだ始まったばかりだ。これからも、色々なことがあるだろう。でも、僕には陽太がいる。陽太には僕がいる。この友情があれば、どんな困難も乗り越えられる。そう、確信できた。


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こんにちは。ドラヤキとりんごです。


この物語を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。


この小説は、人見知りで臆病だった一人の少年が、たった一人の親友のために、自分を変え、困難に立ち向かっていく姿を描きました。友情とは、時に温かく、時に厳しく、そして何よりも、私たちに大きな勇気を与えてくれるものだと信じています。


主人公の悠と、彼を照らす光のような親友の陽太。二人の間に育まれた絆が、皆さんの心に何か温かいもの、あるいは前に進むための小さな勇気を届けられたなら、これほど嬉しいことはありません。


皆さんの日常にも、きっと心から大切だと思える「友達」がいるはずです。この物語が、そんな大切な人との絆を改めて感じ、感謝するきっかけとなれば幸いです。


これからも、心に残る物語を届けられるよう、精一杯書いていきたいと思います。


ありがとうございました。

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