月に吠えろ宇宙飛行士
砂漠の使徒
記念すべき第一歩
「あぁ……緊張するぅ」
ソワソワと、忙しなく手を動かす。
特にやるべきことはないが、動いてないと落ち着かないんだ。
「なぁ、本当に俺で良かったのかな?」
ふと隣に座っている女性をチラリと見つめた。
彼女は俺と違って、どっしりと構えている。
「なに今さら不安になってんのよ。今回の任務はあなたにしかできないものよ? だからもっと自信を持ちなさい!」
「だってよぉ……。俺、普通じゃないし……」
「そこがあなたの長所よ、ミスター・ウルフ」
「あ、それコードネームだよねっ!? うわ〜、いざそれで呼ばれると気が引き締まるな〜」
「ふふふ、かわいい……」
「え、今なんか言いました?」
「いいえ? ほら、それよりもうすぐ着陸よ。衝撃に備えなさい」
――――――――――
「さて、準備はいいかしら?」
「あ、あぁ……。スーツは着た。でも、心の準備が……」
「いつまでも待ってはられないわ。ほら、行きなさい!」
「へ……?」
突如として、目の前のハッチが開かれた。
空気圧の関係だろうか、俺の体は広大な月面に向かって吹っ飛んでいく。
「ちょっ、うわ〜〜!?!?」
姐さんはいつもこうだ。
俺が立ち止まっていると、容赦なくケツを叩いて前に進ませる。
裏で鬼教官と言われているのも納得だ。
「でも……」
俺の正体を知ってからも、変わらずに接してくれたのは嬉しかった。
「って、そんな場合じゃないんだった」
呑気に回想してると、地面に叩きつけられちまう。
いくら宇宙服が頑丈でも、中身は無事で済まないだろう。
「普通ならね」
「そう、あんたは特別よ」
無線から言葉が聴こえたと同時に、目を開ける。
うん、実は怖かったから今まで閉じてたんだ。
でも、もう覚悟を決めた。
「うっ……うあぁ……」
黄色い地面、かな?
う〜ん、絵本とかだと月は黄色いけど実際はそんな色じゃないな。
けれど、ここが月である以上は。
「クソっ……やっぱ強烈だな……!」
心臓の鼓動が速くなる。
体中の骨や筋肉が軋む音がする。
そして、短くも硬い体毛が全身を包んでいく。
あらかじめ余裕があったスーツも、ぴっちりとしたものになってしまった。
「予想してたとおり、副作用はキツイかしら?」
「うん、ちょっとね……。でも、大丈夫!」
要望通り、頭を覆うヘルメットには三角形の窪みがあった。
俺はそこにジャストフィットした自慢の耳を動かす。
「良かった。頼もしいわ」
――――――――――
ウェアウルフ、人狼。
彼らの存在は都市伝説やおとぎ話の中だけの存在――だった。
今ではちょっと珍しい外国人のように私たちの生活に溶け込んでいる。
そんな彼らには、とある能力があった。
それは、月を見ると変身すること。
より正確には、満月の晩に変身する。
変身後の彼らは、人間の数倍の身体能力を発揮する。
その特性ゆえに、満月の晩は犯罪が絶えない。
それはそうと、この変身能力に目をつけた某国により"人狼月面探査計画"が開始した。
危険を伴う月面での調査も、人狼の頑強さによりリスクを軽減できる。
また、活動場所が月面であることにより半永久的に人狼形態を維持することができた。
――――――――――
「にしても、月との距離が関係してるとは驚きでしたね」
「あはは、そうね。だってほら、まさか月に出たことがある人狼は前例がなかったから仕方ないわ」
「近ければ近いほど、強くなる。もちろん近づくと満月には見えないけど、この距離――足元に感じるほど――ならあまり見えてるかどうかは関係なさそう」
「なんにせよ、今のあなたはどれくらい強くなっているか想像もつかないわ」
それは僕も同じだ。
だからさっきから、宇宙に吹っ飛んでいかないように慎重に歩いている。
ただでさえ重力が地球の6分の1だからね……。
スキップなんかしたら、宇宙の塵になりかねない。
「えーと。理論上では、地球にいるときの10倍強いとか科学者が……」
「そこは今後の実験でわかるわよ。まあ……」
「まあ……?」
「あなたが逃げ出さなかったらの話だけれどね」
「まさか! 仮に俺が人間を憎む人狼だったとしても、こんなところに一人ぼっちじゃ参っちゃいますよ。地球にも帰れないし。だから、逃げ出さないです」
文字通り一匹狼なんてゴメンだよ。
地球には愛する彼女もいるのに……。
「それもそうね。でも、私たちはあなたを閉じ込めて死ぬまで働かせようなんて思ってないから安心して」
「はい。今回は初回ですし、軽く実験したら……んん?」
周囲の探索も済んだので、そろそろロケットに戻ろうかと思っていた時だ。
「どうしたの、ウルフ?」
「今、あそこの岩陰に……」
『レディース、アーーーーンド、ジェーントルメーンーー!!!』
「……うっるせ!!!」
どこからか声が響いた。
音割れするくらいバカでかいその音は、どこかにあるスピーカーから鳴っているらしい。
しかし、月にはスピーカーどころか石しか転がっていない、はず。
「いや、そもそも……」
仮にこのどこかにスピーカーや人間がいるとして……。
なぜ月で地球と同じように声が出せる?
ここでは空気が薄い。
あんなデカい声が響くはずないじゃないか?
「どうやら先客がいたみたいね」
「ええっ? だって、現代では月探査なんて古臭いこと俺たちくらいしかやってないんじゃねーんですか?」
「でも、いるんだから仕方ないわ」
「はぁーい♡ ワイルドな狼のオ・ニ・イ・サ・ン♡」
「なっ、あそこにいるのは!」
俺が驚くと同時に、無線から不快なノイズが鳴った。
「なに、なにがいるのよ!? 急に映像が乱れて……!」
どうやらノイズは無線だけでなく、カメラ映像にも走っているようだ。
「当店は会員制の秘密クラブにつき、撮影はNGとなっておりまぁす。でもぉ……」
「でも?」
「お兄さんはかっこいいから、特別に案内してア・ゲ・ル♡」
「えっ、ちょっ、うわ〜〜!?!?」
ミスター・ウルフこと
通信は途切れ、穴も塞がり、もはや彼の帰還は絶望的と思われた。
しかし、二時間後にふらりとロケットに帰ってきた彼は開口一番にこう告げたそうだ。
「月には……バニーの楽園があった」
この出来事が、第二次月探査ブームを引き起こすことになることはまだ誰も知らない。
(了)
月に吠えろ宇宙飛行士 砂漠の使徒 @461kuma
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