第3話
「うわあぁぁん! 痛いよおぉ!」
午前中の忙しさが落ち着き始めた頃、子供の大きな泣き声が診療所内に響いた。
午前中来院した患者分のカルテを整理していたレイスティーはその声に受付カウンターの向こうを覗き込んだ。
小さな男の子を抱えてた男性が飛び込んできたのだ。
そして抱えられている男の子を見てレイスティーはぎょっとする。
「ラント⁉ ちょっと、どうしたの⁉」
ラントはこの診療所の前の道を真っすぐ山の方に進んで行くと小さな山小屋があり、そこで林業をしている家の子供だ。
「ゴートンさん、何があったんですか⁉」
顔が血だらけだ。
正確には出血は顔じゃなく、タオルで押さえられた額である。
「目を離した隙に切り株で頭を切ってしまって……」
どうやら切り株に登って遊んでいたラントが足を滑らせて怪我をしたらしい。
レイスティーは待合室の椅子に座るよう促し、自分もカウンターから出て急いで駆け寄り、血で染まったタオルを外す。
左の眉上が二センチほどパックリと裂けており、肉が見えていてかなり痛そうだ。
出血は多いが深い傷じゃない。
それでもレイスティーには完全に治すことは難しい。
それでもできることはある。
「ちちんぷいぷいの~ぷいっ!」
レイスティーは目の前に晒された血だらけの小さな膝小僧に向かってお決まりの呪いを唱える。
なるべく明るい声で、だ。
すると苦悶に満ちたラントの表情が少しだけ和らぐ。
「……治ったの?」
相当、痛かったのだろう。
急に消えた痛みにラント首を傾げる。
「まだなのよ。少し痛みを抑えただけだから、これから先生に診てもらうね」
下手に自分が処置するよりも伯父に任せた方が良い。
自分にできるのは鎮静作用のある術式で疼痛を紛らわすことぐらいだが、小さな子供には効いたようだ。
泣き止んだ我が子を見て、ゴートンもほっとしている。
「すぐに準備するので、お待ちください」
レイスティーは伝えて一度診療室に戻り、ユハンに容態を伝える。
親子はすぐに診療室に呼ばれ診察を受けた。
薬品独特の匂いが漂う診察室に男の子の表情が一瞬、恐怖に染まる。
「大丈夫! うちの先生はとっても優しいんだから! すぐに終わるよ!」
レイスティーが側で励まし、ラントは硬い表情のままだが、泣かずにユハンと向き合うように椅子に座った。
「偉い! これはこれは……痛かっただろうに。よく頑張ったねぇ」
穏やかな口調でユハンは男の子の前髪を払い、傷の具合を確認する。
「ふむ。ゴートンさん、傷は小さいけど出血が多い。子供は傷の治りも早いんだけど感染症を起こす危険も高いからこのまま治癒術で治すけど良いかな?」
診療所の経営もタダではできない。
魔法治療は普通の処置よりもちょっとだけ料金が高い。
ほんのちょっとだけだけどね。
本当ならもっと貰ってもいいくらいだが、『優しい町のお医者さん』で通っている伯父は患者から大金を取るようなことは絶対にしないのが伯父のポリシーだ。
大した処置じゃないのに大金を巻き上げる医者も世の中にはいるが、伯父は『医療は誰もが平等に受けることができるものでなければならない』と常に言っている。
お金がないから治療が受けられない患者がいなくなる世の中になって欲しいと心から願う立派な医者だ。
「はい! お願いします!」
少し治療費が割増しになることを父親が了承し、ほどなくして男の子の傷は完治した。
痕もなく、どこを怪我したのか全く分からないほど綺麗に治っている。
お会計を済ませたゴートンはユハンとレイスティーに向かって何度も頭を下げた。
「先生、お姉ちゃん、ありがとう!」
来院した時はパワフルな泣き声を響かせていたラントは今度は元気に手を振って診療所を出て行った。
受付カウンターから親子が帰る姿を見送り、レイスティーは息をついた。
「お疲れ様でした」
「あぁ、レティもお疲れ」
「子供って元気ですね」
ニコニコと笑顔で手を振る男の子を思い出し、レイスティーは微笑む。
「良いもんだろう? 人から頼られて、感謝されるっていうのは。医者ぐらいじゃないか? お金をもらって感謝もされる得な仕事って」
「そうかもしれない」
実際にはもっと他にもあると思うが、言わんとしていることは察した。
診療所勤めはレイスティーに合っていると思う。
忙しいけど、町の人と向き合い、感謝されるのは気持ちが良い。
やりがいを充分に感じられる仕事だ。
「レティが戻って来てくれたおかげで助かってるよ。町のみんなも……特に年配の人は若い話し相手が大好きだからね」
診療待ちの間に少しだけするたわいもない会話を楽しみ来てくれる人もいる。
忙しい時は難しいが、時間に余裕ある時はなるべく付き合うことにしている。
レイスティーも楽しいし、患者さんも最後はニコニコとして帰っていく。
一人暮らしのお年寄りもいるので、そういった人達はここで誰かと会話をすることで孤立を防ぐこともできる。
地域に根付いた医療を掲げる我が診療所にとっては患者とのコミュニケーションも大切なことなのだ。
「さて、我々もお昼を食べて休憩しよう。午後に備えなくてはね」
「そうね」
一時間ほど前に仕事を上がったヒュートが食事の準備をしてくれているはずだ。
漂ってくる香りから推測するに今日の昼食はトマトのパスタとサラダとみた。
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