第17話何事もなかったかのように振る舞うわけね

 アンディは、あの夜わたしとの間になにもなかったかのように振る舞った。


 アンディにとっては、わたしとの間にほんとうになにもなかったのかもしれない。わたしが過剰に怖がって反応しただけで、彼にすればああいったことは「なんでもない」とか「ちょっとしたスキンシップ」程度だったのかも。


 たとえ彼がそうであったとしても、わたしは怖かった。とにかく怖かったのだ。


 あの夜、男性は怖いものだと再認識させられた。


 結局、アンディは翌日に王都に戻ってしまった。実家でなにかあるとかないとか。


 彼は、王都に戻る際こんなことをわたしに言った。


「きみとマイクのことを親族に話すつもりだ。だから、戻ってきたらいっしょになろう。まっ、当面はこのままの生活でいいじゃないか。きみは働いているから生活に困ることはないしな。なんとかなるだろう」


 たいていのレディは、男性からそう聞かさればよろこぶだろう。


 貴族の三男で元将校。おまけに美男子でやさしい。


 アンディは、レディが憧れるのにはうってつけの男性である。レディがいっしょにいたい男性だろう。


 しかし、わたしは違う。たいていのレディの中には入らない。


 アンディと問題のあったあの夜からずっと、彼にたいして「どうしてわたしなの?」という疑念を抱いている。疑問、ではない。疑念を抱いている。


 わたしは、容姿や雰囲気や性格がよくないだけではない。未婚の母なのである。五歳の息子がいるのである。しかも、わたしは田舎で生まれ育った田舎娘ということになっている。


(アンディは、なにもかもマイナスでしかないこんなわたしをどうして気にかけるのかしら? 彼は、どうしてわたしに絡んでくるのかしら?)


 不可思議でならない。


 何度も言うようだけれど、もしもわたしが男性ならわたしみたいな田舎娘はぜったいに倦厭する。


 アンディは、もしかしてわたしではなくマイクのことを気に入っているのかもしれない。しかし、よく考えるとそれもどうかと思えてくる。たしかに、アンディはマイクを可愛がってくれている。が、どこかよそよそしさを感じることもあるのだ。


 マイクは、機微に敏い。彼は、最初こそアンディオンリーで彼にひっついてまわっていた。が、アンディがわたしたちに接近してくればくるほど、マイクは彼に距離を置き始めた。もちろん、アンディに失礼にならない程度にだけれど。


 マイクにアンディについて尋ねたことはない。もしかすると、マイクもまたアンディに違和感を抱いているのかもしれない。


 わたしとおなじように。


 それはともかく、アンディは自分の言いたいことを言うだけ言ってわたしには何も言わせてくれなかった。


『親族にわたしたちのことを話してくれるですって? うれしいわ』とか、『それはまだはやいわ』とか。とにかく、ひと言も言わせてくれなかった。


 もっとも、わたしが言いたかったのはこうである。


『やめて』


 それは、そのひと言。


 だけど、それさえ言えなかった。


 アンディは、さっさと王都に戻ってしまった。

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