第5話 最初の破滅フラグ
ボクが転生して一年が経った。
使用人との関係はまあまあ良好と言える程度には良くなってきただろう。
廊下でふと通りかかった男性の使用人を見て、ボクは思い出した。
(確か彼は……最近家族が増えたんだったかな? よし、折角だから祝ってあげよう)
使用人の彼を呼び止める。
「キミキミ」
「え、なんでしょうカナタ様」
「そういえば最近、家族が増えたらしいねぇ……おめでとう」
「なっ、なぜそのようなことをお知りに……!?」
「え? 普通にコレットが教えて……」
「も、申し訳ございません! 屋敷のお金を横領したの私が間違ってました! ですからどうか、どうか家族だけは……!」
その場に土下座し始める使用人。
え、急にボクが知らん重大事項が出てきたんやけど。
おかしいな。コレットに「祝ってあげたらいい主人感でますよ」ってアドバイスされたからやっただけなのに。
ふと視線を感じてそちらを見ると、
「~っ!!(ボクを見てお腹を抱えながら爆笑するコレット)」
ボクは嵌められたことを悟った。
さて、話を変えると現在のルナール男爵家の家庭状況は……とてもいいとは言えない。
なぜならここ数年ボクの母親である、ツバキ・ルナールが乱心しているからだ。
ささいなことでヒステリックを起こし、物や使用人に当たる。
普通のときでも横暴に振る舞う姿はまさに暴君。
家の中で一番恐れられている人間だ。
本来は穏やかで明るい性格だったらしいが、今では見る影もない。
ある日、廊下で母のツバキとすれ違った。
紅い着物と黒髪が映える、目尻に朱を塗ったツリ目の和風美人だ。
「母上、きょうもごきげんうるわしゅう」
胸に手を当て、笑顔で挨拶するボク。
「目障りねぇ。そんなこと言ってる暇があったら将来のために勉強でもなんでもしたらええのに。ほんま使えん子やねぇ」
蔑んだような目を向け、おおよそ自分の子に向ける言葉とは思えないものを吐いて去っていく。
とまあ、一事が万事こんな感じだ。
原作でのカナタの性格が歪んでしまった理由は分からなくもない。
態度からわかるように、息子の育児は当然のように放棄している。
その結果、本編では差別意識バリバリのカナタ・ルナールが生まれたわけだが、母はそんなことは気にもとめない。
父親はそんな母を避けるように家には帰ってこない。
ボクの父は妻には頭が上がらないのだ。言い換えれば尻に敷かれているとも言える。
とまあ、とんでもない母親に聞こえるが、母は悪くない。
実は母には”呪い”がかけられているのだ。
その呪いのせいで本来の母の性格は変容してしまっているのだが……ボク以外にこの事実を知る人間はいない。
「そろそろ”折らな”あかんねぇ」
去っていく母の背中を見つめながら呟く。
というのも母に関連するカナタの死亡フラグが存在するのだ。
それは『ツバキ乱心エンド』。
呪いが活性化しヒステリーを起こした母が、子どものカナタもろともナイフで心中するというとんでもないエンドだ。
そのタイムリミットがあと数カ月後に迫ってきている。
ただ、今まではその呪いを解くために必要な実力が足りなかった。
だがもう呪いを解くための実力は十分ついたと言える。
「というわけで、ちょっとダンジョン行ってくるわ」
「ダメです」
コレットに報告しに行ったら笑顔で却下された。
報告せずに行けばよかった。
コレットがジト目で説教してくる。
「そんな危険なところに行かせられるわけないじゃないですか。お忘れかもしれませんが、私一応護衛なんですからね? 危険なことはさせられません。それにあなた今何歳だと思ってるんです? 12歳ですよ12歳。そんな子どもがダンジョンに潜るなんて許可できません。家でお姉ちゃんに膝枕でもしてもらいなさい」
「えー……。まあそう言うたかて絶対行くけどな。あと膝枕はいらん」
「ちっ。聞き分けの悪いガキですね……」
「お姉ちゃん、言葉遣い荒ない?」
コレットは深くため息をついて両手を腰に当てる。
「私が止めても絶対に行くんですね?」
「うん、行くで」
「うーん……。…………わかりました。なら私も一緒行きます」
「随分あっさり許可するんやね」
「ここで私が却下してもこっそり抜け出して行くでしょう? なら最初から監視の目をつけておいたほうがマシです」
「なるほどなぁ。そら賢いわ」
「なに他人事みたいに言ってるんですか。あなたのせいなんですけど?」
「ごめんごめん。ほな今日出発で。あと三十分後に出るから」
「え? 三十分後? ちょっと待っ……そんな急に用意なんて……」
「大丈夫日帰りやから」
ボクはコレットにそう言って去っていく。
背中から「人使いが荒い……」と恨み言が聞こえてきたけど、無視した。
***
三十分後、冒険者っぽい装備に着替えたコレットがムスッとした顔で立っていた。
「で、どこのダンジョンに行くつもりなんです? この近くにはダンジョンなんてありませんけど」
「隣のダーツ伯爵領のなかにあるダンジョンやけど」
「は?」
コレットが「何言ってんだ」という顔になった。
「ダーツ伯爵領のダンジョンって、そこそこの規模のやつじゃないですか。あ、もしかして低層だけ潜るってことですか?」
「いや、一番下まで降りて帰ってくるつもりやけど」
「…………」
コレットが大きくため息をついていた。
そして「あのですね」と人差し指を立ててボクへ講義を始めた。
