9-3

 僕と礼央は手を繋いで、フェンスにもたれかかっていた。山の稜線に沈みかけている夕陽が、僕たちを琥珀色の光で包み込んでいる。


 僕は礼央の肩に頭を預け、オレンジと紫のグラデーションに染まった空を見上げた。そんな僕の髪を、礼央が指で優しく撫でる。礼央の肩と手から伝わってくる温もりを感じ取ると、幸せで胸が満たされた。


 今まで人に甘えるということができなかった僕が、こうして礼央に甘えることができる。それが嬉しくて、胸の奥が熱くなる。


 礼央の腰にそっと腕を回して、上目遣いで見つめながら言った。


「これから……どうしようか?」


 礼央が不思議そうな顔をする。


「どうしようって?」


「えっと……学校でのこと。みんなの反応とか、気になるし」


 すると礼央はくしゃりと笑って、繋いでいる手に指を絡めてしっかりと繋ぎ直した。


「俺は、凪と一緒にいられるんだったら、周りなんて気にしない」


 礼央の瞳が、まっすぐに僕を捉える。


「でも……」


「俺たちが幸せなら、それでいいじゃん」


 ね? と言いながら、礼央がこてんと首を傾げた。その仕草があまりにも愛らしくて、僕は思わず顔を赤らめてしまう。


 やっぱり、まだ慣れない。なんといっても、初めて好きになった人で、初めての恋人だから。


 ――恋人……。


 心の中でその言葉を反芻すると、さらに恥ずかしさが増した。


「あのさ……礼央は、恋人って言葉、恥ずかしくない? 礼央には彼女がいたから、そんなことないか……」


 僕がしゅんと眉尻を下げて言うと、礼央は頬を薔薇色に染めて答えた。


「え? こ、恋人かぁ……」


 礼央は耳の先まで真っ赤になっている。僕はその表情を見て、さらに恥ずかしくなって俯いた。


「や、やっぱり恥ずかしいよね……」


 恋人という響きは、僕にとってまだ甘酸っぱくて照れくさい言葉だが、礼央と一緒だったら悪くない。それが嬉しくて、ふっと笑みがこぼれた。礼央も僕の顔を見ながら、同じように微笑んでいる。


「でも、嬉しいな。凪と恋人になれたの」


「うん。僕も」


 僕は沈みゆく夕陽をまっすぐ見つめて、静かに口を開いた。


「礼央となら、本当の自分で生きていける」


 僕の言葉を聞いた礼央も、優しく微笑みながら答えた。


「俺も。凪と一緒なら、なんでもできる気がする」


 空は徐々にオレンジと深紫のグラデーションへと変化していく。僕は部活を終え、片付けをしている生徒たちを見ながら言った。


「明日から……変わるのかな」


「きっと。でも、俺がそばにいるから大丈夫」


 僕と礼央は、まっすぐ前を見つめた。これからの未来を見据えるように。まるで新しい世界の扉が、今まさに開かれようとしているみたいに。

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