星空のリボン·ミラージュ

すぎやま よういち

星降る夜の始まり

第1話 屋根裏の秘密



「こよみ、お疲れさま」


放課後の教室で、白瀬こよみは一人、窓拭きを続けていた。クラスメイトたちはとっくに帰宅し、校舎は静寂に包まれている。夕日が差し込む窓越しに、オレンジ色の空がゆっくりと紫に変わっていく。


「今日も遅いんだね」


振り返ると、蒼井奏斗が教室の入り口に立っていた。いつものように冷静な表情だが、どこか心配そうな眼差しを向けている。


「あ、奏斗くん。お疲れさまです」


こよみは慌ててぺこりと頭を下げた。内気な性格で、幼馴染の奏斗にさえ、まだ少し緊張してしまう。


「無理しなくていいよ。日直の仕事なんて、適当でも」


「でも、みんながきれいな教室で勉強できるように…」


そんなこよみの優しすぎる性格を、奏斗は昔からよく知っていた。だからこそ、彼女が無理をしていないか気になってしまう。


「送っていくよ。もう暗くなりそうだし」


「ありがとうございます。でも、今日はおばあちゃんの家に寄らないといけなくて…」


三か月前に亡くなった祖母の家を片付けるため、こよみは最近、放課後によく一人で向かっていた。古い日本家屋で、誰もいなくなってからは薄暗く、少し寂しい場所だった。


「一人で大丈夫?」


「はい。もう慣れましたから」


そう言うこよみの笑顔は、いつものように優しかったが、奏斗には少し無理をしているように見えた。


祖母の家に着くと、こよみは鍵を開けて中に入った。畳の匂いと線香の香りが混じった空気が、懐かしくもあり、寂しくもある。


「おばあちゃん、今日も来ました」


仏壇に手を合わせてから、こよみは二階へ向かった。今日は屋根裏の整理をする予定だった。梯子を上がって天井の扉を開けると、埃っぽい空気と古い木の匂いが鼻をつく。


「うわ、すごい荷物…」


懐中電灯の明かりを頼りに、こよみは慎重に屋根裏を探索した。古いトランク、黄ばんだ写真、手紙の束—祖母の長い人生の痕跡がそこにあった。


そのとき、奥の方で何かがきらりと光った。


「これは…?」


こよみが手を伸ばすと、小さな宝石箱があった。表面には星座の模様が刻まれている。恐る恐る開けてみると、中には美しいリボンが入っていた。


星のような輝きを放つ、透明感のある青いリボン。まるで夜空を切り取ったような、不思議な魅力を持っていた。


「きれい…」


思わず手に取ると、リボンは温かかった。まるで生きているみたいに、こよみの手の中で微かに脈打っているような感覚がする。


宝石箱の底には、祖母の字で書かれた手紙があった。


『こよみへ


このリボンは、代々我が家の女性に受け継がれてきた大切なものです。

もしもあなたが十三歳になって、このリボンを手にしたなら、

それはあなたが「選ばれた」ということです。


優しいあなたなら、きっと正しい道を歩んでくれることでしょう。

星空を見上げる時、私のことを思い出してください。


愛する孫へ

おばあちゃんより』


「選ばれた…?」


こよみは首をかしげながら、そっとリボンを髪に結んだ。その瞬間、部屋中が星の光に包まれた。


「きゃっ!」


驚いて鏡を見ると、そこには見知らぬ自分がいた。髪は銀色に輝き、身体は淡い光に包まれている。そして背中には、羽根のような光る翼が生えていた。


「これ、何…?」


慌ててリボンを外そうとしたが、手が透けていて上手く掴めない。そのとき、窓の外から不思議な声が聞こえてきた。


『やっと目覚めたのね』


振り返ると、窓の桟に小さな白い猫が座っていた。月明かりに照らされたその姿は、どこか神秘的だった。


「あ、あなたは…?」


『私はルナ=リフレイン。あなたを待っていたの、星の巫女こよみ』


猫—ルナの口が動いているのを見て、こよみは自分が夢を見ているのではないかと思った。


『これは夢じゃないわ。あなたは今、星のリボンに選ばれた。そして今夜から、あなたは怪盗ミラージュ・リボンとして、人々の心を救う使命を負うことになる』


「怪盗?心を救う?」


『詳しい話は後よ。今は街で苦しんでいる人がいる。彼女を助けに行くのが、あなたの最初の使命』


ルナがそう言うと、こよみの身体が宙に浮いた。光る翼が背中から伸び、夜空へと舞い上がる。


「きゃあああ!」


こよみの悲鳴が、静かな夜空に響いた。


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