第2話 甘い毒に溺れて
ラウンジでの出会いから三日後。
杉山のスマートフォンには、毎晩のように“彼女”からのLINEが届いていた。
「今夜、少しだけ会えますか?」
「昨日の話、すごく楽しかったです」
「あなたといると安心する──不思議ですね」
文章は短く、絵文字も少ない。だがその“隙”が、杉山にはたまらなく魅力的だった。
まるで、彼女の方が自分にハマりかけている──そんな錯覚を与えてくる。
そして、杉山は勘違いする。
(俺のこと……好きになってるな)
──その思い込みが、彼の地獄への鍵となる。
「美咲さん、本当に困ってるなら……俺に任せてくれないかな」
夜のバー。グラスを前に、杉山は“騎士気取り”の顔で言った。
「ありがとうございます……でも、そんなにご迷惑はかけられません」
美咲は伏し目がちに微笑む。
その横顔が、薄暗い照明に照らされて妖しく光る。
「俺、こう見えても貯金はあるし……投資だって得意なんだ。今度、面白い話があるんだよ。紹介してあげようか?」
その言葉に、美咲はほんの少しだけ、目を細めた。
(来たわね)
罠は次の段階へ進む──
翌週、美咲は杉山を“ある男”に引き合わせた。
身なりの良いスーツ、品のある物腰、洗練された英語混じりの話し方。
男の名は「マツオカ」と名乗った。だが当然、それは偽名だった。
「このプロジェクトは、資金の流れもオープンです。
大手も興味を示していますし──美咲さんの紹介であれば、杉山さんなら優先的に参加できます」
杉山は完全にその気になっていた。
(俺が稼げば、美咲を守れる。深月とは違う、“俺の女”として…)
自分の立場も、リスクも、すでに見えていない。
美咲は、杉山に“依存”という麻薬を注ぎ込みながら、
同時に彼の中に「自分が選ばれた存在」という勘違いの悦びを育てていった。
「杉山さん、あなただから話せるんです」
「こんなに安心したのは、初めてかも」
その度に、杉山の目は潤み、財布の紐は緩んだ。
──金を使うことでしか人を愛せない。
──愛されることでしか自分を肯定できない。
彼はその二重の呪いに、嬉々として飲み込まれていた。
そして、美咲は段階的に“要求”を上げていく。
「実家のリフォーム資金」
「叔父の借金返済」
「ブランド品で身を整えたい」
「身内の事業に一口出資したい」──
杉山は、少しも疑わなかった。
彼女が「見返り」を求めていないように振る舞えば振る舞うほど、彼は“自発的”に金を出した。
罠の本質は、与えることに喜びを感じさせることだ。
そして、彼はそれに、まんまとハマった。
一方その頃、深月は日本に帰国していた。
会社には「長期出張中」とだけ伝えたまま、監視と情報収集を続けていた。
ノートパソコンには、
・杉山の口座残高推移
・クレジット利用履歴
・貸金業者との接触記録
・美咲からの週報(音声付き)
が逐一更新されていた。
「ふふ……馬鹿ね。まさか、美咲が“演技してる”なんて、夢にも思わないのね」
モニター越しに、深月の目が冷たく細められる。
復讐劇は、いよいよ核心に近づいていた。
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