第3話 コレットの日記帳
私、コレットはルナール男爵家に仕えているメイドだ。
ルナール家の中には、困った子がいる。
その名はカナタ・ルナール。
銀髪と赤目という特徴があるけど、瞳はいっつも薄く閉じられているので滅多に瞳が見れない彼だ。
表向きはニコニコとしているが、屋敷の中での彼は使用人への差別を隠そうともしない。
独特の訛りがかかった口調で薄ら笑いを浮かべながら、皮肉を交えて詰ってくる。
つい最近もメイドが一人辞めてしまった。
ご両親である当主様と奥様がもっとしっかりとなさっていれば、カナタ様もしっかりした人間になるはずだけど……今のルナール家ではそれも望めない。
一応従順で理想的なメイドとして接しているけれども、これから先が不安だ。
そんなある日のこと。カナタ様が私に「剣を教えて欲しい」と申し付けてきた。
私はすっごく驚いた。
なぜならカナタ様が使用人である私に「お願い」してきたからだ。
いつのカナタ様なら私に「お願い」なんてしない。命令してくるのに。
貴族じゃない平民をゴミとしてしか認識してないカナタ様からすれば、あり得ない行動だ。
もしかして、改心なさったのだろうか?
「気まぐれかそれとも真剣なのか……まあ、どっちにせよ稽古はつけてあげましょう。メイドの役目ですからね」
もしかしたら一日で飽きてしまうかもしれないけど。
まずは実力を図るための初戦、そこで私は度肝を抜かれた。
手加減していたとはいえ、この私が一本取られてしまったのだ。
固有魔法を使用されたとはいえ、私はプロ。
負けるなんてありえない……そう思っていた。
だけどそれは間違いだった。
固有魔法を使ってカナタ様は私から一本を取った。
(この方は伸びる。それも私よりも……)
そう確信した。
そのあとゴリゴリに煽られた私は、カナタ様に超スパルタ特訓をつけることにした。
決して煽られた腹いせじゃない。カナタ様の才能を見込んだからだ。
それに若干スパルタ特訓をするように仕向けられた気もするし、うん。問題ないはずだ。
……ないよね?
それからカナタ様に修行をつけたけど……成長は凄まじかった。
日に日に強くなっていくカナタ様。
地獄のような特訓にも一切音を上げず、淡々とこなす。
その上私の全力の打ち合い稽古を何時間も続ける。
まさしく血の滲むような鍛錬をひたすらこなしていく。
これで強くならないはずがない。
ただ、カナタ様の成長の理由はそれだけじゃなかった。
夜半、月明かりが綺麗な日のこと。
「ん……?」
カナタ様がどこかに行くような気配がして、私はベッドから起き上がった。
隣の部屋で眠っている私からすれば、壁一枚なんてないも同然だ。
「あ、秘密でなにかするつもりなんですね~。ちょっと尾行してみますか」
私は彼の後ろを尾行することにした。
男の子には色々と秘密があることは知っているけど、見て見ぬふりはしない。
磨いた尾行技術を駆使してカナタ様の後を追う。
カナタ様は屋敷から出て、外へと向かった。
大森林の方へと走っていく。
「こんな夜中に森へ……?」
一体何をするのだろう、と疑問に思ったけどそれはすぐに分かった。
彼は森の中で修行を重ねていたのだ。
夜の森に跋扈している魔物相手に剣で蹴散らしていく。
恐らく『固有魔法』を使っているのだろう。
身体は帯電し、剣を振るうたびにバチバチと火花が爆ぜる音がした。
相手しているのは魔物の群れ。
普通なら子どもが魔物の群れなんて倒せるわけがないんだけど、カナタ様には関係なかった。
魔物の群れを瞬殺したカナタ様は、勝ち誇るどころか顎に手を当てて考え込む。
「うーん……これはちゃうなぁ。もっと身体の中で爆発させるイメージで……」
ぶつぶつと呟きながら、検証するように手のひらの中で電光を弾けさせる。
その光景を少し見ただけで魔力の操作技術が格段に上がっていることに気がついた。
「うそ……私、魔力操作なんてまだ教えてないのに」
魔力を使えば身体能力が強化できる。
人間の限界を遥かに超えた力や速度を出すことも可能だ。
