あなたは

 あなたは海岸を散歩している。

 潮干狩りのシーズンはすでに終わり、海水浴のシーズンを待つ海岸は穏やかにあなたを迎える。

 波とともに寄せ、波とともには去らぬ磯の香りに包まれながら、あなたは砂を踏みしめ、貝殻の欠片を踏みしめ、打ち上げられた海藻をひょいと飛び越える。潮で湿った砂浜に足跡を残していく。

 貝かカニでもいるのかもしれない。濡れた砂に小さな穴が空いている。

 穴から滲みでた水に陽光が反射する。

 きらきらと飛び散った光が小瓶を照らし出し、あなたの視界にそれを押し出す。

 普段なら気にもとめないだろう。しかし、あなたはつい目をやってしまう。

 瓶の中には紙片らしきものが入っているからだ。

 どこかの誰かが誰に届くともわからずに出したメッセージ。

 あなたは、この非日常的体験に心を踊らせながら、瓶を下げて、家路に向かう。

 家で瓶の封を解き、中に閉じ込められていた紙片を取り出す。

 厳重に包まれたのは、物語の断片ともいえない代物。

 署名もない欠片。

 あなたは、それを手にとって、目を走らせる。

 それはさして面白くもないだろう。あなたは、よくわからない物語とそれを書いたどこかのもの好きに思いを馳せる。

 彼あるいは彼女はどうして、こんなことをしたのだろうか。

 あなたは首をかしげる。わからないが、わからなくても別に気にはならない。

 友人に話す小ネタくらいにはなるだろう。


 あの物語はぱっと目を通しておしまいにしてしまった。

 非日常の輝きはあっという間に色褪せ、あなたは日常に戻ったはずだ。

 それなのに、どういうわけか、あなたは何かを書きたくなってしまう。

 ほら、そこには勉強用にと買ったけれど数ページ使っただけで放っておいたノートがある。アルファベットや数式が書き散らされているやつだ。落書きされて、一部は切り取られて誰かへのショートメッセージがわりに使われたやつだ。

 あなたは試しにそれに好きなことばを記してみる。いや、もしかしたら、キーボードを叩くのかもしれないし、スマートフォンに指を走らせるのかもしれない。

 そうしてできあがった物語をあなたも油紙に包み、あるいはパケットにまとめ、海や電子の海に放つ日がくるかもしれない。


 あなたは気が付かないうちに誰かとつながっているかもしれないし、そうでないかもしれない。

 それでも、あなたの物語はどこかに続いていくだろう。


 ようこそ。

 あるいは、おかえりなさい。ただいま。

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