「ダンジョンっていうのは軽い気持ちで入って帰ってこれる場所じゃないんです。ちゃんと入念に情報を集めて地図も買い込んで、準備を万端にして入る。それがダンジョンです。それなのにちょろっと行って帰ってくるって……はっきり言っときますけど、ダンジョン攻略を舐めてるとしか思えません」
「あ、それは大丈夫。ダンジョンのマップは完全に頭に入ってるから」
「え?」
「あと出てくる魔物も全部調査済み。トラップも」
もちろんゲームの知識だ。
やりこみまくったボクの頭の中には、ゲームにおける情報のすべてが詰め込まれていると言っていい。
「な、なるほど……ある程度は準備をしてきたようですね。ですが、ダーツ伯爵領までどうやって行くつもりですか? 馬車でも1日はかかる距離ですけど。お姉ちゃん流石にだまされませんよ」
「それはもちろん魔力強化のランニングや。全速力で飛ばせば数時間でつくやろ?」
「へ?」
「大丈夫。魔力は補給できるようにしてあるし、節約すれば楽勝やから。ほな行こか」
「え、ちょ、待っ……」
ボクは身体を魔力で強化して走り出す。
人間が出せるスピードをはるかに超え、車並みの速度で走ったボクとコレットは、数時間で目的地に到着したのだった。
途中、すれ違った人がぎょっとした表情を浮かべていたが、今は速度重視だから無視だ。
「おぉー……さすがは伯爵家の領地。零細男爵家のうちとはえらい違いやなぁ……」
ボクは大きな防壁に囲まれたダーツ伯爵の都市を見て感動の声を漏らす。
隣ではコレットが両膝に手をついて肩で息をしていた。
「はぁっ……はぁっ……! 死ぬ……!」
「はいこれ特製ドリンク。体力と魔力回復できるで」
「アホかぁ!! 私を殺す気ですか!?」
「え? 速かった? おかしいなぁ、これでも合わせてたほうやったんやけど……そっか、この程度で音を上げちゃうんやね。ごめん、配慮ができてなかったわ」
「まあ余裕でしたよ、ええ」
コレットはボクの手から特製ドリンクを入れた水筒をもぎ取りごくごくと飲み干す。
よっしゃちょろいわ。
「今失礼なことを考えませんでしたか?」
「そんな、滅相もない」
「……なんかその表情、やけにムカつきますね」
ジト目で睨んでくるコレットに「そんなこと考えてませんけど?」という表情で大げさに肩を竦めると、これ以上の追及は諦めたのか、ため息をついた。
「はぁ……で、ここで何をするつもりなんですか? 事件でも起こすとか?」
「ちゃうわ。冒険者登録や冒険者登録」
「あ、そっか」
はっ、と気がついたような表情になるコレット。
「冒険者登録してないとそもそもダンジョンに潜れませんしね」
「ダンジョンから持って帰ってきた戦利品にいちゃもんつけて取られたくないしな。後から文句つけられんように最初からやっとこういうことや」
「あんまりにも悪い顔してるから、ここの領主となにか揉め事でも起こすのかと思っちゃいましたよ」
「失敬な。ボクの方から揉め事は起こさんわ」
たぶん予想では起こるだろうけど、できたら揉め事が起こらなければいいな、と思ってるだけだ。
この世界には冒険者と呼ばれる職業がある。
薬草を集めたり、魔物を倒したり、雇われて戦ったり、ダンジョンに潜ったりといろいろなことをやる便利屋だ。
まあ、ようは半分くらいは傭兵なんだけど、それは言わぬが花というものだ。
ダンジョンとは、基本的に領主のもの。
その中にあるお宝や、魔鉱石をはじめとした資源も領主のものということになる。
ただ、そのダンジョンを攻略しようとなるとそれなりに労力も資金も費やすことになる。
そこで代わりに冒険者に開拓をさせようということだ。
冒険者はダンジョンに自由に潜ることができ、その中で得た戦利品は冒険者のものとして権利が認められる。
ただ冒険者登録してないと戦利品が没収されてしまう。だから今から冒険者登録をしておくのだ。
都市の中に入り、冒険者ギルドへと向かう。
ゲームと同じマップなので広い都市の中でも迷うことなくギルドへとたどり着いた。
扉を開けてギルドの中へと入る。
中に入った瞬間、ギルドの中の視線が一気にこちらを向いた。
見ない顔い向けるいろいろなものが混じった視線だ。
最初は警戒が混じっていたものの、ボクとコレットだけと見るや急に視線の色が変わった。
視線で人は死にはしない。
「こんちは、お嬢さん」
ずんずんと中へと入って、受付嬢に話しかける。
もちろん爽やかなスマイルつきで。
しかし受付嬢は一瞬で警戒したように身を引くと、恐る恐る言葉を返してきた。
「こ、こんにちは……ご用は一体何でしょうか……?」
「もちろん冒険者登録や」
「えっ、冒険者登録ですか……何かの隠語とかじゃなくて?」
「なんでやねん。冒険者登録ゆうてるやろ」
「あ、本当に冒険者登録でしたか……え、冒険者登録?」
ほっ、と安堵の息を吐いた彼女はきょとんとした顔で聞き返してきた。
「そやけど、なんか問題ある?」
「ええと……」
受付嬢はどう説明しようか迷うように言葉を詰まらせた。
するとそのとき、ボクとコレットに近寄ってくる気配があった。
「おいおい、ここはガキの来るところじゃねぇぞ」
振り返るとそこに立っていたのはニヤニヤと笑みを浮かべるおっさんの冒険者が立っていた。
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