白い鴉の翔ぶところ ~愛を守るため、俺は剣を取る!~
@TEN6rogi
第一部 天命の子
第1話 始
『
それは、この身に余る程の、大きな天命。
けれど、大切なものを守ることができれば、そんなもの、本当はどうでもよかった。
◇ ◇ ◇
闇の中を、宛てもなく彷徨う。
終わりの見えない出口を求めて、ただ彷徨う。
そのたびに、胸元の首飾りが小さく揺れ、硬い感触が僅かに胸を叩く。
遠くを見つめる瞳には、何も映されてはいない。
その瞳から、一粒の涙がこぼれた。瞬きすることも忘れた瞳から、溢れたものが一筋、また一筋と頬を伝う。
「―――……」
涙なんて、もう枯れ果てたと思っていたのに。
これ以上の絶望なんて、もうないと思っていたのに。
噛みしめた唇から、堪えきれない嗚咽が漏れる。
「―――……っ!」
唐突に、何かが胃の腑を突き上げた。
せり上がってきたものを押し留めようと手で押さえるが、間に合わない。激しい吐き気に襲われ、その場にしゃがみ込む。
「………っ、ぐっ…ごほっ」
すえた臭いが鼻を突いた。その臭いがさらに強い吐き気を誘い、激しく咳き込む。額にじっとりとした汗が滲み、ひゅうひゅうと漏れる呼気がむせた喉を熱く焼いた。
ふらりと立ち上がった膝から力が抜け、くずおれるように地に手をつく。
「―――――」
……嫌だと思っているのに。
お腹を押さえる手に力がこもる。握りしめた指先は白くなり、強張った肩が小刻みに震えた。
消えてほしいと、思っているのに……。
きつく握りしめた手でお腹を殴る。何度も、何度も。繰り返し、何度も。
涙で視界が歪む。
力なく空を振り仰いだ視界の端に、その先が途切れた地面の様子が掠めた。ふらりと立ち上がった足が、そちらに向かう。
裸足の足に、ひやりとした石の冷たさが伝わる。そのへりに立ち、下を見下ろした。
ひゅう……っ、と下から吹き上がった風が、頬をすり抜け、腰に垂らした長い髪を揺らす。
そこにあったのは、階下へと続く数十段の石段。そして、その下に広がる、固い石畳。
ここから落ちれば、ひと思いにすべてを終わらせられるだろう。
へりにかけた爪先をゆっくりと擦り出し、闇に染まる空を見上げた。
―――約束してくれ。
ふいに耳の奥に蘇った懐かしい声に、それまで感情が灯っていなかった瞳が大きく揺れる。
―――約束してくれ。何があっても、生き延びると。
闇を見上げたままの瞳から、つう……と涙がこぼれた。瞼の裏に、愛しい笑顔が浮かぶ。
力なく垂れ下がっていた手が動き、胸元に揺れる首飾りに触れた。掌にちょうど収まる大きさの銀板に、勇壮な嘴を構えた鴉が力強く羽ばたく白玉の彫刻が施された首飾りだ。
きりきりと胸が締め付けられ、刃を突き立てられたように強く痛んだ。
「―――……」
ごめんなさい。約束を、守れなくて。
それでも、思いは変わらない。ここですべてを終わらせることができるなら、本望だ。
へりに架けた足を、少しずつ前に進める。
ごめんなさい―――……。
宙に浮いた片足で、ゆっくりと空を踏む。
あの男の種を宿して生きることは、どうしても。
どうしても、私にはできない―――。
投げ出された体が宙に舞う。勢いよく風を受けた髪が、大きく翻った。
―――――………
◇ ◇ ◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます