第46話 「盗んだのは、あなた」

 その沈黙を肯定としたのか、泉さんは勝手に話し出した。


「香水を盗んだのは、雫ちゃん。あなただよね」


 雫ちゃんは答えず、膝の上のペンギンのぬいぐるみを両手で強く抱きしめた。


「里奈ちゃん……」


 高瀬さんがすがるような視線をやる。彼女は予想がついていたのかもしれない。


「盗みって……本当なのか」


 慎さんは戸惑っている様子だった。何も聞かされてないのだから当然か。


 すでに聞かされている僕以外のため、泉さんは簡潔に説明をする。

 香水がなくなっていることがわかったのは、高瀬さんと泉さんがバイトを終えて控室に戻った時だ。その時、ロッカーにはしっかり鍵がかけられていて、無理やり開けた様子もなかった。それに、ほかの貴重品には手つけられておらず、普通の物取りの可能性は低い。


「ロッカーにはダイヤル式の鍵がかけられてた。番号は高瀬さんしか知らない。でも知る機会があった人がふたりいる」

「ふたり?」


 僕は首をかしげる。


「ひとりは私。朝、荷物を預ける時に一緒に入ったから」


 ああそうか。泉さんも可能性はあるのか。


「でも私が控室を出る時は美波さんと一緒だった。そしてバイト中は一度も戻ってない。ずっとサンコウくんの中にいたからね。休憩中も、美波さんと一緒だった。そのことは美波さんが証言できるはず」


 高瀬さんは不安そうな瞳のまま、頷く。あっている、ということだ。


「あとひとりは、雫ちゃん。あなたはお昼に、着替えのために美波さんと一緒に控室に入った」


 オレンジジュースをこぼしてしまった時だ。そういえば、お昼の際、雫ちゃんは高瀬さんの香水について「いい匂いがする」と言っていた。機会があり、動機もある。


 皆の視線が雫ちゃんに注がれる。


 やがて沈黙に耐えかねたのか、身を固くしていた雫ちゃんは「……ごめんなさい」とこぼした。ぽろぽろと涙がこぼれる。

 僕はいたたまれなくて目を逸らした。


「雫……」


 高瀬さんが疲れた声で言った。「香水くらい、欲しいならあげたのに」


「でも……お母さんのだから」


 お母さんのだから、大切なものだから、普通のやり方では手に入らないと思ったのか? 高瀬さんは静かに溜息を吐く。その息には彼女が背負っている重たいものが込められている気がした。妹の考えていることに気づいてやれなかった自責の念。だからと言って、簡単に盗みに手を出したことへの不信。そうさせてしまった自分への無力感。

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