3-7
お化け屋敷から出て少しして、広大が「そろそろ飯にしないか?」と提案したので、今は全員でフードコーナーを目指すことになっています。
そしてまたしても、俺と鷺ノ宮さんは後方を歩いていました。
理由は簡単です。鷺ノ宮さんがかなりグロッキーだからです。
「はい、お茶。まだ口つけてないから」
「ありがと」
駅のコンビニで買ったものが、カバンに入れっぱなしでした。
鷺ノ宮さんは素直に受け取るとグビグビと飲みます。
「そのままあげるよ」
「それは申し訳ないというか……」
「いやほら、俺がそれに口つけたら嫌でしょ?」
俗にいう、間接キスというやつです。
男同士なら全然気にしないのですが、女の人は結構気にするイメージがあります。
「あ……………べ、べつにあたしは気にしないけどね!」
鷺ノ宮さんはあくまで「自分は」気にもしていない事を強調します。
「お、俺の方も気にしないけどぉ?」
それが悔しかったなので、つい対抗してしまいました。
「じゃ、じゃあいいんじゃない?」
鷺ノ宮さんも負け時と対抗してきます。ここで俺も引くわけにはいきません。
「う、うん!」
「…………」
「…………」
二人の間に流れる沈黙。
お互いみるみると顔が赤くなっていきます。
「やっぱりもらってもいい?」
「お願いします」
対戦結果、引き分け。
間接キスって意識するとめちゃくちゃ恥ずかしいです。
「ひ、昼ごはんはな、何になるかな」
かなり気不味いので話題を変えます。
「た、たしかに。江古田は何か好きなものとかあるの?」
カレー、寿司、焼肉、揚げ物。
好きなものを挙げ出したら枚挙にいとまがありません。
しかし、一番をあげるとしたらやはり————
「んー、俺はラーメンかな」
「ラーメン!」
「いきなりどうしたの!?」
鷺ノ宮さんはやけに興奮しています。
「あたしもラーメン大好き!」
「そ、そうなんだ! 女の人なのに珍しいね」
鷺ノ宮さんは、いつにない笑顔を浮かべています。
その表情があまりに可愛らしくて……ドキッとしました。
「やっぱり。一人だと入りづらいけどね」
「でも入りづらい店ほど美味しかったりするんだよね」
「ほんとうそう! それが悔しいの! ……なんて、話してたらラーメン食べたくなってきちゃった」
「フードコーナーに行けば、たぶんあるんじゃないかな?」
「そうとなれば急がないと!」
さっきまでグロッキーだったのが嘘みたいに、鷺ノ宮さんはご機嫌な様子でした。
俺も慌てて鷺ノ宮さんの後に続きます。
フードコーナーは昼時ということもあって賑わっていました。
洋風レストラン、ジャンクフード、カレー、スイーツ……そしてラーメン。
これだけ種類があると選ぶだけで時間がかかりそうです。
「みんな何食いたい?」
さすが体育会系男子です。広大は食事のことになると率先して動きます。
普段食べている弁当の量も、俺や新一の二倍以上ありますからね。
さて、俺と鷺ノ宮さんは目を合わせます。例のアレを提案する時がきました。
「ラ————」
「あちらのレストランなんてお洒落じゃないですか?」
俺がラーメンと言い切る前に、恋ヶ窪さんが外装の凝ったレストランを指差します。
「おおー、さすが恋ヶ窪さん! いいセンスー」
「レストランなら一人一人、量が調整できていいかもな」
「私たちも賛成!」
恋ヶ窪さんの提案は遼、広大、相内さんと次々に受け入れられました。
こうなってしまうと、ラーメンとは提案しづらくなってしまいます。
「江古田も何か言いかけてなかったか?」
「え!?」
「僕の気のせいかも知れないが」
さすが新一。人間観察能力が凄まじいです。
ただこの場合はちょっと困るといいますか、俺はダラダラと汗をかきはじめました。
「なんだー、俊介? なにか妙案でも思いついたか?」
遼はいつものように、嫌味なく優しげな声で問いかけます。
けど、こんな自分勝手な提案はおいそれと出来ません。
ラーメンは好き嫌いがあります。この場には女子たちもいるのです。
こればかりは仕方ないと思います。
「いや! 実は俺もあのレストランがいいと思ってて! 恋ヶ窪さんと被っちゃったから言うのを辞めたんだよー」
鷺ノ宮さんの顔を見る事が出来ませんでした。
「なるほどー。じゃあ、満場一致であの店でいい? 鷺ノ宮さんとかも大丈夫そー?」
「あたしも賛成」
顔を見ることは出来ませんでしたが、鷺ノ宮さんの声音はいつも通りに聞こえました。
けど、俺には、俺だけには分かりました。
その声がいつもより少しだけ哀しそうで、落胆の色を滲ませていたことに。
しかし、誰もそんなことに気がつくわけもなく、みんなぞろぞろとレストランの中に入っていきました。
「江古田くんも行きましょう?」
俺は恋ヶ窪さんに引っ張られて、店の方に誘われます。
相変わらず、後方の鷺ノ宮さんを見る事が出来ませんでした。
レストランでは、鷺ノ宮さんとは離れた席に座りました。
正直、俺に対して怒っているという様子はなかったのですが、自分自身の中に芽生えてしまった罪悪感をうまく処理することが出来ませんでした。
一刻も早くこの場を離れたいという思いが強く、味がしない食事をそそくさと済ませてしまうと、少し離れたトイレがある建物まで逃げ出しました。
しばらく戻りたくなかったので、近くにあったベンチに腰掛けます。
