7章:王立学院での日常

 翌日。

 

 俺はセレスティアお嬢様の専属護衛として、彼女が通うという王立魔剣学院とやらに同行していた。

 お屋敷の豪華な馬車から降り立つと、周囲の生徒たちの視線が一斉に俺たちに集まるのが分かる。


 まあ、無理もないか。

 何せ、あのエルドリッジ家の令嬢、しかもAランク魔剣使いとして名高い「星光の姫君」ことセレスティア様が、魔剣すら持っていない、どこの馬の骨とも分からない男を護衛として連れているんだから。


 俺自身、昨日まで貧民街でネズミ駆除してた人間が、なんでこんなお姫様みたいな人の隣に立ってるんだろうって思うもん。


「あれ、セレスティア様の後ろにいるのって誰よ?  見たことない顔だけど……」

「さあ? でも、制服じゃないし、魔剣も持ってないみたい。まさか、新しい護衛とか?」

「嘘でしょ?  あのセレスティア様が、魔剣も持ってないような平民を護衛に雇うなんて、あり得ないわよ。何か深いお考えが……あるわけないか、ただの気まぐれじゃない?」


 ヒソヒソと交わされる噂話が、嫌でも耳に入ってくる。

 向けられる視線は、好奇心半分、侮蔑半分といったところか。


 居心地の悪さは半端ないが、当のセレスティアお嬢様は、そんな周囲の雑音など全く気にしていない様子で、涼しい顔で優雅に校舎へと歩いていく。

 背筋はピンと伸び、その歩き姿はまるでファッションショーのモデルのようだ。

 さすが大物(で変態)は違う。

 俺もこれくらい堂々としていたいもんだが、元来小市民なのでなかなか難しい。


 授業が始まっても、俺への奇異の視線は変わらない。

 俺は教室の後ろの方で、壁の花よろしく立っているだけなのだが。


 この学院、護衛が教室に入るのは別に珍しくないらしいが、それはあくまで魔剣持ちの護衛の話。

 俺みたいな「魔剣なし」が、しかもAランク魔剣使いの護衛としてここにいるのは、前代未聞の珍事なんだそうだ。

 そりゃまあ、注目もされるわな。


 今日の授業は、魔剣学の基礎。

 いかにもカタブツそうな初老の講師が、様々な魔剣の特性について、延々と説明を続けている。

 俺にとっては結構興味深い内容なんだが、周りの生徒たちは退屈そうだ。


「――では、実例として、セレスティア嬢。あなたのその見事な【星刃アステライト】を、皆に見せていただけますかな?  その魔剣の放つ清浄な魔力は、低級アンデッドに対して絶大な効果を発揮すると言われていますが」


 不意に講師に指名され、セレスティアお嬢様は、やや面倒臭そうに、しかし優雅な所作で立ち上がる。

 その仕草一つとっても、育ちの良さが滲み出ている。

 

 彼女が腰の鞘から【星刃アステライト】を抜き放つと、教室内に、まるで星屑を散りばめたような美しい光がきらめいた。

 その光は清らかで、見ているだけで心が洗われるようだ。


「おお……! なんと美しい輝きだ……!」

「さすがはAランク魔剣……我々の持つ魔剣とは格が違う……」


 生徒たちから感嘆の声が上がる。

 講師も満足げに頷いている。

 しかし、当のセレスティアお嬢様本人は、どこか物足りなそうな、つまらなそうな表情を浮かべている。

 その口元が微かに「ふんっ」と動いたのを俺は見逃さなかった。


『ああ、もう……これだから学院は退屈ですのよ。手加減しすぎて、わたくしの【星刃アステライト】の真の美しさが、これっぽっちも伝わらないじゃありませんか。本当はもっと、こう、ドバァーっと銀河の星々を凝縮したような凄まじい魔力が溢れ出して、教室中をキラッキラに、いや、ズッバァーン!と浄化の光で満たし尽くすのに……つまらないですわ、全く。早く帰って魔剣の手入れがしたいですわ……』


 そんな心の声が、表情からダダ漏れだ。

 どうやらこのお嬢様、学院では相当実力を隠して、猫を被って……いや、完璧な淑女を演じているらしい。

 

 昨夜の魔剣部屋での奇行っぷりを知っている俺からすれば、そのギャップに眩暈がしそうだった。

 

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