第2話 奮発した老舗旅館

電車やバスを乗り継いで、その旅館に到着した時には、もう日が沈んでいた。山裾に有るその旅館で、提灯にオレンジの灯りが灯っていて、重厚な木造の門は柔らかく照らされていた。


東京の大学に通う俺(小田)は、思い出作りのためにバイト代をはたいて、関東地方の山地のこの老舗旅館を、一人旅の宿に選んだ。


門をくぐると、圧巻だった。木々の並ぶ庭の向こうには、左右100m以上の三階建ての日本家屋は広がっていて、壁は真っ白、柱はシックな焦げ茶、瓦は漆黒と重厚。木枠を巡らせたガラスの引き戸の玄関は、玄関ホールのオレンジの灯りが漏れて、柔らかく輝いている。各窓からも、廊下のオレンジの灯りが漏れている。建物全体柔らかなオレンジに輝いていて、その明かりで庭の木々の緑は浮かび上がり、色とりどりにする。



安いホテルとは違うとウキウキしながら玄関へと歩いていると、視界の端に有る二階の窓の内を、何か高速の黒いものが駆けたように思って、はっと立ち止まって見上げてしまった。


ただし何も変わった様子も無く、窓たちを順々に確認するものの、黒いものは無い。


気のせいかな?その時は不審にも思わなかったが、その後も、一人で温泉へと廊下を歩いていると、追い抜くように俺の横を黒い影が通り過ぎたと思ったし、温泉から部屋へ戻っている時、窓から中庭を挟んで向かいの建物の窓を、黒い影が走ったと思ったり、黒い影について気になることはたくさん有った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る