日曜日の遊園地にはたくさんの人がいました。
ベンチに座って世界を眺めると、まるで目の前に広がる景色が世界の全てなんじゃないかという錯覚を覚えます。
みんなが言う「世界」はとても広いです。それは多くのものを内包しています。
民族、国家、経済、環境、海、大地、空―――――。
でも、俺は思います。
俺の世界は、俺がこうして見て感じているものでしか無いのだと。
人はそれぞれの世界を持っていると思うんです。だって、同じものを見ているのに違うものを見ています。俺にはとって最高に萌える神イラストは、緑生高校の生徒にとってはただ気持ち悪いものに過ぎません。
同じものを見ているのに違って見えるなら、俺たちそれぞれの世界は決して交わらないのでしょうか。
近くにいるのに――――遠い。
俺の世界は誰とも交われず、このまま終わってしまうのでしょうか。
「江古田くん、何してるんですか?」
そんな取り留めもないこと考えていると、意外な人物がやってきました。
「恋ヶ窪さん?」
「こんなところにいたんですね。となり座ってもいいですか?」
「あ、はい!」
俺はベンチの端っこまで詰めます。
だと言うのに、恋ヶ窪さんはペットボトル一本分くらいしか空けずに座ります。
ち、近いです……。最近は美少女と関わる機会が増えてきてはいますが、やはり三次元美少女は苦手です。
二次元美少女とは、たくさん付き合ったことがあるんですけどね(苦笑)。
「江古田くん、何かあったのですか?」
「いえ……その大したことじゃないんです」
こんなこと、あまり馴染みのない人に話すことではありません。
「遠慮しないで聞かせてください。何か悩みでも?」
「それは……」
話を逸らそうとしたのに、恋ヶ窪さんには通用しませんでした。
むしろ、踏み込んできます。俺の心のパーソナルスペースに。
「江古田くん。私を信用して教えて頂けませんか?」
またそれですか。この人は初めて会った時もそう言っていました。
あの時も、カバンからライトノベルを取り出すことを出し渋っていた俺に対して、何が入っていても大丈夫だからと、そんな言葉をかけてくれました。
俺にとって彼女はどんな存在なのか、彼女にとって俺がどんな存在なのか。
よく分かりません。ただ、なんだか心を開いてしまう自分がいるのです。
「俺……人が苦手なんです。信じられないくらい臆病なんです。周りの人が全員、悪意を持って近づいているわけがない————そんなことは分かっています。けど駄目なんです。怖くて。はははっ、こんなこといきなり言われても困りますよね」
俺は全部ブチまけていました。
こんなの自分のキャラじゃない、八方美人で、能天気で、道化で、そうやって自分を作り変えたんです。だからこんなことを口走って言い訳がないんです。
「江古田くん…………それって……あの時のことが……」
「すみません、忘れてください! ほら、遊園地のベンチで一人寂しく座ってたから、こんな感傷的な気分になっているのかもしれません!」
「江古田くん! 私と友達になってくれませんか?」
「え?」
俺が必死に取り繕うとしていると、恋ヶ窪さんが手を差し出してきました。
「……実は、私にも誰も信じられない時期がありました。周りの人が全員敵に見えたことがありました。でもそんな時にある人が言ったんです。『俺と友達になってくれませんか』って。私、思うんです。全ての人と打ち解けられなくても、本当に大事な友達が一人でもいればいいなって。だから、友達になってくれませんか?」
なんだか、とても懐かしい気持ちになりました。
でもどうして恋ヶ窪さんは、俺なんかに構ってくれるのでしょうか。
その理由が分からないのです。それが怖いのです。
————でも一つだけ心当たりがあります。
それは彼女が緑生高校の生徒会長で、俺が隠れオタクであるということです。
俺は彼女にとって排除すべき存在であり、言ってしまえば敵ということになります。
この恋ヶ窪さんの急接近も、何かの作戦じゃないのでしょうか。
俺みたいな人間に、こ簡単に人が寄って来るとは思えません。
だって最低じゃないですか。
相手の純粋な好意を、受け止められないでこんなことを考えてるんですから。
「………………」
「あの、江古田くん?」
俺に、この手を取る資格はないです。
だから、早く、その手を下ろしてください。
「おーい、俊介ー。恋ヶ窪さんー」
そんな最悪な願いが通じたのでしょうか。
戻ってこない俺と恋ヶ窪さんを探して、遼たちがこちらまでかけてきます。
ははは、ほんと最低です、俺。
恋ヶ窪さんを拒絶するのなら、きちんと言葉にするのが筋です。
でも俺は卑怯者なんです。受け入れるのは怖いけど、嫌われたくはない。
結局、誰からも嫌われたくないだけなんです。
でも誰からも嫌われたくないというのは、自分以外はどうでもいい……そんな最低な考えの裏返しなんじゃないでしょうか。
「恋ヶ窪さん、行きましょ」
「そ、そうですね」
そんな真っ黒な内心を気取られないようにして、恋ヶ窪さんに笑いかけます。
俺はこうやって、他人との中途半端な距離を保ち続けるのです。
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