第25話わたしの名前はカヤですが、それがなにか?

 ここに集まっている人たちは、ほとんどが特権階級にたいしてなにかしらの気持ちを抱いている。つまり、貴族のことがあまり好きではない。ただし、この辺りを統治している領主である侯爵は違う。その侯爵のことだけは、みんな認めている。いずれにせよ、みんなが好きではないのは王都にいる貴族たちのことでる。


 はやい話が、傲慢で勘違い甚だしいご令嬢ともなるとだれもが反感を抱いてしまうのだ。


「もういいわ。覚えていなさいよ」


 ご令嬢は、「帰れ」コールの中でもがんばった。彼女には、そのような中でも捨て台詞を叩きつけるだけの根性があった。


「はい、レディ。わたしもよく覚えておきますね」


 彼女のその根性に敬意を表さなければならない。


 だから、満面の笑みを添えてそのように応じた。


 その瞬間、彼女のキラキラ顔がよりいっそう真っ赤に染まった。頭の中のどこかの血管がどうにかなってしまったのではないかと心配になったほどである。


 が、わたしの心配は杞憂に終わった。


 彼女は、踵を返して馬車へと歩きだしたのだ。彼女は、自分では颯爽と歩いているつもりだろう。しかし、小石まじりの田舎道では高いヒールは歩きにくいらしい。


 途中、小石につまずいて執事に助け起こしてもらうというハプニングに見舞われた。気の毒なことに、みんなの笑いを誘ったのである。


 ご令嬢は去った。


 彼女は、まるで春の嵐のようだった。


 馬車が起こす土煙が見えなくなってから、集まっている人々にお礼を述べた。それから、メリッサとマイクと三人で「おふくろ亭」に入った。


 すると、サンダーソン公爵が店内に立っている。


 そういえば、彼に店内の床磨きを任せていたのだった。


(そういえば、彼は外に出ていなかったわね)


 このとき初めて、そのことに思いいたった。


「きみは……」


 サンダーソン公爵が潰れた声でささやいた。


 彼は、めずらしくわたしの瞳を見つめている。


「もしかして、きみなのか? おれが捜している人は?」


 それから、尋ねられた。


「きみは、きみは|アヤ(・・)なのか?」

「はい? アヤですって? いえ、アヤではありません。わたしは、カヤです」


(アヤですって? 公爵は、てっきりわたしの名を覚えていないと思っていたわ。あるいは、知らなかったか。そうではなく、彼はわたしの名を間違って記憶していたのね)


「きみは、ニューランズ男爵令嬢ではないのか?」

「ええっ? カヤが貴族令嬢?」


 サンダーソン公爵の問いより、メリッサの驚愕の叫びが印象的だった。


「そうです。もっとも、わたしは男爵家にとって融資の担保がわりに嫁いだ『不要物』ですが」

「名は、アヤときかされていた」

「ああ、そうでしたか」


 冷静に納得した。


 お父様が言い間違えたのか、公爵が聞き間違えたのかはわからない。アヤとカヤは似ている。おそらく、サンダーソン公爵が聞き間違えたのだ。いくらお父様でも、わたしの名を言い間違えるはずはないから。


 たぶんそのはず。


 いずれにせよ、いまさらどうでもいいことに違いはない。


「おれは、きみを捜していたのだ」


 これまでの「不愛想極まれり」のサンダーソン公爵は、まるで人がかわったかのように饒舌家に変身した。

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