139話 ルヴィアの失踪
その夜、ジグルズの剣が封印されていた洞窟から戻った後、ボクたちはひとまずリリィの屋敷のとある一室に集まっていた。
「……」
部屋の中の空気は重い。
誰もが暗い表情で口を閉ざしている。
部屋の中の扉が開かれた。入ってきたのはリリィだ。
「リリィ、ルヴィアさんの様子は?」
「今のところ特に変わった様子はないわ。けど、前に比べて明らかに顔色が悪くなってる……」
「やっぱりスカーレットがルヴィアさんを弱らせて……」
スカーレットは唯一の対抗策であるジグルズの剣を破壊したことを宣言し、ルヴィアさんを弱らせて乗っ取るつもりだと宣言した。
「お姉様は強いから少し弱らせた程度でそう簡単には身体を乗っ取ることはできないわ。だから完全に乗っ取られるまではまだ時間があるはず……きっと」
リリィはそう言いながら顔に暗い影を落とす。
「ねえカナタ、ジグルズの剣の修復は……?」
ボクは静かに首を横に振る。
「調査チームの人に頼んでみたけど、不可能やって」
「でも、刀身は全部残ってるんだよね? それなら剣を打ち直せば……」
「いや、ジグルズの剣にかけられてた特殊なまじないが完全に破壊されてもうてる。今打ち直してもただの剣が作り上がるだけ、らしい」
百狐夜行の中でも色々と詳しい子に頼んでみたけど、修復の可能性はゼロとのこと。
ボクがそう答えると、再び沈黙が落ちる。
確認するようにリリィが訊ねてくる。
「ねえカナタ、本当にジグルズの剣以外でスカーレットをお姉様から祓う方法はないの?」
「ないな。スカーレットは世界の裏側に隠れとる。そんな相手を祓う方法は……少なくともボクは知らん」
「セレーネ、固有魔法なら祓える?」
セレーネは静かに首を振る。
「私の力じゃ、体力を回復するくらいしかできないよ。それも心の方は治せないし……」
体力は回復できても、精神はスカーレットに蝕まれ続けている。
このままいけば、結局待っているのはスカーレットの乗っ取りだ。
「じゃあ、このままお姉様が乗っ取られるのをただ見てるしかないの……?」
リリィが悔しそうに拳を握りしめる。
その気持はよく分かる。
突然、扉が激しくノックされる。
返事を待たずにメイドが入ってきた。
「リリィ様、無礼をお許しください。ですが、ルヴィア様が……」
「お姉様……!? お姉様に一体何があったの?」
ルヴィアの名前が出てきたことに、リリィが目の色を変える。
顔が蒼白になっているメイドはリリィに告げる。
「ルヴィア様が……ルヴィア様が失踪しました!」
「なんですって!?」
「リリィちゃん!」
リリィが部屋から飛び出す。
ボクらもその後に続いた。
リリィは一直線にルヴィアの部屋へと駆けつけ、扉を開く。
「……いない」
ルヴィアはベッドの上から、忽然と姿を消していた。
窓が開かれ、カーテンが揺れている。
「さっきまで寝てたはずなのに……!」
「どうしてルヴィアさんがいなくなったのか分かりますか?」
フレイヤが遅れてやってきたメイドに訊ねる。
「わ、わかりません。気がついたらいなくなっていて……さっきまではベッドでお休みになられていたんです」
「とりあえず、屋敷の中にいないかどうか探しましょう。庭園も含めて捜索をお願いします」
「はっ、はい!」
予想外の事態にも冷静だったフレイヤがメイドに指示を飛ばす。
すぐにメイドは走ってフレイヤの指示を伝えに行った。
「なんで……お姉様……」
急にルヴィアが失踪したことに酷く動揺しているリリィは、空いているベッドを見て呆然と呟く。
そのとき破裂音が響いた。
リリィが肩を震わせて音の方向を見る。
「カナタ……」
音の正体はボクが両手を叩いた音だった。
「さて、このままグズグズしてても始まらんし、なんで急にルヴィアさんがいなくなったのかを考えよか」
「まさか魔王機関の手下が攫った……!?」
「いや、それはないと思うで」
ボクは部屋の中を観察する。