しかし私はとある理由からその魔力操作を教えていなかった。
理由は単純、魔力の身体強化は剣筋を鈍らせるからだ。
魔力で強化した力があれば技はいらない。
魔力で強化した速度があれば、駆け引きなんて必要ない。
実際、魔力を使った戦い方はとても有効だけど、私はそんな無様な戦い方はよしとしなかった。
力でゴリ押しの美しくない戦い方は私のポリシーに反する。
だからカナタ様には剣の土台が安定するまで魔力の操作を教えるつもりはなかった。
けれどどうだろう。今のカナタ様は想像以上に魔力操作を使いこなしている。
それも、魔力操作を覚えたてによくありがちな、ゴリ押し戦法には陥らずに。
「それどころか、私より魔力操作がうまいんじゃ……?」
ゾッと背筋に薄ら寒いものが走った。
あの魔力操作の精度は一日二日で手に入るものじゃない。
しっかり練習しないと身につかない精度だ。
「もしかして……」
嫌な予感がした私は、次の日もカナタ様の動向を見張っていた。
そして、嫌な予感は的中した。
なんと、カナタ様は毎日夜に屋敷を抜け出していたのだ。
多分、私との特訓が始まった日からずっとだ。
つまり、ずっと彼が夜中に抜け出していることに気付けなかったということでもある。
カナタ様の隠密技術の腕に舌を巻くと共に、気付けなかった自分自身を恥じた。
こっそり見に行ったら睡眠時間を短縮する離れ業を使って特訓していた。
正直に言って常軌を逸していると思った。
私ですらあそこまでの修行はこなせない。
メニューの意味でもそうだけど、あれだけの修行をこなしておいてケロっとしているのだ。
過酷な修行が苦になっていないということだ。
メイドとして止めておくべきかと思ったけど、止めておいた。
汗だくになりながら特訓する彼の瞳には、真剣なものがあったからだ。
なにか目的が有ってカナタ様はこの身を削るような死に物狂いの特訓をこなしている。そう理解した。
月明かりに照らされる笑顔がまるで悪役みたいでちょっとあれだけど、根はいい子なのだ。きっと。多分。……そうだよね?
彼の笑顔を見てるとちょっと自信がなくなってきた……。
いや、うん。彼がずっと努力してるのは事実だ。それは間違いない。
だから、私はこっそりと見守ることにした。
代わりに、私は持てる全てをカナタ様に授けることとした。
剣術はもちろんのこと、不意打ち、フェイント、騙し討ち、搦手、毒の使用方法まで、ありとあらゆる”勝ち”への方法を叩き込んだ。
カナタ様はそれを一度も「卑怯だ」なんて言わずに、それどころか勝つための手段として当然のように吸収していった。
実戦では徐々にカナタ様は負けが少なくなっていき、日に日に勝ちと負けの数は同数へと変化していった。
そしてついに1年後、その日はとうとうやってきた。
実力で普通にカナタ様に追い越された。
寂しいけれど、これで私のメイドとしての役割も終わりかもしれない。
これ以上私がここにいても意味はない。別のお屋敷に仕えることにしよう。
そう思って別れの言葉を切り出そうとしたとき、カナタ様は「私を必要だ」と言ってくれた。
「カナタ様……」
すごく嬉しかった。
思わず泣きそうになって、声が震えそうになるのを抑えるのが大変だった。
技をすべて吸収し終えた私を必要だなんて、言ってくれるなんて。
……これからはお姉ちゃんとして、ちゃんとマウント取れるようにするからね。
そう最後に書き込んで、ぱたん、と日記を閉じる。
窓の外、夜空に浮かぶ月を眺めた私は、小さく呟いた。
「まいったなぁ……こんなに早く追い越されるなんて」
思い出すのは本日、ついにカナタ様に実力を追い抜かされたこと。
「これでも私、『絶影』で名の通った凄腕暗殺者だったんだけど」
王国の中でも随一の腕前を持つと言われていた元暗殺者の私は、弟に1年で追い越されたという事実に深くため息を付くのだった。
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