「部屋の中の痕跡から見るに争った痕跡はない。ルヴィアさんなら侵入者に気づかへんはずもないし、万が一連れ去られるとしたら、何らかの痕跡を残していくはずや」
「そうだね。私もカナタくんの言う通りだと思う」
「なら、ルヴィアさんは自分で窓から出ていったってこと?」
「最悪の可能性として、ルヴィアさんの身体がスカーレットによって乗っ取られた、という可能性はありませんか?」
フレイヤが挙手して言う。
「それやったら、今頃ここらへんは火の海になってると思うで」
「それもそうですね。スカーレットの性格上、復活した瞬間に暴れるでしょうし。となると残る可能性は……」
「お姉様が……自分で出ていった? でもどうしてそんなこと……」
リリィが困惑顔で言った。
「今は出ていった理由よりも、どこに行ったかを考える方がええな。レオ、どこに行ったか分かる?」
「えっ、ぼく? ごめん、ぼくには分からないよ。期待に答えられなくてごめんね」
「いやいや、ええんやで」
と、答えながらも、ボクは内心で苦い顔をしていた。
まずいな……このままじゃバッドエンド突入や。
なぜならルヴィアがひとりで失踪したルートの場合、レオが居場所を突き止められなければそのままバッドエンドに突入してしまうからだ。
スカーレットは復活し、ルヴィアは死亡。そして王都は火の海に包まれる。
(くっ、もっとレオとルヴィアの関わりを作っておけば……!)
だが今更後悔しても遅い。
ボクらに出来るのは、ルヴィアを探すことだけだ。
「とりあえず、ボクらで手分けして探そう。みんな、ルヴィアさんがどこに行ったかの心当たりはある?」
リリィ以外は首を振る。
まあ、それもそうか。ルヴィアとちゃんと関わっていたのって、リリィとボクくらいやし…………ん?
ボクの中に生まれたモヤモヤが言語化される前に、フレイヤの言葉で現実に引き戻された。
「そういうことであれば、各自でルヴィアさんのいそうなところを探すというのはどうでしょうか? 王都は広いとは言え、まだ遠くへは行っていないはずです」
「せやな。それがええと思う。リリィもそれでいい?」
「……わかった。手分けしてお姉様を探しましょう。みんな……ありがとう」
照れながらお礼を述べるリリィに、みんながクスリと笑う。
「これくらいお安い御用だよ!」
「私もリリィちゃんが困ってるんだから、友達として無視することなんてできないよ」
「私はカナタさんの点数を稼いでるだけですので、お気になさらず~」
「……ねえ、一言余計なんだけど」
フレイヤをジト目で睨んだリリィはその時初めて表情を緩ませた。
それから、ボクらは手分けして夜の王都へと出た。
ボクは思いつく片っ端からルヴィアがいそうなところを探す。
まず、大本命であるゲーム本編でルヴィアが行くはずだったレオとの思い出の場所。
レオとルヴィアが初めて出かけたときに行くはずだった、高い塔の上に行ってみる。
これまで公爵令嬢として育ってきたルヴィアは見たことがなく、平民であるレオだからこそ見せることができる景色……そんなストーリーが展開される場所だ。
本来ならここで彼女はここにいるはずだが……当然いなかった。
いないならと次は学園や思いつく所をすべて回ってみる。
しかしルヴィアは一向に見つからなかった。
焦りが募っていく。
このまま彼女が見つからず、タイムリミットを迎えてしまえばスカーレットが復活し、バッドエンドに突入してしまう。
「ルヴィアさんは一体どこに行ったんや……」
ボクがそう呟いた時……さっき忘れていたモヤモヤについて思い出した。
ルヴィアが行きそうな場所……それをボクは知っていた。
夜の王都を固有魔法『紫電』で走り抜ける。
そしてとある場所に降り立つと……いた。
「ここにいましたか……ルヴィアさん」
「っ」
手すりに手をかけて夜空を見ていたルヴィアが、驚いたように振り返る。
彼女がいたのはボクとデートした日に星空を見上げた、あの高台だった。
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